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 その後も三人で話を進めていると、大輔のお腹がグゥ~、と鳴った。時刻を確認すると既に昼を迎えており、空腹の知らせが僕のお腹からも発せられた。


 丁度良いということでお昼休憩に入ることになり、長澤さんが用意して持ってくると言い部屋を出ていった。大輔はそのまま残り僕の見張りだ。


「あ~、頭フル回転させたから普段より疲れた~」


 僕はドサッ、とベッドに大の字に倒れた。言葉にした通り頭が重いような詰まったような感覚がのし掛かっている。試験勉強でも似たような感覚に陥ったことがあるが、その比ではない。まさに酷使という言葉が似合う具合だ。


 しかし、それだけ頭を使って考えてもいまだ犯人の目星はつかなかった。なにより手掛かりが少なすぎる。東郷要のバラバラ殺人。そして草薙さんの刺殺。現状把握している事と言えば殺害方法と殺害されたであろう時間帯。犯人を示す証拠は皆無だ。誰でも行動可能であり誰でも犯人たりえる。それが午前中で話し合った答えだった。


 現実は小説より奇なり、なんて言うけど本当に奇天烈だな。小説が可愛く見える。


 警察の力を借りず僅かな痕跡を集め犯人を特定する探偵。あれは不可能なのではと疑わざるをえない心境だった。もう探偵が殺害の現場を目撃して自ら手掛かりを残し、それをあたかも見つけたかのように振る舞っているのでは、と。


 また『あの時あなたはこんな発言をしたね?』と矛盾点を詰め寄るシーンもあるが、何気ない会話の中の一字一句なんて覚えていられないわ、と今更ながら突っ込みたくなる。現に昨日食堂で集まった時、誰が何を話したかももうほぼ記憶にない。そんな記憶力があればテストなんて余裕で満点を取れるだろう。


 記憶。そういえば草薙さん、部屋を出る時変なことを言ってたな。


 僕はまだ新しい記憶を呼び覚ました。草薙さんが呟いた台詞。


『意味がない。だからこそ意味がある』


 改めて思い返すと矛盾しているように聞こえた。意味がないのに意味がある。ゼロなのに一が存在する。意味がないのならそれは形も現象も起きないわけで、意味があるからこそ目に見えているのだ。バラバラ殺人などまさにそのど真ん中。理由なくして起きる殺人ではない。


 でも、じゃあ草薙さんはどうしてそんな台詞を……あぁぁぁ分からん!


 考えても考えても答えは出ない。一人で考えても答えが出ないなら二人でだ。僕は大輔に声を掛けた。


「なぁ、大輔」

「四十三……四十四……四十五……」


 大輔はというと、長澤さんが出て行ってから筋トレを始めていた。さっきまでは腕立て、腹筋。今は背筋を鍛えていた。


「四十九……五十! ふぅ~、呼んだか、雄吉?」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「体を動かして筋肉を刺激することで血液内の酸素も循環しやすくなるから筋トレはリフレッシュに最適なんだぞ」

「筋トレの効果とかじゃねぇわ」

「じゃあ、何を俺に聞きたいんだ?」

「事件のことに決まってるだろ」

「お~い、今は休憩中だろ。それで頭パンパンになってたのにまだ続けるのか」


 休む時は休め、と責められたが僕は構わず大輔に草薙さんの台詞の意味についてどう思うか質問した。


「知らん」

「即答かよ」

「当たり前だろ。そんなの俺が分かるわけない。お前と愛唯ちゃんの台詞と一緒だよ」

「僕と長澤さん? なんか言ったっけ?」

「【主人の間】に行く前にお前と愛唯ちゃんが言ってたろ。部屋に入れなくても入れないという事実が分かるだの、開かないからこそそれだけで可能性だ推理の方向が決まるだの、チンプンカンプンなこと」


 ああ、たしかに言ったような気がする。でも、それとこれとは別物だ。


「ミステリー読まん俺にはお前らの言葉一つ一つが理解できん。だいたい、知識がない俺に何を求めるんだ」

「読まないからこそ気付く事もあるかもしれないだろ。知識がある分僕らは先読みしがちの可能性がある。けど、大輔ならその知識がないから僕らが目に留まらない部分に目がいってるかもしれないんだ」

