32
見間違いじゃない。説明するまでもない。草薙さんは殺されていた。ナイフを胸に刺されて。
「まさか、また殺人が起きようとは……」
「いや、必然というべきじゃないかな」
「今度はバラバラじゃなかったか」
「なんか、刺殺が可愛く見えるわね」
たしかに、第一の殺人がインパクトがありすぎて草薙さんの様子はまるで寝ているようにしか見えなかった。今にも『おっと、寝坊したみたいだね。失礼』と起き上がるかのように思えた。
だが、それは大きな間違いだ。これだけの人数が押し寄せても何の反応もなく、呼吸もなければ生気も感じられない。草薙さんが死んでいるのは紛れもない事実なのだ。
『明日の九時、皆を食堂に集めておいてくれないか? 私が皆の前で推理を披露するから』
やはり昨日の時点で皆を集めるべきだった。叩き起こして犯人を追求するべきだった。今思えば草薙さんの台詞は死亡フラグの塊だったと気付くが、もう後の祭りだ。
「雄吉の言った通りだな。また殺人が起きた」
僕の後ろに立っていた大輔が嫌そうに口を開く。
「館みたいなクローズドサークルでは第二、第三と連続で殺人が起きるんだったよな? 定番通りになったわけだ」
「いや、大輔。これはそうとも言い切れない」
僕は大輔に向かって首を振って否定した。
大輔の言う通り、僕は館もののミステリーでは連続殺人が定番と話した。しかし、今回の草薙さんの事件はそれに当てはまらない可能性がある。
「草薙さんの殺害は犯人にとって予定外の可能性がある」
「予定外? 何で?」
「手口に一貫性がないからだ。第一がバラバラ殺人に対して第二が刺殺。明らかに後者が単純すぎる」
「そうなのか? 俺には殺人に簡単も難しいも何もないと思うんだけど」
「大ありだ。大輔はミステリー読まないからそう感じるんだろうけど、もし犯人が連続殺人を企てていたのならきちんと計画を立てていたはず。最初がバラバラなら第二もそれ相応の殺害方法を取る。でも、今回のは……」
ただナイフを刺して終わっている。バラバラにするわけでもなく、そのまま放置。第一が“異様な殺害”と評するなら第二は“普通の殺害”。同様と呼ぶにはかけ離れすぎている。
「その言い方だと草薙さんは殺されるべき人間じゃなかったのに殺されたように聞こえるな」
「その可能性が高いね」
「マジ? じゃあ、何で草薙さんは殺されたんだ?」
「決まってる。口封じされたんだ」
真相が明らかになる前に犯人が草薙さんに手を掛けた。つまり、彼が今日話そうとしていた推理は当たっていたということだ。
だが、ここで一つ疑問が生じる。犯人はいつ草薙さんが真相に気付いたことを知ったのか。
僕が部屋を出たのは零時十五分ぐらい。それから草薙さんと会い部屋に行って捜査し、戻ってきたのは二時になる前だった。夜中の二時だ。そんな時間に犯人がどうやって草薙さんの意向に気付いたのか。
まさか、僕らが捜査していたのを犯人は知っていた? その様子を近くで耳を立てて聞くなり観察していた?
それしか考えられない。犯人はすぐ傍にいたということ。だから犯人は真相を見抜いた草薙さんをすぐに知ることができ、そして短い時間の中で殺害できた。もし僕も真相を見抜いていたら、もしくは草薙さんから聞いていたら、僕も今頃犯人によって……。
不幸中の幸い、というべきなのか。僕は死の領域に踏み入る一歩手前まで来ていた。自分も草薙さんと同じ様になっていたかもという恐怖に一気に体温が下がったかのようだった。
「心臓を一突き。急所を確実に狙ってる」
一番に部屋に入った長澤さんが遺体の草薙さんの体を調べ始めた。彼女の言う通り、ナイフはみぞおちの辺りから斜め上に向かって刺さっていた。僕と大輔、長澤さんが初日に話していた内容がそのままの形で。犯人もあの知識を知っていたということか。
「抵抗の痕が見られない。即死だったのかしら」
長澤さんは尚も遺体の身体中を触って調べ続けている。顔、腕、脚。戸惑うことなく触っては顔を近付けて。背中を調べる時には誰の手も借りず自分で押し起こして調べてもいた。もう周りが見えていない状態だ。
いやいや、見てるだけじゃダメだ。僕も考えないと。
死を悼むべきかもしれないが、今はまず犯人を見つけることが優先だ。長澤さんの様子を眺めながら僕も頭を回転させる。
