25

「ああもう! ああもう! ああもう!」


 長澤さんが花畑に吠え続けていた。あらん限りの大声で叫び、内の怒りを吐き出すかのように。


 場所は変わって外の庭。ゴブリンの噴水の場所に僕、大輔、長澤さんがいた。


 結局この殺人事件、自分達で解決をしようということでまとまり、それから小休止を取ることになった。そこで彼女が外に出たいと言い、僕と大輔がそれに付き添った形だ。


「なんなのよちくしょお! 何でいつも私ばっかりこんな目に遭わなきゃならないのよ! 私が一体何をした! 私が何を言った! ふざけるな!」


 僕と大輔はそれを遠目でひっそりと見守っていた。いや、違うか。極力触れないように距離を取っていたという方が正しい。


「荒れてるな」

「荒れてるね」

「叫んでるな」

「叫んでるね」

「可愛くないな」

「可愛くないね」


 長澤さんに聞こえないよう小声で大輔と話しながら、彼女の怒りが収まるのを待つ。十分程した頃、長澤さんが息を乱しながら僕らの方へ近付いてきた。


「ごめん、お待たせ。うん、少しスッキリした」


 言葉通り何処か晴れたような顔付きになっている長澤さん。ちょっと疑問になっている部分もあったが、せっかく気分がスッキリしたので聞くのはまた後にしよう。


「さっき『何でいつも私ばっかりこんな目に遭わなきゃ』って叫んでたよな? あれどういう意味?」


 一発目!? 大輔空気を読めよぉぉぉ! また不機嫌になったらどうするんだぁぁぁ!


「ああ、あれ? そうだね、二人には話してもいいかな」


 額の汗をハンカチで拭いながら答える長澤さん。汗が宝石のように輝き美少女をより際立たせている。今しがた目の前で叫んでいた少女と同一人物とは思えない。


「私、なんか不幸体質なのよ」

「不幸体質?」

「そう。具体的に言うと、小学生の時は靴を隠されたり教科書をゴミ箱に棄てられて、中学と高校じゃ無視されたりバケツの水を掛けられたりというイタズラをされたわ」

「いや、それイタズラというか……」

「いじめじゃね?」


 平然と言っているが、内容は紛れもなくいじめの行動だ。


「いじめ? あんな程度のいじめの域に入らないわよ。殴られたりカッターで傷つけられたりされたとかなら話は別だけど」

「そこまでいったら障害事件だよ」

「えっ? 障害事件になったものがいじめ、って言うんじゃないの?」

「全然違うよ」 


 基準がおかしいと伝えるとそうなんだ、と意外そうに頷いていた。


「まあ、それは置いといて。私、なぜかイタズラの標的にされやすいの。別に何かしたわけでも言ったわけでもないのに、周りから冷たい目で見られるの」

「それは嫉妬だな」

「嫉妬?」

「漫画でよくある定番イベントさ。ヒロイン美少女はモブの同級生に気に入らないという理由だけでいじめの対象になる。愛唯ちゃん可愛いから」


 さらっと可愛いと口にする大輔が羨ましいが、たしかに一理ありそうだ。


「可愛いというのは嬉しいけど、今のはあくまで学校の話よ」

「どういうこと?」

「だから言ったでしょ? 不幸体質だ、って。他にもあるのよ。信号待ちでスマホのながら運転の車が突っ込んできて危うく轢かれるところだったり、雑貨屋で品物眺めてたら地震が起きて壁に掛けてあった尖った品物が私の顔に向かって飛んできたりとか色々」


 他にも数々の危険が身に及んだ話を聞いて、僕は不幸体質という言葉の真意に合点がいった。


「だからずっと思ってたの。何でいつも私だけ、って。あのバラバラ遺体と一緒にいるのは別に私じゃなくてもよかったはず。なのに何で私なんだ、って」


 なるほど。それで『何でいつも私ばっかりこんな目に』か。そりゃ荒れても無理はない。


「今まではまだ耐えられたけど、今回の事件はさすがに我慢の臨界点越えたわ。八つ当たりになるかもだけど、これまでの不幸への怒りの分も犯人にぶつけてやる」

「ははっ。犯人が可哀想だ」

「だから白井君、協力してくれるよね?」


 そう言うと突然僕の手を握り長澤さんが顔を近付けて懇願してきた。女子特有の柔らかい肌の感触としなやかさ、少し潤んだ輝く黒い瞳が真っ直ぐ見上げ、魅了という魔法を思わせる甘く透き通るような匂いが鼻孔をくすぐりクラッ、ときた。


 うぉぉぉ可愛いぃぃぃ! こんなの拒否できるわけねぇぇぇ!


