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「全員揃ったようじゃし、聞かせてもらおうかの。君らが辿り着いたという事件の真相を」


 荒谷さんの声が食堂全体に響いた。他の参加者も全員着席し、目の前にはコーヒーが置かれている。緊張の空気が張り詰める中、白い湯気がゆらゆらと揺れていた。


「分かりました。では、早速話させていただきます」


 そんな雰囲気に呑まれることなく長澤さんははっきりと答えた。僕も無意識に固唾を飲む。


 体をロープで縛られながら……。


 なぜ僕がこんな状態なのか。もちろん、これには理由があり、時間にして三十分程遡る。


 長澤さんが部屋に戻った後、僕らは手筈を整えた。彼女が事件を解き犯人が判明した今、それを皆に伝えなければならない。ミステリーでいう解決編だ。


 彼女からの提案で参加者全員を食堂に集める事になった。草薙さんと同様の内容が挙がり最初は大輔が犯人だけを呼び出せばいいのでは、と提案したが長澤さんがそれを否定。理由として犯人がもし抵抗や襲いかかってきた場合人数が多い方が取り押さえやすいから。高校生の僕らだけでは不安があるとのこと。大輔は納得して深く頷いた。


 次に僕の処遇だ。今僕は容疑者として挙げられており、長澤さんと大輔は監視という名目で傍にいる状態。それによって部屋に留まる条件で監禁、拘束されることなく体の自由が許されている。


 僕だって犯人が誰なのか知りたいし長澤さんの推理を聞きたい。推理披露の場にいないという選択はありえない。しかし、今僕は容疑者という立場であり堂々と食堂に入れるとは思えない。荒谷さん達が認めてくれる可能性も低いに違いない。


 何かないかと相談したところ、僕を縛るという案が出た。部屋を抜け出すのであれば容疑者を拘束。それなら納得するだろう、と。長澤さんが一人一人部屋を訪れ、強気な説得により僕は同席を許されたのだ。


 よって僕は今手首を縛られ、後ろ手に腕も縛られているのである。アニメで見るような捕まった犯罪者や悪党の様相。滑稽だが笑いたくても笑えない。


 だが準備は整った。食堂に集まった全参加者。犯人はこの中にいる。探偵の進行で事件の全貌が明らかになる。まさにミステリー小説のクライマックスだ。一瞬たりとも瞬きも聞き逃しもできない。


「まず最初の事件。東郷要のバラバラ殺人。その前日から話を進めましょうか」

「前日? 何で前日なんだ?」

「必要なことだからよ、萩原君」


 疑問を唱える大輔に長澤さんが今から説明するからと制止する。


「事件の前日。それは皆さんがこの館の捜索をしていた日です。本来私達は諸星謙一郎主催のミステリーイベント参加者。各々がそのイベントの情報集め、云わば前哨戦をしていました」


 前哨戦、つまりは館の部屋の把握だ。見取り図が存在せず、それによって僕らは自分達で館の見取り図を作る作業をしていた。


「ルートも人数もバラバラ。あらゆる所に人の目があり、ここにいる人の誰もが必ず誰かとすれ違ったり目撃していたと思います」


 長澤さんの言葉に誰も返事はしないが、肯定の意味での沈黙だった。反論がない時点で誰もが心の中で頷いている。


「東郷さんも誰かしら目撃はしていたと思います。私もその一人です。けど、彼の遺体を発見した時、彼と分かるまで時間が掛かりました。近付き難い雰囲気を持ち、顔には傷。一見印象が強そうですが、この場にいる人で彼と面と向かって交流した人はいないのではないでしょうか? 十秒と満たない程の交流しかないのであれば記憶には残りにくいと思います。だから翌日、東郷さんはバラバラ死体として発見されましたが、すぐには誰も彼とは気付かなかった」


 たしかに、死体を発見してまず起きたのは悲鳴や困惑ではなくイベントが始まったという歓喜だった。頭部を持ち上げまじまじと観察し、感想を口にしていたぐらいだ。僕が口元の傷を発見して東郷さんと言うまで、誰一人として彼だと気付かなかった。


「そしてもう一つ。東郷さんと交流しなかったから想像でしかありませんが、彼はミステリーとは無縁な感じがありました。萩原君もミステリーに興味がないですが、白井君のペアとして参加、つまり付き添いという形で参加しているので納得はできます。けど、東郷さんは単独での参加です。ミステリーに興味のない人間がミステリーイベントに参加するでしょうか」

「たしかに愛唯ちゃんの言う通りだな。妙だ」


 一人首を傾げて悩む大輔。


「それからもう一つ。部屋にあった東郷要のボストンバッグですが、三泊四日の期間で開催されるイベントにしてはいやに少なかったと思います」

「あれぐらいは普通だろ? 前にも話したじゃん」

「そうね。萩原君と白井君は特に違和感がないと言ってたけど、私は疑問に残ったわ」

「そりゃ化粧品とかを持ち歩く女子に比べたら少なく感じるだろうけど、男からしたら余計な荷物は持ちたくないわけで」

「そう。余計な荷物は持ちたくない。だから疑問に感じたの。


 たしか東郷要の荷物はボストンバッグとショルダーバッグの二つで、ショルダーバッグには財布や鍵といった必需品。ボストンバッグには着替えが入っていたが、三分の二も埋まっていなかった。思い返せばたしかに量に対して大きさが合わない。


「余計な荷物は持ちたくないのであればもっと小型のバッグで十分なはず。でも、東郷要はその大きいバックでここに来た。それには理由があるの」

「他にバックが無かったからじゃなくて?」

「違うわ。ちゃんとした理由よ。大きいバックの利点は荷物をたくさん入れられること。だから東郷要は選んだ」

「でも荷物は少なかっただろ。あっ、盗まれたのか?」

「惜しいわ、萩原君。逆よ」

「逆?」

「荷物を盗まれたんじゃない。荷物を盗むためにスペースが必要だったの」

「盗むため……ってまさか!?」

「そう。東郷要の正体は盗っ人。空き巣の常習犯。盗んだ物を運べるように大きなバックを選んだのよ」

「なにぃぃぃ!?」


 食堂に大輔の驚きの声が反響する。


「東郷要の遺体がある部屋。そこに黒い手帳があったのを皆さんもご存じかと思います。あれは東郷要のものです。そして、中には名前と数字が記載されてました」

「たしかこの不知火館は一○○○、って数字が書いてあったな」

「そう。他にも名前と数字がセットで書かれていました。あれは空き巣に入った家で得た金額を示していたんです。そして、不知火館にそれだけの価値があったんです」

「そうだったのか……あれ?」

「どうしたの、萩原君?」

「……いや、なんでもない」


 一瞬首を傾げるが、すぐに横に降り長澤さんの推理を進めさせた。


「東郷要がここに来た理由。それはミステリーイベントに参加するのではなく、盗みに入るために参加したのです。だから他の人となるべく関わらず記憶に残らないようにしていたのです」

「なるほどね。それでバラバラにされて頭部を見るまで雄吉以外は気付かなかったのか」

「そう。そして、その盗みが原因で彼は殺された」

「盗みが原因? どういうこと?」

「そのままよ。東郷要は不知火館の物を盗もうとして犯人の殺意を生んだ。必死に苦労して集めたコレクションを取られないために犯人は殺害した。つまり――」


 大輔に振り返ると、長澤さんはゆっくりと真実を告げた。


「――犯人はこのイベントの関係者、もしくは主催者である諸星謙一郎の関係者よ」

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