24

 外部犯ではなく内部犯。もちろん、僕は犯人ではない。それは誰よりも知っている。つまり、残り十一人の中に殺人犯がいるのだ。


 では、いったい誰が犯人なのか?


 ここにいる全員が同じ事を思っているだらう。誰があんな惨劇を引き起こしたのか。すぐにでも犯人を見つけて縛り上げこの不安を取り除きたい所だが、現時点ではなんの手掛かりもない。不安と隣り合わせの状態が続く。 


「そろそろ落ち着いたかな。君にも質問させてもらうけどいい?」


 草柳さんが長澤さんの横から顔を覗かせる。ショックを隠せていなかった彼女に気を回していたのだろう、質問は最後にしていた。


「はい。もう大丈夫です」


 長澤さんも一度深呼吸してしっかりと草柳さんの顔を見て答えた。その口振り、姿勢から言葉通り大丈夫そうだ。


「それじゃあ、今朝君が目覚めてからの事を話してもらえるかな?」

「最初に変だなって思ったのは体が異様に怠かったことです。床に寝てたのでそのせいかな、と最初は思ったんですが、そもそもベッドの上で寝てたのに何で床にいるんだろう、って色々混乱してて」


 体が怠い。やはり長澤さんも睡眠薬を盛られていた。床で寝ていたのはベッドで眠る彼女を犯人が移動させたからだ。


「目覚めてすぐには脳は働かないから無理もない。それで?」

「それから何気なく髪を触ったんです。そしたら何故かベタベタして手に引っ掛かるから変だな、って思って、それから自分の手を見たら赤くなってて。床も赤黒くなっててふとベッドを見たら……」

「バラバラ死体があったと?」

「はい。それが死体と気付くまでには少し時間が掛かったかもしれないんですが、分かった瞬間叫んだと思います」


 目覚めて目の前に死体。最低最悪の起床だ。


「私達も食堂で君の叫び声を聞いて駆けつけた」

「食堂? そんな所まで私の声が響いてたんですか?」

「いや、直接届いたわけじゃない。食堂にあるスピーカーから聞こえたんだ」

「スピーカー?」

「たぶん、君の部屋にはマイクのような物が設置されている。朝起きて君が叫ぶのを見越した犯人がね」


 まるで盗聴ね、と長澤さんが気味悪がる。


「他に何か気付いたことは?」

「そうですね……そういえば、私は部屋の鍵を掛けていたはずなんですが、何で皆さん入られたんですか?」

「合鍵を使わせてもらった」

「合鍵。ああ、エントランスにある」

「そう。あの時持ってきてくれたのはたしか……」

「小野さんです」


 僕が答えると小野さんも目をキョロキョロと落ち着きなくさせながらそうです、と答えた。


「それで部屋に入った、と」

「ああ」

「そうですか……すいません、紅茶を飲み終わった方、カップを借りていいですか?」


 一瞬全員が長澤さんの言葉にポカンとした。お代わりを入れてくれるのかと思いきや、彼女は相手からの返事も待たずカップを自分に引き寄せ無造作に腕に抱え、壁に向かって歩き始めた。そして――。


 ――カシャァァァン!