「例えば?」


 例えば? そうだな……凶器の展示室で大輔、鉈に妙に興味持ってたな。


 僕はそのことを告げた。

 

「鉈? ああ、たしかに」

「何で興味持ったんだ?」

「普通の疑問だよ。同じ刃物で何で鉈じゃなくて斧を選んだのか、って。鉈でも切ろうと思えば切れるだろ?」

「切れるけど、鉈じゃ効率が悪くなるだろ」

「何でだ?」

「だって、鉈だとリーチが短いから筋力がどうしても必要になる。けど、斧なら刃は先端の方にあって柄の端の方を持てば大きく振れるから少ない力でも何倍も力が加わるわけ、で――」


 何倍もの力が加わる。そこに僕は光明が見えた気がした。


 斧は剣と同じ様に刃物で出来ている代物だ。けど、”刺す“や“切る”という使い方には合わず“割る”に近いだろう。なぜなら、斧は基本使


 重心のある刃物部分を振り回すことで遠心力が生まれ、破壊力は何倍にもなる。この館に来る途中の電車で大輔が言っていたように、薪割りなんかイメージしやすい。薪を割る際、柄を持ったら自分の頭上に振り上げそこから一気に薪目掛けて振り下ろす。なぜわざわざ振り上げるのか。その方が力が強くなるからだ。これなら


 大輔の言うように、鉈でも切断は可能だが、鉈では柄と刃物の間隔は短いからある程度の筋力が必要となる。遺体をバラバラにするため犯人は斧を使った。いや、斧を使わざるを得なかった、と捉えるべきだ。


 つまり、犯人は非力な人間ということになる。見た目からそれに当てはまる人物といえば……。


 三野瀬有栖。

 山中由梨子。

 占部やよい。

 小野努。

 中嶋誠次。


 この五人に絞れた。


「大輔! やっぱり聞いてよかったよ! ありがとう!」

「えぇい、寄るな! 暑苦しい!」


 感動のあまり大輔に抱き付こうとしたが、腕を伸ばされ拒否される。しかし、これは進展だ。ミステリーを知らない大輔だからこそ気付けた部分がやはりあった。


「犯人候補が絞れた。これはかなりの前進だ。この調子で進めれば……」

「犯人分かりそうなのか?」

「ああ。なんか元気出てきた」

「そりゃよかった」

「盛り上がってるね。何かあったの?」


 食事を取りに行ってくれていた長澤さんが戻ってきた。カップ麺とおにぎり、お茶を乗せた盆を携えて。


「なんか大輔が犯人絞れたとか」

「ホント?」

「長澤さん、実はね!」


 僕は興奮のまま長澤さんに推理を聞かせた。


「あ~、えっと……」


 しかし、長澤さんの反応は悪い。なぜだろう。


「あれ? 何か変かな?」

「いや、筋力のない人が斧を選んだという理由は一応筋が通ってると思うよ」

「だったら――」

「でもさ、力のない者だけが斧を選ぶとは限らないでしょ?」

「いや、筋力があれば大輔の言うように鉈を選ぶでしょ」

「選ぶかな? 筋力ある人間だって労力は控えたいでしょ。力自慢を見せるわけじゃないんだし。斧使えば時間は圧倒的に短縮されるわ」

 

 言われてみればたしかに。筋力があるから筋力の必要な凶器を使わなければならないという決まりはない。


「そういや、RPGで斧を武器とするキャラクターってドワーフとか多いよな。背ちっちゃいけど筋肉モリモリでさ」

「えっ……ちょっと待って……じゃあ僕の推理は……」

「ちょっと真実とはかけ離れてると思うわ」


 僕の中で何かが崩れる音がした。


「ああ、何でこんなことに……」

「おい、また元に戻ったぞ」

「と、とりあえずご飯にしましょ。ねっ?」


 長澤さんからおにぎりとカップ麺を受け取り、麺を啜る。なぜだろう、味がしなかった。

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