19

 翌朝。


「……な、なんだこの体の重さは」


 六時三十分にセットしていた目覚ましに起こされた僕は、自分の体の重さに違和感を覚えた。思うように動かず、まるで金縛りにあっているかのように自由に体が動かせず、起き上がるのに数秒要したぐらいだ。


「待てよ? この感覚、知ってるぞ」


 そう。目覚めと同時に襲い掛かる体の倦怠感。まさにアレと同じだ。これすなわち……。


「……筋肉痛だ」


 深い溜め息と共に僕は消沈した。


 体を捻る、伸ばす、曲げる。動作一つ一つの度に筋肉から悲鳴があがる。特にふくらはぎ、太股、お尻、腰といった下半身が多い。その筋肉痛の理由は至極単純だ。昨日の山登りや館散策のせいだ。


 早朝からの移動。館へ向かう山道。そして見取り図作成の際の館内の徘徊。興奮で気付かなかっただけで、運動に慣れてない僕の体は限界を超えていたのだ。


「おぉぉぉ……これは思った以上にキテる」


 ベッドの上で前屈するも、固まっている筋肉が伸縮を拒むかのように痛みを発し抵抗してくる。負けじとしばらく前屈していると徐々に和らいでいき、寝起きよりはだいぶマシになった。そのまま全身のストレッチを行い、ようやく動ける状態にまでに至った。


「これはマジで運動するべきかな」


 山道を登りながら途中何回も休憩を挟んだ僕の体力の無さに大輔から運動するよう警告を受けていた。僕はそれを流していたが、今更ながら真剣に考えなければと思い始めた。インドア派だから筋力体力が多くないのは致し方ないが、無さすぎるのは考えものだ。大輔の言う通り、家に戻ったらせめてランニングぐらいはした方がよさそうだ。


「うし、顔洗って着替えて大輔起こしにいくか。どうせまだ寝てるだろうし」


 僕は鞄からタオルを持って洗面所に行き、準備を終えたら部屋を出て隣の二○九号室の大輔の元へ向かった。


 ノックを数回した後声も掛けたが返事はない。まだ寝ているのかなと思いながらドアノブを捻ると鍵が掛かっておらず、無用心だなと呆れながら中に入った。


 思った通り大輔は気持ち良さそうにベッドで寝ていた。掛け布団は横に寄れ、枕を顔の横で抱きかかえてヨダレを垂らして腹を出しいる。まるで漫画に出てくるワンシーンだ。『○○ちゃ~ん、カワイイ~』って枕キスしようとしたら百点満点だろう。


「う~ん、愛唯ちゅわ~んカワイイ~」

「言った! こいつ言った!」


 マジで言うとは思わなかった。動画に撮れなかったのが悔しい。このままにしていればさらに面白い光景が見れそうだが、そう悠長にもしていられない。僕は肩を揺らして大輔を起こした。


「おはよう」

「んはよ……あれ? 愛唯ちゃんは?」

「いや、元からいないから」

「何をバカな。俺、さっきまで愛唯ちゃんと遊園地で遊んでて良い雰囲気になってたんだけど」

「夢だよ、夢」

「夢……なにぃぃぃ!? あれが夢だと!?」

「今俺らが何処にいるのか忘れたのか?」

「何処って……ああ、そうだった……てめぇなぜ起こしたぁぁぁ!」


 完全に目が覚めて意識がハッキリした大輔が僕に詰め寄ってきた。


「夢の中とはいえ、もうちょっとで愛唯ちゃんとアハハウフフ的な展開になる所だったのによ!」

「そりゃ残念だったな」


 漫画なら望む展開になる直前に起こされるのは王道だろう。それに、夢の中の相手が長澤さんなら話は別だ。夢の中とはいえ長澤さんとイチャイチャするなど許さん。


「くそぉぉぉ、せっかく愛唯ちゃんと二人っきりで観覧車に乗って――」


 あっぶね。危うくロマンスが繰り広げられる所だったじゃねぇか。起こしてよかった。


「――下で異能者が現れてバトルが始まったら牛みてぇな魔王が愛唯ちゃんを拐って俺と愉快な仲間達の冒険が始まるところだったのに」


 あっ、起こさなくてもよかったわ。すまん、大輔よ。


「んで? 何で雄吉が?」

「親切に起こしに来てやったんだよ」

「起こしにって……まだ七時過ぎじゃん」


 大輔がベッドの傍にあるデジタル時計の時刻を見て答えた。


「まだじゃないだろ。七時じゃ通学時間中なんだから普段は起きてる時間だろ」

「おいおい。休日もいつも通り起きる奴がいるかよ。真面目ちゃんか」

「早起きは三文の徳。わずかな徳しかなくともこの積み重ねが後々絶大な効果をもたらすというものさ」

「へー。それで本音は?」

「イベント初日だからウズウズしてしょうがない。ガンガンいこうぜ」

「だと思った」


 ボリボリと頭を掻いて欠伸をして素っ気なく返す大輔。随分眠そうだ。


「んじゃおやすみ」

「待てぇい!」


 当たり前のように二度寝をかまそうとする大輔から布団を引っ剥がす。


「何すんだよ、俺はまだ眠いんだ」

「今の流れでよく二度寝しようと思うな。そこは『しょうがねぇな』とか文句を言いながらも起き上がって準備する所じゃね?」

「ああ、普段ならやってるだろうな」

「じゃあなぜ今はしない」

「だから、まだ眠いんだよ。疲れが溜まってるのか微妙に体も重いしスッキリしないんだよ」


 ん? 大輔も体が重いのか? 大輔なら昨日の運動量程度ならへっちゃらだと思っていたが、意外なこともあるんだな。


 疲労の怠さは僕も痛感している。無理に起こすのはさすがに優しさが欠けているだろう。かといって二度寝も見逃せない。


「じゃあ、今七時回ったところだから……八時半に下の食堂に集合、ってことでいいか?」

「八時半……まあそんなところだろ。了解」

「ちゃんと起きてこいよ」

「あいあい~」


 被った布団から腕を突き出して振る大輔。それを見送って僕は大輔の部屋を出ていった。


「う~ん、時間まで一時間半あるか」


 自分で言い出しといて後悔した。一時間半をどう潰すか。


 僕も部屋に戻って二度寝をするか? いや、それはもったいない。先に館内を見て回るか? いや、それは大輔が来てからだ。約束の意味がなくなる。


 となれば……。


 な、長澤さんの部屋に行ってみようか――いやいやいやいや無理無理無理無理! まだ寝てるかもしれないし迷惑かもしれないしそもそも女子の部屋に赴くなんて勇者じゃないと!


 考えに考えた結果、食堂で持参した小説を読んで潰すという無難な案に落ち着き、小説を取りに戻っていった。

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