22

 本物の死体と分かると鞍瀬さん達は喚き散らしパニックを起こした。今まで散々面白そうに触れていた頭部や腕を放り投げ、床の血溜まりも踏まないようにと跳び跳ねそれが余計に血を跳ねさせ部屋を汚す。


 僕はその様子を静かに、まるで映画のワンシーンを眺めるように見つめていた。周りがパニックだと自分は逆に冷静になるとは聞いたことがあるが、本当に冷静になっている自分に驚いた。


 とはいえ、このまま傍観というわけにもいかない。とにかく皆を落ち着かせなければ――。


 ――パァン! 


 突然、部屋に大きな音が鳴り響いた。


「今の音、聞こえた方は手を挙げてください」


 草薙さんが掌を合わせた状態で話し掛けてきた。大きな音は彼が両手を叩いた音のようだ。いきなりの事で意味不明という顔をしながらも全員が言われた通り手を挙げていく。


「次は逆の手を挙げてください……次はその手を握って、開いて、握って、開いて……今度は指を順に立ててみてください……数字の一、二、三、というように……そうです……はい、私の言葉を聞き入れできるくらい冷静になれたようですね」


 意味不明な行動。しかし、そこには意味があった。あれだけ喚いた面々が、今はしっかりと目線を落ち着かせて草薙さんを見返している。


「混乱するのは分かりますが、まずは落ち着いてこの部屋を出ましょう。食堂がいいですかね。全員食堂へ向かってください」


 ロボットが与えられた指示に的確に従うように、草薙さんの指示に僕らは素直にゆっくりとした足取りで部屋を後にし、食堂に向かった。さすがに長澤さんは一人で歩くのはしんどそうだったので山中さんが手を貸していた。


 食堂に着くと落ち着きを取り戻すため草薙さん自ら紅茶を用意してくれた。紅茶の入ったカップをわざわざ一人一人に配り、それを皆で口にする。温かく苦味のある味と香りが無駄に力が入った体をほぐし、緊張を溶かしていく。冷静になれたと思っていたが、どうやら自分でも気付かない部分でまだ気を張り詰めていたらしい。紅茶の温かさに有り難みを感じた。


 長澤さんも紅茶を飲もうとしていたが、力が入らないのかカタカタと音を鳴らして上手くカップの取っ手を掴めないでいた。何度も滑らせ受け皿に落としては掴もうとし、最終的には震える両手でカップを覆うように持ち紅茶を啜る。心の不安定さが垣間見得えた。


 大丈夫? と声を掛けようとも思ったが大丈夫なわけがなく、なんと声を掛けていいのか分からない。こんな状況に陥ったのは初めてなのだからどんな言葉が最適かなんて知る由もない。大輔も同様のようで口を挟まず長澤さんの様子を黙って窺っていた。


「見る限り皆さんある程度は落ち着いて冷静になれたようですね。私も混乱している部分がありますので、現状何が起きているのか把握するために口にしてみようかと思います。途中意見がありましたら遠慮なく言ってください」


 唯一冷静になれている草薙さんが指揮権を得たように、椅子に座る僕らの後ろを回りながら話し始めた。


「まずきちんと判明しなければならない事。それは皆さんも目にしたバラバラ死体。あれが本物か作り物かどちらかです。最初は作り物だと誰もが思っていました。私もその一人です。しかし、あれを作り物ではないと発言した者がいます」


 後ろからポンッ、と両肩を押さえられた。ドキッ、として体に力が入る。


「君だったね。あれが本物の人間の死体だと言ったのは」

「はい。そうです」

「なぜそう思ったのかな?」

「さっきも言いましたが、あのし……死体の人と『開かずの間』の塔で会ったからです」


 優しく投げ掛けられる言葉だが、尋問を受けているような錯覚を覚えた。ただの質問。ただの確認。でも、耳に届く言葉は別の意味のように聞き取れてしまう。


「それは間違いないんだね?」

「ま、間違いありません」

「嘘じゃないという証拠は?」

「う、嘘なんか――」

「俺もあの死体の人と会ったぜ」


 横から助け船が。大輔だ。


「それは本当かい?」

「本当さ。雄吉の言う通り、あの東の塔を上がっている時に会った。ちょっとしたトラブルもあったし」

「トラブルとは?」


 大輔は死体の男性が長澤さんとぶつかった経緯を話す。長澤さんも確認を取られ震えながらもそれに頷いた。


「なるほど。やはりあの死体は本物、か」

「だから実際に会ったってさっきから言ってるだろ。俺らの話、信用してないのかよ」

「ああ、ごめん。信用していないわけじゃないよ。ただの確認さ。もう誰一人君らの話を嘘だとは思ってないし、あの死体が作り物とも思ってないから。そうですよね、皆さん?」