「わ、わかった。協力するよ」

「ありがとう!」


 握る手にさらに力が加わり、このまま永遠に握っていて欲しいと下心が沸く。


「荻原君もお願いね」

「ナム~ニョ~ホウ~ゼツ~」

「何してんの?」

「いや、愛唯ちゃんは何か悪いものが憑いているとしか思えなかったからお祓い」


 大輔は目を瞑り、右手を変な形に握って頭上で左右に振っていた。


「白井君、一緒に調査に行こう」

「そうだね。まずはどうする?」

「ちょっと気持ち悪いけど、現場に行ってみようかなと思う」


 現場。あのバラバラ遺体があった部屋だ。しかし……。


「大丈夫。もう取り乱したりしない。私も覚悟を決めたから」


 心配そうに顔を向けたが長澤さんの表情には迷いがなかった。


「分かった。でも、無理はしないでね」

「ありがとう」

「大輔もそれでいいか?」

「キェェェイ!」

「よし、そうと決まれば行こう」

「うん。絶対犯人捕まえようね」

「あれ? 俺の渾身のお祓いの感想は?」

「オツカレサマ」

「心がこもってねぇな」 


 大輔との茶番を流し、僕らは館へ向かい始めた。


 三人で犯人を見つけるという結束ができた。長澤さんの決意は本物だ。言葉、態度からそれがはっきりと感じ取れた。もう気持ちが変えることはないだろう。その決意に引っ張られるように僕も身が引き締まった。


 ただ、問題は一つ。


「大輔、いいか?」

「何だよ」


 館に向かう途中、長澤さんに気付かれないように少し離れて大輔に声を掛けた。


「その、言いにくいんだけどさ。お願いというか……」

「警察への連絡を止めろ、ってことだろ」


 驚いた。大輔がこちらの意図を読み取っていたとは。


 食堂であったように、殺人事件が起きたのなら警察に連絡するのは絶対だ。大輔は何も間違ったことを言っていない。むしろ正しい主張をしていた。


 しかし、それだと長澤さんの意思を無視することになる。本来なら彼女を止めるべきだが、梃子でも動かない決意の前では何をしても無意味だ。それに、僕も彼女の手助けをしたいと考えている。


「まあ、納得はできてないけどな」

「悪い」

「何で雄吉が謝るんだ?」

「だってそうだろ。大輔の言い分は正論だった。本当なら今頃警察が到着しているはずなのに、僕は周りの人を説得できなかった」

「どこに負い目を感じてるんだよ。そんな簡単に複数の人間の考えを変えられるか。政治家にでもなったつもりか? 俺達はただの高校生だぞ」

「いや、そうなんだけど」


 それでもやはり自分の不甲斐なさが心を締め付けて来る。


「はっきり言って周りの連中は頭どうかしてるぜ。死体が出た異常な状況の中で自分達でそれを解決したい? 頭のネジ抜けてんじゃねぇの? 警察へ通報するよりも自分の好奇心を優先するとかキチガイの域だぜ」


 大輔の一言一言が耳を通して頭にガンガン響いてくる。普段の十倍の重量のある言葉が脳へ叩き込まれたように。


「でも、ちょっと安心したぜ」

「安心?」

「雄吉がそう言ってくれたことにさ。もし雄吉も意気揚々と事件の捜査に入ろうとしてたら友達やめようかと思ったんだから」

「そりゃあぶなかった。でも、大輔も大輔さ。説得できなかったんなら無視して警察に連絡はできたろ。何でしなかったんだ?」


 不思議に思っていた。大輔の性格なら説得に応じなかった場合『誰もやらないなら俺がする!』と真っ先に実行していただろう。しかし、大輔はそれを移さなかった。


「“協力、もしくは生き残りの輪に入らず個人行動をすると死亡フラグ”なんだろ? 事件が起きて生き残った人間で協力しようとする中、食料を独り占めして部屋に閉じ籠る奴は殺される、だったか?」


 大輔の台詞に僕は目を見開いた。


 ミステリーあるある、部屋に閉じ籠る登場人物被害者濃厚説。前にミステリーのお決まりシリーズを教えたことがあったのだが、記憶していたようだ。


「よく覚えてたな」

「まぁな。雄吉から痛いほど聞かされたから。要は、輪を乱す奴は殺される確率が高くなる、ってことだろ?」


 その通り。自分勝手な行動、単独行動は死の確率を上げていく。また、警察に連絡しようとした人間も犯人に阻止され殺される可能性が高い。誰一人警察に連絡しない中、僕も連絡しようと思えば出来たのだが、その理由から警察に連絡が出来ないでいた。


「犯人に目を付けられるような行動は避けたい。殺されるのは嫌だからね」

「誰だってそうさ。俺だってこんな所すぐに出ていきたい」

「じゃあ、何でそうしないんだ?」

「アホ。殺人犯がいる所に友達置いて一人だけ出ていけるか」


 僕は一瞬立ち止まって大輔の背中を見つめた。嘘ではない。本心で、そして当たり前のように大輔は言った。館に残るということは自分への危険も残るというのに、大輔はそれよりも僕を優先した。その気持ちに心が温まった。


 感動したがさすがに勘づかれたくはなかったので、すぐに追い付き顔には出さないようにした。


「殺されてもしらないからな」

「そこは『俺がお前を守るからお前は俺を守れ』という場面じゃね?」

「残念だったね。僕の体育の成績は平均以下だ」

「体育関係ないだろ」

「運動神経がないって言いたいのさ」


 いつものように冗談を言いながら、僕達は歩く。


「まあ、ここにいる間はできる限りのことは協力する。でも、期待はするなよ。俺はミステリーなんて知らないんだから」

「ああ。それでいい」


 僕と大輔の両拳がコツン、と重なった。

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