33
「ああ、何でこんなことに……」
あれから三十分程経っているだろうか。僕は自室のベッドに座り頭を抱え、その傍らで大輔と長澤さんが様子を窺っていた。
「しょうがないだろ。犯人なんだから」
「犯人ちゃうわ! お前まで疑う気か!」
「冗談だよ、冗談。本気にするなよ」
「というか、その台詞今ので十二回目よ」
なぜ二人が僕の部屋にいるのか。それは二人に監視してもらっているからだ。
草薙さんの部屋で荒谷さんは僕が犯人と指摘した。他の皆もどうやらその考えに同意していたようで、僕が詰め寄ろうとした時に距離を取って身構えていたのはそのためだった。
ただ、僕は犯人じゃない。誰が何と言おうと無実。買いたてノートに何も書かれていないように潔白だ。だが、必死に説得するも誰一人受け入れてくれる人はいなかった。
「何で僕が草薙さんを殺さなきゃいけないんだよ……」
「犯人と知られる前に殺した、というのが荒谷さん達の見解だろ」
「だから僕は殺ってないって」
「でも、一応筋は通っているのは認めるわけでしょ?」
「だから余計にもどかしいんだよ」
草薙さんが犯人を部屋に入れたという謎。その謎についての荒谷さん達の推理は的を得ていた。たしかに、一緒に謎を突き詰めようとして部屋に入れたとすれば室内で無防備に殺された状況にも説明がつく。だから僕は強く否定出来ず、犯人候補第一人者として取り上げられた。
当初、僕を別の部屋に拘束するという話が出たのだが、死亡フラグ過ぎてそれだけは勘弁して欲しいと願った。犯人と思われる登場人物を拘束して部屋に監禁。後日遺体で発見は王道の展開だ。
そこで大輔と長澤さんの二人が監視役になると立候補してくれ、部屋に籠るという条件で拘束は無く今の状況に至っていた。ちなみに、荒谷さん達は各自部屋に戻っているとのこと。
「ああ、何でこんなことに……」
「はい、十三回目」
「というかそろそろその台詞ウザいから止めてくれ、マジで」
何回も言いたくなるわ。自分が犯人にされてるんだぞ。文句も言わなきゃ精神崩れそうだわ。
「とはいえ、まずい状況に変わりはないわね。このままだと本当に白井君が犯人にされかねない」
「となると、僕が犯人じゃないと証明するためには……」
「本当の犯人を見つける」
もうこの一択しかない。崖っぷちも崖っぷち。ホンの少しのバランスを崩しさえしたら崖下に落ちてしまうぐらいの所まできていた。下がる余裕もない。目の前の一本道を進むしかなかった。
大輔と長澤さん。この二人だけが唯一僕の無実を信じてくれている。監視役に立候補したのもそれが理由だった。それだけが救いだった。
「まず昨日の白井君の行動から振り返ってみましょ。草薙さんは白井君と行動を共にして何かに気付き、犯人の特定に繋がった。なら、白井君の見聞きした情報を集めれば私達も犯人を見つけられるはず。白井君、昨日の何時頃部屋を出た?」
謎という塊が中央にあるように、僕らはベッドで円になるように座った。
「えっと、たしか零時十五分くらいだった。それで、部屋を出た時に草薙さんと会ったんだ」
「なんかタイミング良すぎじゃね? そんな時間で人と会うか、普通? 草薙さん待ってたんじゃね?」
「それはないわね。バラバラ死体の意味に誰が気付くか分からないわけでしょ? 白井君が最初に気付く保証はないし、そうは思えないわ」
「たしかに。雄吉がそこまで頭の回転が早いとは思えない」
おかしい。落ち込んでいるせいか、庇っているはずの二人の台詞が小馬鹿にしているように聞こえてしょうがない。
「ということは、草薙さんと遭遇したのは本当にたまたまの偶然というわけか」
「運が良いのか悪いのか、はさておきね。それで白井君、草薙さんと合流して二人であのバラバラ死体がある部屋に行ったんだよね?」
「うん」
「何処かに寄り道したりは?」
「いや、真っ直ぐ部屋に向かった」
寄り道などしない。目的はバラバラ死体を調べるためなのだから。
「それで、部屋に入ってまず何をしたの? 出来るだけ詳しく」
「そうだね。部屋に入ったら草薙さんが電気を点けて、死体を覆った毛布に向かったよ。僕は少し経ってから近付いた」
「その理由は?」
「いや、その、またバラバラ死体を見ることに怖気づいたというか、気合いを入れ直したというか……」
「なるほど」
「雄吉らしいな」
臆病者とバカにされるだろうと思っていたが、二人は納得していた。
「あれ? バカにしないの?」
「何を?」
「何処にバカにする要素が? 普通だろ?」
「そ、そうかな?」
悲観し過ぎていたようだ。やはり二人は僕の味方だ。
「むしろ、怖気づかずに行ってた方が雄吉らしくない。もし、そうしてたら犯人として疑う」
「そうね。私もそうする」
……味方だよね?
