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 『犯人はこの中にいる』


 ミステリーを読んだ事のある人間ならこの台詞がどれほど聞き馴染みのある台詞であり、そしてどれほど興奮する台詞なのか分かるだろう。


 物語への集中力が一気に増し次へ次へとページを捲る手が止まらず読み進んでいく、ミステリーの幕開けを知らせる合図のようなものだ。誰が何を言ったか、どんな動きをしたか、些細な痕跡も読み逃さず犯人であろう人物を探す。謎解きの醍醐味を最初に味わえる重大な場面であり、昨日までの僕なら実際にこの耳で聞いた時点で確実に感動していただろう。だが、そんな気持ちは微塵も起きなかった。


「何で殺人犯がこの中にいるって分かるんだよ?」


 僕を含め他の皆は内部犯と決定付けているが、理解が追い付かない大輔は不機嫌そうに質問する。


 そう、犯人はこの参加者の中にいる。それは紛れもない事実。同じ部屋に殺人者がしれっと混ざっている。歓喜の気分が起きるはずもなく、僕の心は疑心暗鬼にしか包まれなかった。


「少し考えれば分かることさ。もし外部犯というならバラバラ殺人はあり得ない」

「何でだ?」

「簡単さ。『外部犯=短時間犯行』は成り立つが『外部犯=長時間犯行』の公式は成り立たない。そして、バラバラ殺人は長時間犯行の象徴じゃないか」

「……?」

「え~とだな、こういうことさ大輔」


 公式と言っても大輔にはちんぷんかんぷんだろう。きちんと理解できるよう僕が説明を補足する。


「バラバラ殺人、つまり人間の体をバラバラにする殺人ってことだ。それは分かるな?」

「それは分かる。だからバラバラ、って言うんだろ」

「そう。それで、その人間の体をバラバラにするには時間が掛かる。それも分かるな?」

「ああ、昨日雄吉が言ってたな。たしか、人間の骨は五百キロまで耐えられるんだっけ?」


 覚えていたか。なら、話は早い。


「バラバラにするということは肉だけでなく、骨も切断しなくちゃならないが、昨日も言ったように人間の骨は五百キロまでの力に耐えられるぐらい丈夫なんだ。だから、骨の切断はそううまくいかない。そうなると骨と骨の間、つまり関節を狙う必要がある」

「なるほど。骨と骨の境を狙って刃物を入れるわけだ」

「そう。関節なら抵抗は少ないから切断は可能だ。けど、関節といっても簡単に切断出来るわけじゃなく、結局は何十センチもの厚さのある肉を切るわけだから力仕事に変わりはない。だから犯人は何回も刃を振り下ろしたんだ」

「何回も振り下ろした?」

「ああ。現場に斧があったろ? それに、部屋のベッドや床があちこち荒れていた。遺体をバラバラにしたのは間違いなくあの斧だ。あれで関節を狙って何度も打ち付けたんだ」

「斧を振り下ろして切断……まるでじいちゃん家でやった薪割りみたいだな」


 薪割り、って……ああ、そういえば大輔は祖父母の家で農作業を手伝ったことがあったんだったか。たしかに振り下ろすという意味では同じだが、薪割りと同一視するのはどうかと思う。


「部屋の荒れ具合から犯人はかなりの回数で斧を振り下ろしていたはずだ。この肘一ヶ所だけでも十回以上、太い脚ならもっと多いはず。それに、遺体は指までも一本一本バラバラにされていた。十分や二十分でできる内容じゃない」

「それじゃあ、一時間以上の時間使ってバラバラにしたのか。うへ~、そんな時間やったら体力も握力も無くなっちまうな」

「それだよ」

「どれだよ?」

「一時間以上。それが外部犯ではあり得ない理由なんだ」


 いいか、と前置きをしいよいよ本題へと入る。

 

「犯罪をする人間にとって厄介なのは目撃者、つまり誰かに犯行を見られることなんだ。自分の犯行を見られなければ当然疑われることもなく捕まることもないからね。迅速に、無駄無く、最低限の時間で犯行をすることが犯罪者の理想だ」

「待てよ、今回のは一時間以上掛かるバラバラ殺人じゃねえか。矛盾してね?」

「そうさ。ただ殺したいだけだったらナイフで刺すなりして、すぐにこの館から出るべきなんだ。ここには僕や大輔とイベントの参加者が他にもいるし、誰かに見られる可能性があるから。それに、誰にも見られることなく館を立ち去れば上手くいけば殺人の罪をここにいる誰かに擦り付けて自分は悠々と逃げれたかもしれない」


 外部犯の利点はこの“罪を他人に擦り付ける”という部分だ。事件が起きたらまず疑われるのは近辺にいる者、つまり同イベントの参加者である僕達だ。こんな山奥にある館でなら尚更だし、内部の僕達に気付かれず犯行を成功させれば自分への疑いはまず向けられない。


 けど、犯人はその利点を全く活用していない。直ぐに立ち去るべき状況の中、わざわざ残って遺体をバラバラしている。しかも、斧でバラバラにしているのならその切断時の音も無音ではない。床やベッドに叩き付けられた音が必ず発生していたはず。誰かに聞かれるであろう音を敢えて出し、それを承知の上で犯人は犯行に及んでいる。


 もちろん、これだけで外部犯と決めつけているわけではない。今挙げたのはあくまで心理的根拠であり、物理的根拠もある。


「他にも理由はある。それは――」

「我々が睡眠薬を投与されたことじゃ」


 高齢の男性が僕の説明を引き継いだ。


「今朝、君は体調が変ではなかったか?」

「体調……ああ、たしかにやけに眠くて体が怠かったな。そういえば大輔と山中さんが睡眠薬がどうとか話してたな」

「そう。ここにいる全員睡眠薬を投与されていたんじゃ。全員じゃ、全員」

「全員? 何でだ?」

「もちろん、遺体をバラバラにする所を見られんようにじゃ」

「なるほど……ん? 待ってくれ。それおかしくないか? 睡眠薬で全員眠らされたのなら今言った目撃者のリスクは無くなるし、全然外部犯でも成り立つじゃねぇか」


 大輔が矛盾を指摘する。もっともな異論だ。だが、それは大きな間違い。妙に静まり返った食堂に、男性と大輔の一言一言が一切の雑音も無くはっきりと耳に届く。


「なら問おう。犯人は睡眠薬をいつ盛ったのかね?」

「いつ……雄吉達が言ってた内容だと食事の中に盛られてた、って話だから昨日の夕方よりも前になるわけだろ」

「そうじゃな。では、どうやって盛った?」

「そんなん、食料が保管してあるキッチンに入って睡眠薬を――」

?」


 昨日は日中、館の見取り図を作るため参加者全員が館内から館外まで調べ回っていた。それぞれ経路も人数もまちまちで、誰がいつ何処にいるのか、何処に向かうのかは誰一人把握していない。観光のようにルートが決まっているわけではないのだから。


 そんな環境で部外者が門から庭を通り館の扉を開け、キッチンに向かい食料に睡眠薬を盛り、全員が寝静まるまで身を隠す。この一連の流れを誰にも見られず実行。透明人間にしか出来ない芸当だろう。


「分かったか? 睡眠薬を盛られた時点で外部犯説は完全に絶たれておるんじゃ」



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