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『意味はない。だからこそ意味がある』


 草薙さんが現場の部屋を出る直前に呟いた台詞。矛盾する内容に聞き間違えかとも思ったあの台詞。再びここで呼び起こされるとは。それも、大輔の口から。


「意味はないのに意味がある、とか俺もワケ分からなかったんだけど、雄吉達の話聞いてたらああこういう意味なのかってなんとなく分かったんだよ」

「萩原君、その説明を是非してもらいたいわ」


 最初は驚いていた長澤さんだが、今は興味を持って何処か期待をしているような表情だ。


「簡単に言えば、そもそも理由はないけど後から理由付けが出来たわけで……あれ? まず理由があって後半に理由が失くなった……いや、違うな……理由が理由を上書きして別の理由が生まれて……俺、日本語喋ってる?」


 全然簡単に言えてねぇじゃん。お前も混乱してんじゃねぇか。


「ええと、ミステリーでバラバラ死体が出るのには理由があるんだよな」

「そうだ。だいたい証拠を隠すためだな」

「あれだよな。痕跡を隠すためだったり入れ替えトリック? だったり」


 入れ替えトリックももちろんあるが、今回のは誰が死んでるのか全員が理解してるので当て嵌まらない。つまり証拠隠滅が濃厚だ。


「傷を誤魔化す。血の上書き。死因のカモフラージュ。こういった内容がよく取り上がられるわ」

「ああ。雄吉から嫌ってほど聞かされて覚えてる。こんなトリックは見たことないだ画期的証拠隠滅だとか意気揚々と」


 そりゃそうだ。盲点だったり無関係だった所から事件の真相が明らかになる瞬間の気持ちよさがミステリーを読む楽しさの一つだ。


「それで、聞いてる俺はいつも思ってたことがあるんだ」

「どんなことを?」

「それいる? って。何でそんな複雑にするような殺し方をする? ただ刺すなり首締めるなり殺した後山に行って埋めりゃいいじゃん。回りくどいやり方してんな〜、って」 


 こいつミステリーの根本を否定しやがった。それはただの殺人事件であってミステリーじゃない。謎が開示されてそこから徐々に真相が明らかになっていく流れがミステリーなんだよ。


「小説はフィクションだし、物語として成立しないといけないから大袈裟にするのは仕方ないわよ」

「事件、推理、解決。ミステリーじゃこの構成が絶対なんだよ。謎なくして物語は始まらん」

「前も言ったけど、ミステリーの醍醐味は謎解きよ。それを紐解いていくのが面白いの」

「必ずどこかに手掛かりがあってそれを見つける。宝探しのような感覚が良いんだよ」

「それ。その感覚とか醍醐味が今回の事件の肝なんだよ」


 僕と長澤さんのミステリー論を黙って聞いていた大輔が突然ビシッ、と指を指してきた。


「今、二人はミステリーの醍醐味は謎解き。謎があってそれを推理していくのがミステリー小説、って言ったな」

「そうだよ。そうじゃなきゃミステリーじゃない」

「二人を含め、ここにいる参加者は全員ミステリー小説を読んでいる。だから、東郷要のバラバラ死体が発見された後、誰もが思った。何故バラバラにする必要があったのか」

「当たり前だ。ミステリー愛好者なら誰だって思う」

「そう。お前ら愛読者は反射的に理由を求める。事件の裏には何かがあるはず、理由があるはずだ、と。“事件=理由”って公式が成り立つわけだ。そして、今回の事件はその公式を逆に利用するために東郷要の死体をバラバラにした。そうだろ、愛唯ちゃん?」


 ホンの一瞬。ホンの数センチ。長澤さんの肩が揺れた。


「逆に利用、ってどういう事だ?」

「お前はバカみたいに言ってたよな。バラバラ死体には意味がある。何処かに証拠が隠されている。何かの発端があってバラバラ死体が登場する、って。けど、今回のは逆。理由があって死体をバラバラにしたんじゃない。


 いまいち理解が出来ない。今の言い方だとまるで演出のためのように聞こえる。だが、それは間違いだ。


 死体をバラバラにするには多大な労力と時間が必要だ。腕を切り、足を切り、首を切る。丈夫な骨を避けながら切断。並大抵の意思と根気がないと出来ない。十分十五分で事が済む内容ではない。それは大輔も知っているはずだ。


 そんな負担のある作業をただの演出のためだけに作り上げた? 何のために?


