28

 その後も三人で館内、それから外も捜索をした結果、いくつか発見したことがある。その一つが被害者の名前だ。


 名前は東郷要とうごうかなめ。二十四歳。山形県在住。被害者の部屋を調べると免許証が出てきたのでそこで判明した。職業は不明だ。


 部屋については食堂で解散する前、各自の部屋を教え合っていた。割り振られた部屋から残った部屋に絞り、そこで荷物の置かれた部屋を見つけた。自然とそこが被害者の部屋となる。


 荷物は黒いボストンバッグにショルダーバッグが一つ。ショルダーバッグには財布、スマホ、キーケース、目薬に煙草。至って普通の中身。ボストンバッグには着替え一式が入っていたが、バッグの三分の二も埋まらない程少なかった。


「変ね。随分荷物が少ないわ。盗まれたのかしら?」

「男の荷物なんてこんなもんだろ」

「冗談言わないでよ。いくらなんでも少なすぎるわ」

「いや、普通だよな?」

「そうだね」

「嘘でしょ?」


 長澤さんは信じられない様子だが、本当にこれが普通だ。四日間程度の旅行なら着替えがあれば事足りるし、むしろ女子のドでかいキャリーケースの方が何を入れているのか不思議に思う。


「はぁ~、男子は楽でいいわね」

「あれって、女子は何を持ってきてるんだ?」

「何だと思う?」

「お菓子とか? 女子って、夜中お菓子を食べがちなんでしょ?」

「そうか! 四日分のお菓子か! なら納得だわ」

「全然違うわよ……」


 僕と大輔が同調し、長澤さんが項垂れる。答えは化粧品といった物らしい。そんなにあるのかと聞くと液体系やクリーム系の保湿タイプや美白タイプなど種類が様々で、洗顔や専用スポンジも持参。そして尚且つ化粧品は朝、日中用、夜用でも使い分けているとのこと。大変だ。


「女の子はお金も時間も掛かるものなの。そこんとこ理解して欲しいわ。デートの時間に遅れるのだって、お化粧で百パーセントに近い綺麗になりたくて遅れてるんだから」

「な、なるほど」

「え~? 俺はたとえ六割でも時間を守って来て欲しい派なんだけど」


 お前そんなんじゃ彼女できないぞ? 彼女出来たことない僕が言うのもなんだけど。


 少し話題が逸れたが、被害者の荷物に関しては特に異状はないと判断したのだった。


 次に発見となったのは初日に一番怪しい、というか注目していた【主人の部屋】でのこと。三人でその部屋に入ると、驚くべき光景が待っていた。


 調度品や家具、配置に変化はなかったが、初日には無かったものが部屋の中央にあった。窓の手摺に括りつけられた縄が天井のライトを通って下に延び、床から数センチの辺りで浮いている首吊り死体だった。


 僕らはこの光景を目にして叫び、すぐに部屋を退出しようとしたのだが、長澤さんは何かに気付いたのか死体に歩み寄った。


「め、愛唯ちゃん?」

「長澤さん……」

「これ、人形だわ」

「えっ、人形?」


 それを聞いた僕と大輔もゆっくり死体に近付いてみた。生気の感じられない手書きの目、生え際が不自然な髪、歯が並んでいない口、そして肉質が感じられない人工物の身体。たしかに人形だった。


「驚かすなよな。また死体かと思ったぜ」

「僕も」

「ホント、傍目からは本物の死体に見えるわね」


 近くで見るまでは作り物のように見えなかった。しかし、なぜこんな事を? バラバラ殺人が起きてから時間もそう経っていない。イタズラにしては度が過ぎている。


「誰だこんなイタズラしたのは」

「イタズラじゃないわ。たぶんこれ、問題よ」

「問題?」

「そう。諸星謙一郎のイベントの。忘れたの?」

「あっ……」


 失念していた。そうだ。僕らは本来諸星謙一郎のミステリーイベントの参加者だ。昨日説明会でもこう言っていたではないか。


『皆様には殺人事件の解決をしてもらいます。もちろん、架空の殺人事件です。被害者役には人形を使いますのでどうぞご安心を。ただ、人形といえど。人によっては不快に感じる方もいるかと思いますが、そこはミステリーファンの皆様ならご理解いただけるかと思います』


 これがそのリアルを追求した死体、ということだ。たしかに、このクオリティは納得だ。しかも、傍の机にはカードが置かれており『さぁ、事件の始まりだ。君にこの謎が解けるかな?』というメッセージが記されていた。