長澤さんの言うように草薙さんの衣服は乱れておらず、心臓を刺されて即死の可能性が高かった。胸から腹部にかけて血が染まっていたが心臓を刺された割には思った以上に出血が少ない。ナイフが刺さったままだったからか、栓の役割を果たしていたのだろう。抜いていたら長澤さんの部屋のように、部屋中鮮血に染まっていたに違いない。
しかし、妙だ。草薙さんは即死と思われ、そして部屋のベッドで発見された。ということは、草薙さんは犯人を部屋に招き入れて殺されたということだ。犯人を呼んだのか、それとも犯人から訪れたのかそれは分からない。ただ、どちらにしても犯人と対面するという選択肢はないはずだ。
「おい、雄吉。なんか変じゃねえか?」
僕の思考を読んだかのように、大輔も異変に気付いたようだ。
「そうだね。何で草薙さんは犯人を部屋に入れたんだろう。犯人を説得するため? いや、今日推理を披露する、って言っていたんだからそれはあり得ない。となると――」
「いや、俺が言いたいのはこの場の雰囲気だ」
雰囲気? と言う大輔に促され僕は部屋を見渡した。何が、と言う前にその正体が分かった。長澤さんを除いた鞍瀬さん達全員が僕を真っ直ぐ見ていたのだ。
「な、何ですか? そんなジッ、と見て」
「いや、君らが必死に捜査をしている所悪いが、答えはもう出ているんじゃないかな」
「答えが出ている……それって犯人が分かったって事ですか!?」
僕は驚愕し声を荒げた。長澤さんも同様だったようで捜査の手を止めこちらに近付いた。
「犯人が分かったって本当ですか!?」
「だ、誰何ですか!?」
僕が詰め寄ろうとすると、なぜか鞍瀬さん達は身構えた。半歩引き、己の身を守るかのように。
「いや、あの?」
「君らは気付いているか? 草薙さんが発見されたこの状況の異様さに」
「異様さとは、草薙さんがベッドで発見された事ですよね?」
長澤さんが即答する。
「そうだ。部屋の中心に位置するベッドで発見されたということは、犯人も部屋にいたということだ」
やはり皆気付いていた。犯人と一対一で対面するという不可解な状況に。
「犯人が誰か分かった草薙さんが何故犯人を部屋に招き入れる? 殺人犯と二人っきりなんかになったら自分が殺されるかもしれないと容易に想像できるのに」
「たしかに。犯人を取り押さえる自信があったのでしょうか? でもそれは過信であり結果犯人に殺されてしまった」
「それはないじゃろ。ナイフを刺されている時点でな」
荒谷さんが否定し、説明を引き継いだ。
「どんな自信があろうと警戒が無いわけじゃない。胸にナイフを刺すには近距離にいなくてはならん。犯人を自分に近付けさせる愚行はせんじゃろ」
「たしかに。正論ですね」
「じゃあ、何で草薙さんは犯人を部屋に?」
「そもそも前提が根本から間違っておるんじゃよ。犯人と知っていて部屋に入れたんじゃない。犯人と知らずに部屋に入れたんじゃ」
「それはあり得ません。昨日たしかに草薙さんは犯人が分かったって言ってました」
僕はしっかり、はっきりこの耳で聞いた。自信に溢れた草薙さん。間違いなく犯人が誰か分かったのだ。それに、草薙さんは殺されている。犯人に口封じされたと見る以外ない。
「そこが肝なんじゃ。草薙君が謎を解いた。そう彼は言ったんじゃな?」
「はい。間違いありません」
「じゃが、それを聞いた者は君以外にいない」
当然だ。あの場には僕しかおらず、あとは犯人だけだ。だから草薙さんは殺されたんだ。
「君の話によれば、昨夜君と草薙君は遺体を調べ、そこで謎を解いた草薙君がなぜか犯人を部屋に招き入れた。そして殺害された」
「そうです。だから何で草薙さんが犯人を部屋に入れたのかが謎なんじゃないですか」
「たしかに謎じゃ。じゃが、こう考えれば筋は通る。草薙君は犯人と共に遺体を調べていた。じゃが謎が解けず、場所を変えて考え直そうと犯人、もしくは草薙君が提案した。その案に乗り、草薙君の部屋で推理を再開しようとし、部屋に入って油断した所を殺害。そう考えれば草薙君が犯人を部屋に入れた理由に説明がつく」
荒谷さんの話に僕は絶句した。変な力が体全体に広がり、口がわなわなと震える。逆流が起きたかのように、頭に血液が集中しどんどん熱が上がっていく。
「草薙君は犯人と知っていて部屋に入れたんじゃない。犯人と知らずに部屋に入れた。つまり、君が草薙君を殺した犯人じゃ」
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