31

 翌日、僕は言われた通りに参加者全員を食堂に集めていた。といっても、朝食を取るために誰もが食堂に足を運んでいたので、その都度残るよう伝えただけだ。わざわざ部屋に訪れる手間が省けて助かった。


 時刻は七時半を回るところ。草薙さん以外の参加者は既に椅子に腰掛けている。


「本当に犯人分かったのかね」


 そう言ったのは加賀山さん。腕を組み、疑わしそうな表情をしている。


「ふむ、彼に先を越されたか」

「くそ~、僕が探偵やりたかった~」

「いやいや、彼が本当に謎を解いたのかはまだ分からないでしょ」

「そうそう。的外れな推理を披露するかもしれないし。名探偵ならぬ迷探偵としてね」


 荒谷さんを初めとし、草薙さんの謎解きに不満や愚痴を言い始めた。誰一人、犯人が分かったことに喜びを表す者はいなかった。殺人という大罪人がこの中にいるというのに、警戒心よりも推理の遅れを取った自分に悔しさを滲ませている。


 そんな中でも長澤さんは特に目立った。頬杖を付き無表情でテーブルに指をトントン、と同テンポで延々と叩いていた。


 このメンバーの中で犯人を見つけたいと一番意気込んでいたのは長澤さんだ。誰よりも犯人を憎み、事件への入れ込みは人一倍だった彼女。そんな自分よりも別の人間が犯人を見つけた。悔しさとか推理の遅れを取ったとか、そんな生易しい気持ちではないのだろう。


「愛唯ちゃん、機嫌悪いな」


 ボソッ、と僕に耳打ちしてきた大輔。まだ寝ぼけているのか頭の右側の髪が少し跳ねている。


「そりゃそうだろ。自分で犯人見つけたかったんだから。お前だって知ってるだろ?」

「知ってるさ。けどよ、それでもああも露骨になるもんか?」

「それだけ長澤さんは意気込んでいたってことだよ」

「ふ~ん、本当にそれだけかね」 

「どういう意味だよ?」

「別に。大した意味じゃない」


 そう言うと大輔は離れて大きな欠伸をした。


「おい、白井といったか。本当に草薙は犯人が分かった、って言っていたのか?」


 もう一度確認するように、加賀山さんが僕に聞いてきた。


「そう言っていました」

「適当なこと言ったんじゃないのか」

「いや、そんな感じではなかったです」


 昨日の草薙さんの反応、間違いなく犯人が分かったはずだ。


「白井君、君は詳しく聞いてないのか?」


 次に尋ねて来たのは鞍瀬さんだ。


「僕も聞いたんですが教えてくれなかったです。九時に食堂で話す、と」

「そうか」

「そもそもの疑問なんじゃが、君は草薙君といつその話をしたんじゃ? 君は草薙君とはペアではない。そこの高校生二人と行動をしていたじゃろ?」


 今度は荒谷さん。もっともな問い掛けなので僕は経緯を話した。


 部屋を抜け出してバラバラ死体を調べようとし、そこで草薙さんとばったり会ったこと。それからお互いの考えが一致し共に部屋に向かったこと。部屋でバラバラ死体を調べたこと。草薙さんが何かに気付いたこと。


