35
昼食を終えると、再び僕らは向かい合って推理を開始した。
「とりあえず、さっきの雄吉の推理は間違っていたわけだな?」
「くそっ、良い線いってると思ったのに」
「まぁまぁ。一つの仮定を潰せたと思えばいいじゃん」
昼食でお腹が満たされたからか昼食前の暗い気分はどこかに吹き飛んでおり、今は次の推理を進めてみようと前向きになっている。食欲という一つの欲を満たしたことで気分が良くなり、心に余裕が生まれたからだろう。
「また一から考え直すのか?」
「そうするしかないでしょ」
「はぁ~、なんか迷路で迷ってまた一からやり直してるみたいだ」
「おっ、良い表現したな。ミステリーじゃ未解決の事件を『迷宮入り』って言うんだよ」
「じゃあこれも迷宮入りか」
「待て待て。捜査の途中だろ。犯人は絶対に見つける。迷宮入りにさせるもんか」
「そうだな。頑張ろうぜ、犯人」
「ああ――って、いや違うわ!」
また僕を犯人呼ばわり。この野郎、楽しんでやがるな。
「それで、私がご飯を取りに行ってる間に何の話をしていたの?」
僕と大輔のやり取りに一段落したのを見計らった長澤さんが質問。僕は草薙さんの台詞について説明した。
「意味がない、だからこそ意味がある……」
「どういう意味だと思う?」
「う~ん、現状じゃ分かりようがないわ。でも、バラバラ死体を調べて何か思い付いたのは間違いないのよね」
不足した部位もなく僕と草薙さんの推理は外れていた。けど、草薙さんはそこから新たに何かに気付いた。その“何か”とは一体。
「白井君、昨日の部屋に入ってからの行動をもう一度教えてくれる?」
「えぇ~、また聞くのか?」
「うん。でも、今度はもっと詳しく。今の台詞みたいに思い出す限りの事を。白井君が見たり聞いたりしたこと全て」
分かった、と返事をすると僕は記憶を呼び覚ます。
「僕が部屋に入ると草薙さんはバラバラ死体がある毛布の側にいて、近付くと毛布を取り払ったんだ」
「そこで何か変わったことはなかった?」
「何も。二人ですぐに遺体をベッドに運んだんだ」
「その時の順番とか、どっちがどの部位を触ったとかは覚えてない?」
さすがに覚えてない、と答えた。特に足からとか頭からとか決めておらず、目の前の部位を順次持って運んでいたのだ。腕を運んだと思えば次は脚などといった具合に。どちらがどこを、どの順番で運んだかまでは把握していない。
「じゃあ、二人で部位を運びながら並べていったの?」
「うん。指が最後になったのは覚えてる。唯一細かく切られてたし、床の方に残ってたから」
「並べながら不足している部位を探した。けど……」
「全部揃ってた」
そこで僕と草薙さんは固まってしまった。犯人は抵抗されて肉片、血液といった付着物が付いた指を切り落として持ち去ったと信じていたのだから。
バラバラ死体はその指の痕跡を隠すためのカモフラージュ。僕と草薙さんはそう推理していた。そこに絶対の自信があった。けど、遺体は完璧に揃ってベッドに並べられた。指だけではなく頭部、腕、脚。全て欠けることなく、だ。
「白井君と草薙さんの推理は私も正しいと思うわ」
「でも、実際雄吉達が調べたら違ったんだろ? だとしたらその推理は間違ってるってことなんじゃないの?」
「う~ん、でもそれ以外に当てはまらないのよ。白井君が混乱するのも無理ないわ」
「じゃあ、何でバラバラにしたんだ?」
「そこで草薙さんの台詞が出てくるんだよ」
意味がない、だからこそ意味がある。
言い方を変えれば“死体をバラバラにする意味はない、けどバラバラにしたからこそ意味がある”となる。けど、ますます意味不明だ。
“行動”は必ず目的、結果に繋がる“意味”があるから移すもの。指先の痕跡を隠すためという“意味”があるからバラバラにするという“行動”が生まれる。意味があって初めて行動が起きるのだ。だが、今回はその意味なくして行動が生まれている。
猟奇的犯行か。いや、理由としては弱い。犯人の本来の目的は東郷要ただ一人。猟奇的であれば複数人の犠牲者が出るばずだが、草薙さんは明らかに想定外の殺人だ。二つの殺人だが連続殺人というわけではない。