 カップを思いっきり壁に投げ付けた。一個投げてはすぐにもう一個と連続で投げ、さらに長澤さんは床に砕け散った破片を踏み続けた。


「くそっ! くそっ! くそっ!」


 罵倒の罵倒。長澤さんの口から怒りの限りを込めた罵倒が放たれた。僕らはそんな彼女の様子を金縛りがあったかのように微動だにせず見続けていた。


 鼻息を荒れさせていたが、落ち着いたのか深いため息をつくとようやく長澤さんの踏みつけが止まり、僕は恐る恐る声を掛けてみた。


「な、長澤さん?」


 だが、長澤さんは返事をせずくるっ、と回るとスタスタと歩き、元の席に着いた。何もなかったかのように。


「ちょっと質問いいですか?」


 重い空気の中、長澤さんの様子を気にすることなく大輔が手を挙げた。


「この後はどうするつもりなんですか?」

「この後? あ、ああ。それはさっきも言ったように各自の部屋を調べるさ」

「いや、よくよく考えたらまずは犯行現場の調査が先じゃないか?」

「それよりも~、被害者の正体を知るのが先じゃない~?」


 中々に難しい。どれも重要な調査だし優先順位というのを付けにくい。だが、各々の台詞に大輔が不機嫌そうに答えた。


「皆さんふざけてます? それマジで言ってるんですか?」

「真面目に言ってるよ。何か変かな?」

「どう聞いたって変でしょ。何で誰からも警察へ連絡、という台詞が出てこないんですか?」

「あっ……」


 大輔の一言に僕はハッ、とした。一番最初にしなければならない事を僕を始めなぜ誰一人気付かなかったのか。いや、それだけ殺人事件という非現実に皆混乱していたのだろう。


「そうだよ。大輔の言う通りだ。すぐに連絡を――」

「待って、白井くん」


 動こうとした僕を長澤さんが止めた。


「警察への連絡はしないで」

「何だって? 一体どうして――」

「な、何だって!?」 

 

 一瞬自分の耳を疑った。聞き間違いではないか、と。しかし、たしかに長澤さんは言った。自分で犯人を突き止めたい、と。


 これはゲームでも小説でもなんでもない、本物の殺人事件。犯罪が起きたのだ。警察に通報しないという選択はないはず。


「何をそんなに驚いてるの? 私達はミステリー好きの集まりなのよ? 館での殺人事件。犯人の追及。まさにそのミステリーそのものじゃない」

「何をバカなことを。これはイベントでも物語でもない、現実の殺人事件だ。警察に連絡する義務が僕達にはある!」

「知らないの? 犯人の逃亡への手助け、犯行への幇助は罪になるけど、警察への報告の怠慢は罪にならないのよ」

「罪とかの話じゃない。自分で犯人を突き止めるなんて小説の中の探偵じゃあるまいし、愚かとしか言いようがないよ」


 それでも長澤さんは頑なに首を縦に振らず、僕の説得に耳を傾けない。


 ダメだ。長澤さんの意思はもう屈強な柱となってしまった。目は目的しか見ておらず、耳は情報しか受け付けない。他の人に頼むしかない。


「誰か警察に連絡を!」


 しかし、長澤さん同様に僕の声に反応する人はいなかった。皆、僕の言葉に困ったように伏せ、動き出そうとすらしない。


 何故? 何で誰も動かない? 何を躊躇する? 長澤さんの台詞は誰が聞いたって一線を越えている。小説の探偵みたいに事件を解決しようとする、なん、て……。


 そこで僕は理解し難い結論を導いた。


 ここにいるメンバーは長澤さんのように、と。ミステリー小説の探偵のように。警察が来れば一般人の自分が捜査に参加など出来るわけもなく、自由に動けなくなるし推理も何もない。だから誰も警察に連絡しないのだ。


 嘘だろ? 警察でもその関係者でもない。僕らはただの素人だろ? そんな小説の探偵みたいなことが自分も出来るとでも思っているのか? 現実と空想を混濁してないか?


 僕は必死に周りを説得しようと試みた。だが誰一人として賛同せず、特に一際目立ったのは長澤さんだった。


「知らず知らずに自分が犯人の犯行に利用されて、目覚めたらバラバラ死体と一緒だった。こんなことされて大人しく警察に任せろ? ここまで酷い仕打ちをされてただ黙って傍観? 冗談じゃないわ。私がこの手で捕まえなきゃ気が済まない」


 固い意思のある台詞とはこうも一言一言に重みがあるのかというのをこの時初めて体験した。見えない壁がこちらに押し寄せて来るように、止めようとする僕を突き離してくる。


「犯人はこの人達の中にいる。それだけ分かれば十分。あとは私が自分で調査して犯人を突き止める。絶対に逃がさない!」

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