「ちょっと白井君。どうして私も呼んでくれなかったのよ」


 一番に反応したのは長澤さんだった。予想通りというか、食いぎみに僕に迫る。


「いや、時間が時間だったし僕の思い付きの部分もあったからさ。草薙さんとはたまたま会っただけだし」

「そんなの関係ないわ。私言ったよね? 協力して犯人見つけよう、って。何で一人でやろうとするの? 事件の捜査なら呼んで欲しかったわ」

「ご、ごめん」


 説教気味に長澤さんに怒られ縮む僕。大輔はそんな僕を庇うわけでもなく、説教する長澤さんに呆れたように目を向けていた。


「けど、バラバラ死体の意味、か……」

「たしかに、盲点だったわね」

「それだけ冷静になれなかった、ってことでしょ。バラバラ死体なんて強烈な光景なんだから」

「といいながら、死体を発見した時は貴方が一番慌てふためいていたけどね」

「何ですって?」

「待て待て、話が逸れてるぞ。重要なのはそこじゃない。白井君、君は草薙さんと部屋に行って死体を調べた。そうだろ?」


 鞍瀬さんの問いに僕はゆっくり頷いた。


「そこで死体のパーツを調べた。結果、足りないパーツはなかった」

「そうです」

「指先の爪に付着物があったりは?」

「なかったです。変色はありましたが」

「そこだよな、引っ掛かるのは」


 天井を扇ぎ、昨日の僕と同じ様に謎と向き合った。


「白井君の推理通り、犯人に抵抗してその痕跡を消すためというならバラバラ死体の説明も付く。なのにその痕跡は死体には無かった」

「バラバラにしたのは別の理由があったというわけ?」

「いや、白井君の推理は真理に近いはずじゃ。痕跡を消すため遺体を分解。理に敵っておる。そうでなければただの重労働じゃ」

「でも、昨日調べたら他の部位にそれらしき痕跡は無かったんでしょ?」


 やはり皆その点で頭を悩ましていた。


 遺体の分解。


 この謎だけがどうしても説明が付かないのだ。なぜ犯人は遺体をバラバラにする必要があったのか。紐で絞め殺した後、わざわざ展示室にあった斧を持ち出し分解。何十分、何時間と及ぶ作業。なぜ犯人は行ったのか。その意味は何なのか。


『意味がない、だからこそ意味がある』


 ふと、昨日部屋を出る際に草薙さんが呟いた言葉を思い出した。意味がないのに意味がある。明らかに矛盾している言葉。聞き間違いかと思ったが、たしかにそう呟いていた。一体彼はどんな意味でこの言葉を紡いだのだろう。


 この事はまだ皆には伝えていない。僕も理解が出来ていないのだ。バラバラ死体の謎もあるのにさらに謎を増やす必要もない。いや、草薙さんが来ればそれも全て解明される。彼の登場を待つしかない。


 モヤモヤする頭を早くスッキリさせたい。僕らは草薙さんが姿を現すのを大人しく座って待ち続けた。


 時刻は九時を回った頃。草薙さんは姿を現さない。


「遅刻か。社会人としてあるまじき行為だな」

「まあまあ、探偵が遅れて登場は定番じゃないですか。もう少し気長に待ちましょう」


 時刻は九時三十分。まだ草薙さんは来ない。


「焦らすね~。彼、焦らすね~」

「ワシの会社の社員だったらクビにしておる」

「厳しいですね。何か理由があるかもしれないのに」

「自分から集めておるんじゃ。その当人が遅刻など非常識じゃろ」


 時刻は十時を周り、しかし草薙さんは一向に姿を現さなかった。


「遅い! 何をしているんだあいつは!」

「寝坊したとか?」

「尚更あり得ない」


 約束の時間に現れない草薙さんに皆が苛立ちを露にする。たしかに遅すぎる。どうしたのだろうか。


「あ、あの、すいません……ちょっといいですか?」


 ゆっくりと、自信が無さそうに小野さんが手を挙げた。


「何だ? トイレか?一人じゃ怖いから誰かに付いて来て欲しいってか?」

「ち、違いますよ。そ、そうじゃなくて、その……」

「何だよ、はっきり言ってくれ。ただでさえイラついてるのに余計に煽るつもりか?」


 脅しのように詰め寄る鞍瀬さん。だが、次の小野さんの台詞は別の意味で煽ることになった。


「え、えっと……ミステリー小説で登場人物が一人遅れて来るのって、よくある展開ですよね」

「ああ、たしかにあるな」

「もしかして、逃げたんじゃない?」

「逃げた?」

「実は草薙さんが犯人で気付かれる前に逃亡、とか」

「あり得るね。私達を食堂に集めたのはその逃亡の時間稼ぎ、というわけね」

「い、いや、そっちじゃなくてもう一つの方で……」

「もう一つ?」

「ほ、ほら、よくあるじゃないですか。クローズドサークルもので登場人物が一人遅れて来るパターン」

「ああ。そっち? あれだろ、時間になっても来ないヤツは既に殺され――」


 その瞬間、食堂は時間が止まったかのように静かになった。誰一人身動きせず、瞬きも呼吸もしない。ネジが止まった人形のように固まったままだった。


 ま、まさか……。


 ガタッ!


 椅子を突き放す音。誰よりも早く動き出したのは長澤さんだった。それを合図に全員が一斉に長澤さんの後に続いた。


 向かう先は言うまでもない。草薙さんの部屋だ。


 食堂を抜け二階に駆け上がり、真っ直ぐ迷うことなく長澤さんは走った。床を駆ける何人もの足音を耳にしながら頭には不安が浮かぶ。だが、その不安に集中する暇もなく部屋が見えてきてあっという間に辿り着いた。


 部屋に着いた長澤さんはノックもせずに扉を開け中に入る。誰もそこに指摘はせず同様に侵入。そして同じものを目にした。


 ベッドに横たわり、胸元に垂直にナイフを突き刺され絶命している草薙さんの姿を。

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