怨恨にしてもそうだ。わざわざこんな山奥に来て殺人をする必要はない。夜中に東郷要の自宅に行って殺害すればいいし、館の途中の山の中で突き落とせばそれで終わりだ。あそこは角度が険しい場所もあり足場も不安定な所もあった。館で殺害するよりよっぽど楽だ。それに、犯人はいまだこの館に居残っている。容疑者として。何のメリットもない。
意味がない。まるで意味がない。けど、だからこそ意味がある。真相を見抜いた草薙さんが呟いた台詞。間違いなく核心を突いたものだ。これさえ分かればモヤモヤとした暗雲の謎は一気に快晴へと変わると僕は感じていた。
「意味がない、だからこそ意味がある……意味がない、だからこそ意味がある……意味がない、だからこそ意味がある……」
長澤さんが繰り返し呟いている。彼女も直感しているのだろう。この台詞の意味を知りさえすれば事件の全貌が見える、と。
僕も同じ現場にいたのだ。草薙さんの真相はきっと目と鼻の先にある。同じレールを渡れば必ず到達できる。他にはなかったか、僕はさらに記憶を探った。
「そうだ。この台詞が出る前、草薙さんと話した内容があるんだ」
「話? どんな?」
食い付いたのはやはり長澤さん。鋭い眼光が僕を捉える。
「バラバラ死体を発見した時にさ、草薙さんが手を叩いて皆を落ち着かせたのを覚えてる?」
「ああ、あれね。いきなり音が鳴ってビックリしたけど」
「うん。その事を草薙さんと話したんだ」
「でも、何でそんな話を途中で?」
「いや、バラバラの意味がないという点で考えてたらその事を思い出したんだ。手を叩いてその後掌を開いたり閉じたりしたじゃん? あれ何の意味があるんだろう、って」
たしか、意識を反らすための行動だったと草薙さんは説明してくれていた。脳内の処理しようとする情報から別の情報へ意識を転換するためだ、と。僕は聞いた内容をそのまま二人に教えた。
「へ~、そんなんで意識って移せるんだな」
「手を開いて閉じてがどういう意味なんだろ、って思ってたけどその疑問を起こさせるのが目的だったのね」
「うん。手の動きはあくまで一つの手段で、注目を集められるなら歌でも何でもいいんだって」
「歌、か……魂のルフ~ラ~ン!」
今歌ってどうすんだよ。
「それと、この意識を向けさせるのは手品の手法だったり、ミステリーならミスリードとして利用される、とも話したよ」
「なるほどね」
「ミスリードって何だっけ?」
「簡単に言うと誤った方向へ推理を進ませる、って事だ。わざと偽りの証拠を残して真実から遠ざけて、犯人は容疑から免れようとする」
「ああ、はいはい。思い出した」
「本当に思い出したのか?」
「あれだろ。『君、こんな優秀な人材を何処から!?』ってCMだろ」
「それビズリーチ!」
職紹介で誤った方向導くとか最低のサイトじゃないか。転職失敗者続出するぞ。
「一応これで思い出せた事を全部話したと思うし、漏れもないと思う。僕の記憶の限りじゃ他に話した事も気付いたこともないかな」
「さっきとほとんど変わんねぇじゃん」
「否定はしない。どうかな、長澤さん?」
「……」
「長澤さん?」
返事が来ない。長澤さんは一点を見つめたまま黙っている。まるで昨日の草薙さんのよう――いや待て、まさか!?
「長澤さん、もしかして……!」
「……うん、なんか分かったような気がする」
「本当!?」
「マジで!?」
「いや、全部とは言わないよ? 首元までは解けたような気がするけどまだ納得できない謎が残っているというか」
「それでもすごいよ! 草薙さんの台詞は一体どういう意味が?」
「ちょっと待って。まだ整理が追い付かないから少し時間をちょうだい」
そう言われたので僕と大輔は黙って長澤さんを見守った。十五分ほどすると顔を上げた。
「うん。これで間違いないと思う。犯人が分かったわ」
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