「それで、死体に近付いてそれから?」
「草薙さんが毛布を取って、死体の部位を手分けしてベッドに並べたんだ」
今でも思い出せる。固くなった肉の感触、重量。両手を出して持つ仕草をすれば実際に手の上に乗っていると錯覚出来るほどに。
「そもそも並べた理由はなんだ?」
「さっき言ったろ、大輔。犯人への抵抗の痕を探すためだ、って」
「ああ、そっかそっか。指が無くなっているか、爪に犯人の肉片があるか確かめるんだったな」
「でも実際は……」
「全部あった。それで草薙さんと二人で混乱したんだ」
その時僕は黙って棒立ちし、草薙さんはブツブツと呟きながら部屋を歩き回っていた。
「指はきちんとあった。爪にも何もなかった。じゃあ、どうして犯人は遺体をバラバラにしたんだ?」
「それなんだよ。いまだに分からないのは」
「ちゃんとした理由がないとしない行動よね」
「ミステリーでバラバラ死体が出る理由は他にないのか?」
「あるにはある。でも、どれも今回の状況には当てはまらない」
「そっか。じゃあ、あれはどうだ? 大輔がよく話してた好きなミステリーで、なんだっけ……仕立て殺人?」
「見立て殺人な。詩とか伝承に合わせて殺害していくやつだろ。けど、その可能性もないな」
見立て殺人は連続殺人の時によく使われる手法だ。詩にしてだいたい三番まであるし、伝承もそれぐらいまで内容がある。そして、現場には必ずその見立ての元となるものが存在している。だが、今回この館にはその見立てになるような詩や伝承はない。
それに、犯人の本来の目的は東郷要のみの殺害だ。単体の殺人であればなおさら見立て殺人は成り立たない。
「じゃあ、あれだ。遺体入れ替わりトリック」
「首あったろ。百パーないわ」
「館がからくり構造でそのからくりで殺られたとかは?」
「そんな建築違法すぎてどこも請け負わないわ」
「密室殺人!」
「鍵開いたわ」
「トラベルミステリー!」
「ここ山奥な」
「困難の分割!」
覚えているであろうミステリー用語を大輔が次々と発言するが、どれも見当違いも甚だしい。
「萩原君、ミステリー読まないのによくそんなに用語知ってるね」
「ああ、これ? 雄吉から耳にタコが出来るくらい聞かされてるから嫌でも覚えた」
「嫌でもは余計だろ」
「いや、正直迷惑だった」
「何だと?」
「そりゃそうだろ。興味ねぇ小説語られて楽しいわけがない」
「というわりにはこうして白井君と一緒にいるよね」
不思議そうに長澤さんが大輔に質問する。今の流れからすれば当然の疑問だろう。嗜好が合わないと知りながらも共にいるのだから。
「う~ん、俺が興味持ってるのはミステリーを語る雄吉の姿、ってところかな」
「そうなの?」
「ああ。読んだミステリー語る時の雄吉ってさ、お宝発見した子供みたいに目キラキラさせてるんだよ。見つけたお宝を自慢したくて我慢できない、みたいな」
「へ~」
バカな。僕はそんな子供染みた言動はしていないぞ。感動を共有したいという気持ちが溢れて止まらない衝動に駈られてだな……あれ? これ言い方変えてるだけか? いや違う! 断じて!
「だからミステリーの内容云々よりも、雄吉のその姿を見るのが面白くて連るんでる所もあるかな。友達の夢中に付き合うのも立派な友好関係だろ?」
「なるほど~。良いこと言うね、萩原君」
「いや~それほどでも」
「それで? 本音は?」
「ガキみたいな反応と顔で喋る雄吉が面白くて笑えるから飽きない」
「デストロイヤー!」
僕はあらん限りの力を以て枕を大輔の顔面に叩きつけた。
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