 本来なら今頃、僕らはこの首吊り死体を元に手掛かりを探し回っていただろう。メッセージカードを手にしてウキウキしながら館内を回り、時には参加者達と情報を交換し合い真実を求める。ただ事件を解決するというゲームを楽しんでいたはずが、今は本物の事件と向き合っている。神のイタズラだというのなら僕は神を恨む。


「愛唯ちゃん、何してるんだ?」

「ちょっとこの人形調べてみようかな、って」


 人形にベッタリと張り付き、顔数センチまで近付けて調べ始めた長澤さん。


「まさか、イベントの問題と平行して解こうって気じゃないよね?」

「いや、そういうつもりじゃないけど」

「じゃあ、何で人形を調べる必要があるんだ?」

「ちょっと気になる事があるから」

「気になる事って?」

「それを確認するために調べてるの」


 今すべき捜査はバラバラ殺人の方だ。正直、イベントの問題は無視していいと思うのだが、長澤さんは何を考えているのか人形を細部まで調べていた。


「首には索条痕……爪に黒い異物……でも引っ掻き傷はなし……となれば犯人……でもなぜ吊る必要が……それに人形の高さ……」


 ブツブツと呟きながら思考に集中する長澤さん。彼女の意図が読めない。このゲームの人形に何を考える要素があるのか。


「長澤さん、もういいかな?」

「……うん。もう十分」

「よし、んじゃ、さっさと調べようぜ」


 それから数十分【主人の部屋】を調べ、部屋を出た。そして、不知火館の知るべき限りの場所を調べ終え、時刻は夕方になっていた。


 調べ終えた僕らは一日目で集めた情報を元に長澤さんの部屋で推理を行った。しかし、思った以上に推理は捗らなかった。仮定の話でならどうとでも進められたが、絶対的に必要な証拠がなかったからだ。


 全員睡眠薬で眠らされアリバイが証明できず、現場の部屋には犯人の痕跡もない。要は誰でも犯人に成り得る。参加者一人一人を犯人と仮定しても、あくまで仮定であるからどうとでも話が盛れる。今日一日で決定的な情報は得られなかったので仕方ないと言えば仕方ない。


 結局、決定打となる結論は出ず大輔の大きな欠伸を目にして時刻を確認すると、あと三十分で零時を回るところだった。時間も時間なので諦めた僕らは各自部屋へと戻ることにした。


 部屋に戻った僕はベッドに横になり、眠ることもせず天井を見上げていた。すっきりしない頭が眠気を何処かに追いやっていた。


「ん~、誰が犯人なのかさっぱり分からん」


 草薙さん、鞍瀬さん、三野瀬さん、山中さん、荒谷さん、加賀山さん、占部さん、小野さ、中嶋さん。一人一人の顔を思い浮かべては消えていく。この人が犯人だとすると……いやこれならこっちの人の方が犯人に相応しい……いや、そうならこっちの人の方が……そんなループが延々と続いていた。


「さすがはミステリー好き、と言うべきなのかな」


 素人の犯人ならきっと現場に手掛かりがあるだろうし、犯人の部屋を調べれば一発で判明していたのではないか。でも、ここまで手掛かりが見つからない。自分が犯人と繋がるだろう痕跡を理解した上で消す、もしくは隠している証拠だ。ミステリーを熟知しているからこそだろう。


 今日初めて出会った人々。癖のある人もたしかにいるが、それでも同じ趣味のある仲間だと思っていた。それがどうだ。殺人という罪を犯しながら平然と無実の人間の顔を見せている。まるで仮面だ。諸星謙一郎が見せたあの姿のように。


「ああいう白い仮面の方がまだカワイイよな。素顔が隠されているから入れ替りのトリックとか裏があるんじゃないかって余地があるけど、素顔を晒しながら裏の顔があるとか人間不振になり、そ、う――」


 ガバッ、と僕は起き上がった。ある可能性に気付いたからだ。


「くそっ! 何で今まで思い付かなかったんだ! バラバラ死体のもう一つの意味に!」


 怨恨、猟奇的。食堂で出た話はバラバラ殺人の傾向が強い。誰もがその位置付けで考えていただろう。しかし、ミステリーの中でバラバラ死体は他にも意味を持っていた。これはきちんとした理由が存在する。その理由とは……。


「なぜ遺体をバラバラにするのか……それは!」

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