26
食堂に戻ると小休止を終えた全員がすでに集まっており、席に着くとすぐに今後の方針を話し合った。
まず事件の調査は確定しているので、その調査をどのように進めていくのか、という点。僕は犯人の行動を制限できるようにするため三人以上のペアを組むことを提案したが意外にも反対の意見が多く、単独での行動派に傾いていた。
単独行動は死との直結と大輔と話し合ったばかりだし、ミステリー好きの彼らもそれは重々承知のはず。なぜ反対されたのか。理由は察しが付いた。
全員自分なりのやりたい調査の進め方があり、そこに邪魔を入れたくないのだ。小休止前の被害者の動機、素性、犯行現場、何処から捜査をするべきか分かれていたのがその証拠だ。犯人に襲われる危険性よりも捜査の重視。もう彼らの頭の中は事件を解決する探偵役の自分しか描いていないのだろう。
結果、ペアは僕と大輔それから長澤さんの三人のみであとは各自一人で捜査をすることになった。
「こいつら全員死ぬんじゃねぇの?」
ボソッ、と耳元で囁いた大輔の言葉に僕は否定も肯定も出来ず、何も言えなかった。
その後解散となり、草薙さん達はすぐに各自で描いている捜査に向かった。僕らも始めようかとしたが『先に着替えたい』という長澤さんの申し出を聞いてハッ、とした。彼女は今朝から血塗れの格好だったのだ。今も髪や顔、服にはベッタリと血が付いており、今の今まで失念していたことに申し訳なく思った。まずは着替えが先だ。
長澤さんの荷物は殺害現場となった部屋にある。僕らは真っ直ぐその部屋に向かうと部屋の前にキャリーバッグを携えた山中さんがいた。なぜ長澤さんのバックを持っているのかと聞くと『女の子を死体と同じ部屋に泊める気?』と呆れながらバッグを長澤さんに渡してきた。中にいた草薙さん、荒谷さん、加賀山さん、占部さんとも話し合い、他の空き部屋に移動する必要があるからと渡しに行く所だったようだ。
荷物を受け取った長澤さんは空き部屋の一つに入り、四十分程で着替えを済ませて出てきた。仄かに赤らめた頬、少し湿り気のある髪、シャワー上がり特有の甘い香り。同じシャンプーを使っているはずなのに、女子が使うとどうしてこうも差が出るのだろうか。こんな状況でもドキドキしてしまった。
長澤さんに魅了されて墜ちそうになる手前でどうにか耐え、僕らは現場となった部屋に足を向けた。
部屋の前に着くと草薙さん達の姿は無くドアが閉まっていた。調査が終わって次の場所へ移動したのだろう。僕らもすぐに入って調査すればいいのだが、なぜか並んで直立していた。
木製のドア。目線の高さに付けられた部屋番号のプレート。自分に宛てがわれた部屋と変わりないはずの外観。さっきも荷物を取りに来たばかりなのに、目の前のドアが重々しく感じ取れる。
このドアの奥は殺人現場。
そう認識するとまるで別物のように感じ取れたからだ。
「行くよ」
固唾を飲み込み、僕の掛け声に頷いた二人を確認してドアを開け足を踏み入れた。異界へと繋がる扉をくぐるように。
最初に目に入ったのはやはり床に広がった血の海だった。匂いはだいぶ収まっているが、血は所々乾いておらず不気味な雰囲気を嫌でも際立たせていた。そして部屋の角にある膨れた毛布。おそらく、その下にはバラバラにされた各部位が集められている。草薙さん達が気を利かせたのだろう。
「んで? まずは何をするんだ?」
顔を歪める事なく平然と聞いてくる大輔。行きの電車で糞尿の臭いの中さきイカを頬張れる男だ。もう慣れたのだろう。
「もちろんこの部屋全部を調べるわ。目につく所は全て」
「うへ~、大変だ」
「分担した方が効率がいいよね」
「そうね。じゃあ私は床とベッド周辺、白井君は壁と家具類、萩原君はトイレとシャワールームをお願い」
そう言うと長澤さんはすぐに床に這いつくばって調べ始めたので、僕らも遅れないよう各自の担当場所を調べた。
壁は特に目につくものはなかった。自分の部屋と同じように腰ぐらいの高さで埋め込まれたように並んだ四角い木板、それより上は白色が日焼けしたかのような色調の壁。ベッドに近い壁には所々血が付着していたが、それ以外におかしい箇所はなかった。区切りをつけた僕は次にテーブルを調べることにした。
部屋の窓側の角に設けられた木製テーブル。僕が勉強するには少し手狭になるぐらいの大きさで、手紙を書く専用のようなテーブルだ。左手には縦に細長いライトがあり、右手にはメモ帳とボールペンがあった。メモ帳は使われた形跡もなく、真新しいままだ。
次に僕はテーブル周りを調べた。床とテーブルの境には血が飛び散っており、その血も途切れたりずれている形跡はない。これは犯行時のまま動いていない証拠だ。引き出しも開けるも中には何も入っていなかった。
表向きの場所には発見らしい発見はなく、今度は伏せてテーブルの下を覗いてみた。ホンの数センチしか隙間はなく、さすがに何もないだろう考えていたが奥に一つの物体が。僕は見つけると直ぐにテーブルを動かし、手を伸ばしてその物体を取り出した。物体の正体は黒い手帳だった。表紙は所々剥げたり捲れたりして傷んでいたが、埃は被っていなかったので最近入り込んだのは間違いない。僕は適当にページを開いてみた。
日付、それから時間が書かれたりしていた。何かの予定表に見え、あるページには『八月十三日 サトウ 二時三十分』と書かれそこに大きなバツ印があったり、『六月二十四日 イカリ 九時』という文字に大きな丸が。予定が合わなかったらバツを、予定通りだったら丸を。そんな風に感じ取れた。
しかし、分からない点が一つ。丸がある日付の最後に書かれた三や十五といった数字。桁も数字もバラバラで一貫性がない。これは一体何を意味するのか。
ページを捲っていくと最後にこの不知火館の文字が。ただ、時間や名前はなく今度は何重にも繰り返された丸の中に“一○○○”という数字。
今までより桁が飛び抜けてるな。これだけ強調してるって事は、この“一○○○”はとてつもない意味、という事だよな?