「その通りじゃ」


 老齢の男性が返事をする。 


「昨日のイベント説明の場で参加者の把握は全員している。あの男がその一人であり、今この場にいないこともそれを証明しておる」

「あのちょっと近付き難い雰囲気あった人だよね?」

「なんか目付きも悪い感じだった記憶が……」

「た、たしかに、く、口元に傷があった気がする」

「傷があるとかいかにも裏の世界の人間、みたいな?」


 各々がしっかりとした口調で口を開いていく。先程の喚き慌てふためきが嘘のようで、落ち着きを取り戻せているのが目に見えて分かった。意識も記憶もしっかりとしている今、彼らの発言は真を語っている。


 イベント参加者の一人が被害者に。


 ミステリー小説では当たり前であり、これがなければミステリーとして始まらない。読者を惹き付け物語を盛り上げる展開で、誰もが謎解きに本腰を入れ始める演出だ。僕も読者としてなら気分が高揚して一気に読み進めていく。


 しかし、今僕が目にしているのは空想世界でなく現実の世界だ。この目で、この鼻で、この耳で、この肌で感じ取っている。幻などではない、本物の殺人事件。物語では事件後に一室に登場人物達が集まったりしているが、僕は今まさにその一人としてここにいるのだ。

 

「さて、問題はなぜ彼が殺されたのか、ですね」


 僕の不安とは裏腹に、周りでは事件について話が進んでいた。


「怨恨、という線が濃厚じゃないかしら?」


 そう答えたのは三野瀬さんだ。

 

「というと?」

「殺すだけなら息が絶えたのを確認して終わるはず。でも、犯人はその後にわざわざ遺体をバラバラにした。これって殺すだけじゃ足りずそれだけ怨みがあったってことじゃないの?」

「なるほど。たしかに人間の体を解体するのは重労働だ。それを敢えて実行した」

「え、怨恨というより猟奇的、といった方が、し、しっくりくる気がしますが」

「俺も猟奇的に一票。怨恨より猟奇的の方がバラバラ死体への繋がりは強い」


 別の案を出したのは小野さんで、鞍瀬さんがそれに同意した。


「猟奇的となるとまともな答えは出んじゃろ。こちらの常識ではなく、犯人の勝手な思考によるものじゃから」

「でもさ~、こんな山奥に来てわざわざ猟奇的犯行を望むかな~?」

「私もそう思います。ここは陸の孤島というわけでもなく、逃げようと思えば簡単に逃げられます。猟奇的犯行をするには望ましくない環境です」

「私もそう思う」

「私も同じです」


 金髪の中嶋さんの発言に山中さん、そして加賀山さんと占部さんが乗る。


「さすがに動機の面は現段階では分かりかねますね。とりあえず、被害者の素性を調べるのが先だと思うのですがどうです?」

「無難じゃな」

「まず彼の部屋を調べましょう。その後、皆さんの部屋を調べる、というのは?」


 誰も異論を唱えず、縦に顔を振った。


「では男性、女性の二手に分かれて各部屋を調べ――」

「ちょっと待った。何で全員の部屋を調べる必要があるんだ?」


 すんなり進行していた話に大輔が椅子から立ち上がりながら割って入った。


「何でって……事件の調査は必要不可欠だろ?」

「だから、何でその調査が必要なんだ」

「もちろん、犯人の手掛かりを見つけるためだよ」

「手掛かり? 何だよそれ。まるでここにいる人の中に犯人がいるみたいな言い方じゃねぇか」

「君、それ本気で言っているのかい?」

「どういう意味だよ?」

「どうって……」


 聞きたい。でも聞きたくない。認めたくない。でも心は既に覚悟を決めている。


 僕の気持ちを代弁するかのように男性は大輔にはっきりこう告げた。


「バラバラ殺人事件の犯人はこの参加者のメンバーの中にいるからさ」

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