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「なにぃぃぃ!?」

「君、さっきからうるさい」


 冷静な加賀山さんが大輔を窘める。驚愕の真実が告げられ周りが絶句という展開が王道とされるが、その型に嵌まっていたのは大輔だけだった。


「いや、犯人がイベントの関係者なんて思わないじゃん」

「それは君だけだ。他の者は全員既に承知だよ」

「……マジで?」


 大輔が周りを見渡す。僕を含め、誰一人長澤さんの台詞に驚いている者はいなかった。


「雄吉、お前もか?」

「まぁ、そうだね」

「いつだ?」

「僕は昨日の夜かな?」

「何故黙ってた! 教えろよ!」


 わざわざ教えに行くか。しかも寝てたろ、お前。


「今この場で一番理解が遅いのは君じゃ。だから君に合わせて彼女はイチから説明しておるのだ」

「ぶっちゃけたら今の説明もいらないんだよね。知りたいのはそこじゃないし」

「そうそう。知りたいのは犯人が誰かだから」


 愚痴をこぼしているが、彼らが長澤さんの立場なら同じようにイチから説明していただろうと僕は思った。真相を知った探偵がいきなり犯人を名指しすることはない。今のように順を追って進めていくのが定番であり、この場にいるミステリー好きがそれに倣わないわけがない。


「でも、これで萩原君も私達と同じところに立ちました。では、今から本題に入ります」


 姿勢を正し、再び長澤さんに向き合う。


「犯人はこのイベントの関係者、もしくは諸星謙一郎の関係者。これをまず最初の周知の事実として定義付けます」


 人差し指をピン、立てる長澤さん。その姿がとても綺麗に凛々しく映った。


「今挙げたのは犯人が犯行に及んだ動機、つまり理由付けです。犯人はコレクションを盗まれないようにするため東郷要を殺害した。では、誰が犯人なのか」

「それが君には分かっているというのだろ? 勿体ぶらずに早く言いたまえ」

「ええ、もちろん言いますよ。ですが、この事実に未だ誰も気付いていないのは少々拍子抜けですね」

「何じゃと?」


 鼻で笑った長澤さんに荒谷さんが怒りを滲ませる。だが、挑発的な態度で先を促した荒谷さんにも非があったと思う。


「そのぐらい今回の事件は単純明快だったからです。私達は複雑に考えすぎていたのです」

「バラバラ殺人が単純明快? 冗談だろ」

「いいえ。私は本気で言ってます」

「ほう、なら聞こうじゃないか。その単純明快な真相とやらを」


 長澤さんは自分のコーヒーをゆっくり一口飲むと口を開いた。


「ミステリーにおいて物語の構成は大まかに分けて”事件“→”謎解き“→”真相“の三つで成り立っています。事件が起き、探偵が謎を解き、真相を話す。これが王道のミステリー展開です」

「そんなことは誰もが知っておる。今更そんなミステリー講義など聞きたくもない」

「そうですか。では私から問いかけです。最初の構成の事件、そこには何が当て嵌まりますか?」


 何が? いや、当て嵌めるも何もそのままじゃないか。事件は東郷要のバラバラ殺人と草薙さんの刺殺。この二つだ。


「全員、頭の中でバラバラ殺人と刺殺事件の二つが浮かんでいると思います。ですが、もう一つ事件があったのをお忘れですか?」

「もう一つじゃと?」

「ってことは全部で三つ?」


 三つ目の事件? いつ? どこで?


「ありましたよ。みなさんもご存知のはずです」

「バカな。ここには全員揃っているんだぞ。誰が犠牲になったというんだ」

「犠牲者は人形です」

「人形だと?」

「そうです。東の塔にあった”主人の間“。そこに人形の首吊り死体がありましたよね」

「おいおい、まさかあれが第三の事件とでも言うんじゃないだらろうな?」

「そのまさかです。あれが第三、いや第一の事件という方が正しいでしょう」


 人形の首吊り死体が第三の事件。長澤さんの台詞に誰もが呆れて溜息を付く。でも、長澤さんは笑うことなく真剣な表情のままだ。


「はっ! 滑稽だな。人形の首吊りを事件とカウントするとか。やっぱ高校生は子供だな」

「期待して損したわ」

「さすがに人形と本物の事件を同一視するのはどうかと思うよ〜」

「いや、子供だからこその発想じゃないかな。私達じゃ思い付かない」

「たしかに。真似しようにも真似できない」


 笑い、嘲り、蔑み、罵る。一斉に長澤さんへ攻撃が始まったが、彼女も負けてはいなかった。


「そんな固い脳みそだから真相を見抜けなかったのに。哀れね」

「あぁ!?」

「子供子供と笑うけど、その子供に真相を先に越されたあなた達はもっと滑稽じゃなくて?」

「てめぇ……!」

「黙って聞いてください。文句があるなら私の真相を聞いた後に」

 

 有無を言わさぬ迫力に全員がたじろぐ。犯人に怒りを顕にし、カップを壁に投げつけ踏み付けたあの時のように。


「えっと、どこまで話したっけ……ああ、人形の所まででしたね。皆さんは重要視していないようですが、あの首吊りが犯人を導いてくれているんですよ」

「でも愛唯ちゃん。あれは人形だろ? 愛唯ちゃん達が探ってるのは本物の殺人事件の方だろ?」

「そうよ。でも、無関係ではないの」


 そういえば、長澤さんはあの首吊り人形を丹念に調べていた。疑問に思っていたが、今それが明らかになるのか。


「ここにいる全員、バラバラ殺人を根底に犯人を見つけようとしていたと思います。なぜバラバラにしたのか、どうやって犯行に及んだのか。犯人の痕跡は少なく、躍起になって館中を捜索していました。けど、それよりもはるかに簡単に犯人に導ける事件がありました。それがあの人形です」

「でも、あの人形はイベントの問題でしょ? それがどう関係――」

「はい、白井君大当たり!」

「お、大当たり?」


 疑問を口にしただけなのに大当たりと言われてしまった。どの辺が大当たりなのだろう。


「あの人形はイベントの問題。そして、私達はイベントの参加者」

「う、うん。そうだね」

「じゃあもう答えは出たよね」

「……?」

「もう。白井君、ちょっと頭を柔らかくすればいいだけだよ」

「いや、何がなんだか」

「じゃあヒント。もしバラバラ殺人がなかったら、私達はあの首吊り人形の事件を調べていた」

「だろうね。僕らはそのためにここに来たんだから」

「じゃあ、犯人は誰だと思う?」

「いや、それはさすがに……」

「ま、まさか!?」


 ガタッ、と荒谷さんが立ち上がって驚きを顕にする。彼は彼女の言わんとしていることを理解したようだ。


「諸星謙一郎のイベントの内容はこれから起こる殺人事件の犯人を見つけること。その事件とはもちろん人形の首吊り事件。人形を使ってまで表現している殺人事件で、まさか犯人が架空の人物とはならないと思いませんか?」

「たしかに。例えば受付の立花さんとか、実在する人を犯人にするかな」

「そう。だから私は思った。人形の事件の犯人は私達参加者の中にいるのではないか。、と」


 カチッ、と僕の頭の中で何かの歯車が噛み合った。回りたくても回らなかった数個の歯車が、一つ噛み合った事で連動して回り始める。点と点でしかなかった長澤さんの台詞が一つの真相という動きで回り出した。


「バラバラ殺人の犯人はイベントの関係者。そして、人形の首吊り事件もまたイベントの関係者。ならば、人形の事件を解けば関係者が分かり、二つの犯人は同一人物に違いない。私はそう確信しました」

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