「いやいや、あり得ない。リスクとリターンが割に合わない。そんなことをする意味がない」

「意味ならあるじゃねぇか。現に雄吉は見事にハマって混乱してんじゃん」

「そりゃ混乱するさ。バラバラ死体には何の手掛りもなかったんだから」

「バラバラ死体には犯人の手掛りが隠されている。そんなの誰が決めたんだ?」

「別に誰が決めたわけじゃない。けど、ミステリーじゃ王道だ」

「バラバラ死体には手掛りがないといけないのか?」

「そういうわけじゃ……」

「じゃあ、バラバラ死体がただの演出で何がおかしい?」

「それじゃ物語として成りたたない」

「物語って何の物語だ?」

「だからさっきから言ってるだろ! ミステリーは謎が提示されてその謎を解き明かす。手掛かりを見つけて推理し真相を導く。謎があっても手掛かりがなきゃ解決できないだろ! でなきゃバラバラ死体の存在の意義がなく、な、る……」


 自分で言葉を発しながら、自分の言葉にある可能性が浮かび上がった。いや、そんなことがありえるのか?


 ミステリー小説で出てくるバラバラ死体は常にトリックや証拠となる手掛かりがセットである。これまで読んできた小説はほぼ全部と言ってもいい。それだけバラバラ死体という事件は重要かつ見逃せない展開だ。


 しかし、ここで浮かんだ疑問。僕は大輔の質問を頭の中でもう一度繰り返した。



?』



 誰も決めていない。定番というだけであって必ず手掛かりがないといけないという法則もない。機関があって禁止しているわけでもなく、そもそも小説は自由に書いていい。


 けど、僕はミステリー小説を好みずっと読み続けて知識の蓄えがあることで“バラバラ死体=手掛かり”というが頭に残っている。だから、バラバラ死体に対してもそのミステリーあるあるを根底に捜査をしていた。何の疑問も持たず、それが最適解のルートだ、と。


 では、そのミステリーあるあるから離れたらどうだ。



?』



 大輔のもう一つの質問。バラバラ死体がただの演出という意見。それを根底に考えるとどうだ?


 草薙さんと二人で調査したバラバラ死体には手掛かりがなかった。それは間違いない。ということは、あの死体には手掛かりが最初からなかった。では、なぜ犯人はバラバラにしたのか。


 演出。


 それを踏まえると悲惨な殺人現場を表現するために死体を刻んだ、と最初に浮かぶ。演出と聞けば誰だってそうなるはず。けど、僕は大輔とのやり取りでもう一つの意味が浮かんだ。それは、


 僕はついさっきまでバラバラ死体=手掛かりというミステリーあるあるの渦にすっかり巻き込まれていた。絶対に意味がある。必ず手掛かりがあるはずだ、と。だから草薙さんとの調査の後も謎のまま時間が過ぎていた。


 しかし、いくら調査したところで手掛かりなど見つかるわけがない。なぜなら、最初から手掛かりなど存在しない。演出なのだから。けど、ただの演出ではない。きちんと理由がある。僕のようにミステリーの知識がある人間が行き詰まるように仕向けている。


 理由があってバラバラ死体が現れたのではない。バラバラ死体が現れたことで理由付けを促した。バラバラ死体そのものに意味はない。けど、バラバラ死体が僕らを動かした。つまり……。


「意味はない。だからこそ意味がある……」


 草薙さんと同じ台詞が自然と口から漏れた。

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