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 ……はっ? いや……えっ? ちょっと待て。今、大輔何て言った?


 一瞬動きが止まり、頭の中で大輔の言葉を反芻する。長澤さんが犯人。そう大輔は言った。聞き間違いかと思いながら反転して大輔と対面する。


「なんだよその『こいつ何言ってんだ? 聞き間違いか?』みたいな顔」

「まさにそのまんまだよ」

「聞き間違いじゃねえよ。俺ははっきり愛唯ちゃんが犯人なんじゃないのか、って言った」


 その瞬間、僕は大輔に詰め寄り胸元を掴んだ。


「大輔! こんな時に悪ふざけか! 冗談にならないぞ!」

「アホ。こんなこと悪ふざけでも冗談でも言わねぇよ」

「本気で言ってんのか!」

「本気で言ってんだよ」


 真っ直ぐ僕の目を見て答える大輔。その目は真剣そのものだった。


 僕は怒りを鎮めるため深く息を吐き出し、それから手を離す。後ろを見ると長澤さんは振り向いてはいないが、立ち止まって耳を傾けている。


 落ち着いた僕は今度はこちらから質問した。


「何で長澤さんが犯人なんだよ」

「いや、どう見てもそうじゃん」

「何でだよ。お前も聞いたろ、長澤さんの推理」

「聞いたよ」

「だったら……」

「でもよ、あれって説明になってなくね? 俺にとっちゃ疑問だらけだ」


 疑問だらけ? 長澤さんの推理に不備も何もない。小野さんが犯人という理路整然とした推理だった。だから他の皆も納得していたんだ。


「聞かせてくれる、萩原君? 私の推理が間違ってて、そして私が犯人という理由を」


 後ろ向きだった長澤さんがようやく口を開き、こちらに顔を向ける。なぜかその顔は笑顔であり、大輔の台詞に興味深そうだ。 


「いいけど、俺はミステリー小説なんて読まないから推理披露とか無理だぞ。ただ疑問に思ったことを言うだけだぜ」

「それで構わないわ」

「分かった。そうだな……まずはついさっき起きた小野さんが襲われた所からいこうか」


 勝手に補足担当にされて文句を言う前に大輔の推理劇が始まった。


「小野さんは食堂で愛唯ちゃんに襲われ、東の塔に逃げた。塔に着いた二人はあの一階のスペースでしばらくやり合ってたんだよな?」

「そうだよ。荒谷さん達も見てる」

「どう争ってたんだっけ?」

「どう、って……長澤さんが包丁を振り回して小野さんを追い掛け――」

?」

「はぁ?」

「包丁だぞ? リーチのある剣じゃないんだぜ? なぜ振り回す? まず近付くべきだろ。それに、あの塔の一階部分のスペースもそう広くない。距離を詰めて刺すべきだろ」


 たしかに包丁なら刺す方が致命傷にもなりやすい。だが、それは根拠としては成り立たない。


「だからなんだよ。包丁をどう扱ったかなんて問題視にもならない」

「そうか? 食堂で最初に小野さんを襲った時は思いっ切り刺そうとしてたじゃん。跨ってさ。だったら塔でも足引っ掛けたりして倒してから刺せばいいじゃん。何で別の場所では斬るに変更?」

「それは……」


 むむ、大輔にしては反論し難い問い掛けを投げてきたな。


「それに食堂の動きもさ、えらいなんか大きく振り上げてるな〜、と思ったんだよ俺。あれってさ、って見えたんだよ。だから塔でも刺すんじゃなくて軌道が読みやすく避けやすい振り回しだったんじゃないか?」

「避けやすい? 何でそんな事を?」

「傷付けないようにするためだろ」

「いやいや、長澤さんは小野さんを殺そうとしてたわけだろ。何で避けやすい攻撃にするんだよ?」

「愛唯ちゃんもこのイベントの関係者で、小野さんはその仲間だからだろ?」

「何だって!?」


 長澤さんもこのイベント関係者だって?


「何で私がイベント関係者同士だと思ったの?」


 驚きを隠せない僕に対し、長澤さんは冷静に質問した。


「え〜と……なんとなく?」

「勘かよ!」

「いやまあ、勘もそうなんだけど。強いて言うなら小野さんが塔に逃げたから?」

「何も変じゃないだろ。自分を殺そうと追い掛ける人間がいるんだ。俺だって館を出たら塔に逃げ――」

? ?」


 たしかにそうだ。必死に逃げるのであれば館内に留まらず外に向かうはずだ。敷地を抜ければ山道とはいえあらゆる角度で逃げられるのだから。


「そうとは限らないんじゃない? 命を守るために部屋に籠もる、という心理もあるはずよ」

「だったら向かうのは自分の部屋じゃね? あんなわざわざ外出て螺旋階段昇るとは思えないな」

「じゃあ、小野さんは何で東の塔に逃げたの?」

「そういう指示だったんじゃないの? 愛唯ちゃんに襲われたら塔に逃げろ、って」

「どういう理由で?」

「転落死させるためだろ。荒谷さん達の話によると踏み板が外れてた、って言ってた。あの開かずの間に逃げ出せるような隠し通路があるとかなんとか言って向かわせて、その踏み板を踏んだ小野さんはバランスを崩して転落。どう?」

「ごめん、悪いけど突拍子もない内容にしか聞こえないわ。そんな嘘みたいな話を信じる、普通?」

「信じないだろうね、無関係の人間なら。でも、イベント関係者同士ならそういう手筈だと言えば信じるんじゃない? これもイベントだ、最後まで方針を崩すな、とか言い聞かされてたら。小野さん、見た目からも気が強そうに見えないし」


 さすがにそれは無理がある。本物の殺人事件が起きてこれもイベント、なんて通じるわけがない。予定外の事が起きて小野さんは混乱していたはずだ。


 僕は反論するためその事を大輔に告げた。


「だったら何で小野さんはイベント関係者と名乗り出なかったんだ? 不測の事態が起きたら普通『自分は関係者です。イベントを中止します』って言わねぇか?」


 たしかに……じゃあ何で……ああ、そうか。これでイベント関係者二人説が説明出来る。


「ただ一人だけならそいつは云わば現場責任者。主催者に連絡するはずだし名乗り出て参加者を安全な場所に誘導するはず。でもそれをしなかったのは別に責任者、仲間がいたからでその人物が黙っているように指示した」

「それが私、ってわけね。つまり、私は小野さんに罪を被せた構図になるわけね」


 風が僕達の間を駆け抜ける。長澤さんの綺麗な髪が靡き、そして微笑んだ。可愛くとも魅力のない微笑みを。

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