そう大きい部屋でもないので二十分ぐらいである程度の捜査は終わり、お互いの成果を出し合った。長澤さん、大輔は発見がなかったようなので僕は見つけたメモ帳を差し出す。
「何の数字だ、これ?」
「さぁ。要点しか書いてないから本人にしか分からない」
「元々は愛唯ちゃんの部屋だけど、愛唯ちゃんのじゃないよね?」
「違うわ。こんな汚い手帳使わないわよ」
となると、考えられるのは被害者の持ち物と導ける。草薙さん達も間違いなく見つけているはずだが、机と床にあったことからきっと発見時と同じ場所に戻したのだろう。捜査は平等に、という所か。僕も後で元に戻しておこう。
「ミステリーなら数字はお金なんだけどね」
「お金? 何の金だ?」
「強請りさ。誰かを脅して金を要求するんだ」
相手の弱味を握り黙って欲しかったら、とお金をせびる。お金が絡む所に犯罪あり。ミステリーとお金は密接な関係がある。
「じゃあ、あいつは脅して金を奪う最低野郎だったのか。ということは、あいつが殺されたのはその強請りの怨みからか?」
「けど、これは強請りのお金の数字じゃない気がするのよね」
「その理由は?」
「桁がおかしい」
仮に数字を万単位の額で考えたとしよう。三十は三十万、五十は五十万という具合に。これは強請り額としてなら考えられなくもないが、日によっては一、二、五があったり数字がなかったりする。三十、五十で強請っている人間が一万という額を要求したり一円も要求しなかったりするだろうか。
「盗みとかはどうよ」
大輔が思い付きを口にした。
「盗み?」
「ああ。前に漫画でさ、状況判断や俊敏性、危機察知能力や勘を鍛えるために空き巣で鍛練してるシーンがあったんだよ。限られた時間内で目的の物を盗むのがトレーニングに最適とかなんとか。んで、その時の主人公の記録に似てるな、って」
空き巣で鍛練ってどんな漫画だよ、と突っ込みたくなったが、なるほど強盗か。
名前は盗みに入った家、数字は金額、時間はそこの住人が居なくなる時間。数字の桁がバラバラだったり無かったりするのも空き巣による成果だからか。そう考えるとたしかに当てはまらなくもない。
「絶対そうだ。この不知火館の一○○○という数字はこの館にある物は売ればそれだけの価値にな――」
「あり得ないわよそんなの」
途中、長澤さんが小馬鹿にするような感じで否定した。
「何で?」
「何でって、ここにあるものはほとんどただの模造品よ?」
模造品、と聞いて大輔が驚きを露にする。
「だってそうでしょ? 何千万もする本物の家具や骨董品を素人にベタベタ触らせたりする? いくら楽天家の人間でもそれはあり得ないわ」
「そうなのか、雄吉?」
「まぁ、自由に触れていいという諸星氏の台詞から予想はつくね」
理由は長澤さんと同様だ。だから気兼ねなく触れたり出来たのだ。
「でも、お前ら館回ってた時えらく興奮してたじゃん。ティーポットとかさ」
「あれはその品の価値云々じゃなくて物語の中の物が現実に再現されてることに興奮してたんだ」
そもそも僕は美術商でもないただの高校生。骨董品の価値など目で見て触れて判断できるわけがない。
「じゃあ、あの斧も価値のないただの斧か?」
大輔の指差す先には壁に立て掛けられた斧。遺体の分解に使われた斧だ。
「そうね。名鍛治屋が作ったわけでもない普通の斧よ。その証拠に……」
グッ、と斧の柄をしっかり両手で握りベッドに乗せると、長澤さんは刃先を示した。
「見て。あちこち欠けてるのが目に見えて分かるでしょ? 名斧ならここまで荒れないわ」
血塗られた刃の先。一番血が濃く付着している部分がガタガタになっていた。遠目から見ても分かるぐらいに。
「この斧、何処かで見たような気がしたんだけど、これ一階の展示室にあったヤツか?」
「だね。間違いない」
前日に館を回ってた時、展示室にも入った。そこにはミステリーの物語内で凶器となるナイフ、鉈、麻縄といった品が展示されていた。その中にこの斧も確かにあった。
「犯人はあそこから斧を持ち出し、そして遺体を切り刻んだのよ」
寝転ぶ遺体に向かって斧を振り下ろす犯人。狂気の沙汰ではない。まともな思考のある人間のすることじゃない。
「……」
「どうした、大輔?」
斧をじっ、と見つめている大輔に僕は声を掛けた。しかし、耳に届いていないのか反応がない。
「大輔。おい、大輔」
「……ん? 何だ?」
強めに声を張り上げてようやく届いたようだ。
「この斧が何か気になるのか」
「いや、何でもない」
「萩原君。何か気付いたなら教えて。どんな些細な事でもいいから」
「いや、すごくどうでもいい事だから」
「どうでもいい事でもいい。教えてくれ、大輔」
「ん~」
言うか言うまいか悩んだ末、大輔は俺達に教えてくれた。
「斧って意外に形がカッコいいんだな、って。今度RPGのゲームで主人公斧装備させようかな、って」
はい! ホントどうでもいい事でした!
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