18

 反対にある二つ目の塔にも上がるとプレートには【監禁の間】と記されていた。物々しい部屋名だが、中身は【主人の間】と大差ないものだった。唯一目を引いたのは部屋側のドアノブが無いこと。閉めたら出られないと一瞬焦ったが、小さな突起がありそこを捻れば簡単に開いた。どうやらちょっとした監禁体験が目的の部屋らしい。


 ドアノブ以外は何もめぼしい物はなく、変わりない調査を終えて最後に庭も探索。これで不知火館の調査を全て終えた。調査を終えたので部屋に戻ろうとしたが、夕食を一緒に取ろうと長澤さんに誘われ二階の談話室で簡単に済ませその後解散。各自部屋へと戻っていった。


「ん~、あっという間の一日だったな~」


 僕はベッドに大の字で横になっていた。時刻は二十二時を少し回った辺り。空が明るくなる前に家を出発しているので、この時間ですでに十七時間近い活動をしている。普段なら眠くなっていてもおかしくないが、長時間経過の感覚もなく眠気もまだない。それほど僕はこのイベントに夢中になっているということだ。


 しかもこれはまだ序盤。本番は明日から始まる。明日になったら一体どれ程の興奮が待ち受けているのか。遠足前の子供のように眠気は引っ込んで高揚感が止まらず、顔が自然と綻む。


「いや~、明日が楽しみだ。早く朝にならないかな~」


 脚をバタつかせ、フカフカの枕に顔を埋める。洗剤か柔軟剤か仄かに花の香りが鼻から入り込み、嗅ぎ慣れない香りがまた高揚感を助長させていた。


「おっと、いかんいかん。感傷にばかり浸っているわけにはいかない」


 この余韻に包まれながら明日まで過ごすのも悪くないが、ミステリー好きとしてやらなければならない事がある。僕は気持ちを切り替えようと頬を二回叩き、その後ポケットにしまっていた手帳を取り出し、完成したばかりの自作の見取り図のページを開いた。


 ミステリー小説の最初のページにあるようなきちんとした見取り図で、初めて書いたにしては上出来だと自負する。しかし、心残りの部分もあった。


「見取り図は完成したけど、イベントの手掛かりは見つからなかったんだよな」


 館の見取り図作成。その過程で集められた情報はどれほどだっただろう。殺人事件の凶器となりそうな物、殺害現場になりそうな場所。考えるまでもない。皆無だ。明日から始まるミステリーイベントの手掛かりとなりそうなものは何一つ見つけられなかった。


 悔しいと一瞬思ったものの、まだ事件が起きていないのだから当然と言えば当然か、と僕は自分に言い聞かせた。


 首を絞められて殺されているのか、ナイフで刺されているのか、殴られて殺されているのか、毒で殺されているのか。被害者がどのように殺されるか分からないのに手掛かりなど見つけられるはずがない。


「まあ、無駄ではなかったはず。『たとえ関係ない事や些細な事のように見えてもそれは犯人にとってとても重要な意味を成す』だったっけ」


 過去に読んだミステリー小説で探偵が言ったこの台詞。当事者には当たり前のような言動でも、周りの人にとっては異質に捉えられてさらなる異質の言動が起こる、というものだ。


 例えば、長野県とかで大福を作る際に使われる『半殺し』と『みな殺し』だ。もち米を潰して生地を作りあんこを中に入れる大福。その際、もち米を半分ほど潰した状態のことを『半殺し』、全部潰した状態を『みな殺し』と呼ぶそうだ。聞き慣れている人が聞けば違和感がないだろうが、これが工場内ではなく都会の電車の中とかで初めて聞く人はどうだろう。『昨日はみな殺しばかりで大変だった』。物騒にしか聞こえないし、それが原因で通報されたりもしたとニュースで聞いたことがあった。


 僕が読んだミステリーでもこれが原因だった。内容は方言だったが、その方言が犯人の知られたくない秘密の言葉と偶然にも一致してしまい事件が起きてしまった。言った本人は別の意味で発言したのだが、犯人はそれを勘違い。それが手掛かりとなり真実が判明。異質が余計な異質を生み、犯人の正体を暴くきっかけになった。


「今日見たり聞いたりしたことはまだ“情報”でしかないけど、明日事件が起こればそれは“手掛かり”へと変わる可能性がある。漏らさず頭に入れておかないと」


 僕は起き上がってメモ帳を膝の上に乗せ、今日一日の内容を書き残していく。


 ① 午前十一時頃。大輔と館に到着。庭の構造や館の様相の説明をしている時、鞍瀬さんと三野瀬さんに出会う


 ②鞍瀬さんと三野瀬さんに連れられ、立石さんに受付を済ます。その時、ブラックライトで参加者証明をした。朝、偽物の招待状を持った若者現れるとのこと


 ③イベント説明のためホールに向かう。そこで山中さんと長澤さんと出会う。山中さんが読んでいたのは【微塵湖の怪異事件簿】。ミステリー談義に花を咲かせていると部屋が暗転。スクリーンが降りてきて主催者の諸星謙一郎の挨拶が始まった。時間は午後一時頃


 ④この館の設立の経緯を解説した後、イベントの説明に入った。内容は殺人事件の解決。三日後の日曜十五時までに犯人の名前とトリックを記入して渡すこと。正解者には賞金三百万(これはおそらく動機と記入)。館内の移動、物の接触は自由


 ⑤説明が終わると長澤さんに誘われ、僕と大輔三人は館内の見取り図の作成に取り掛かった。元々見取り図がないことから、どうやらこの見取り図作成もイベント内容として組み込まれている。その間、他の参加者達も同様の動きをしていたので何度がすれ違う事があった


 すれ違う、という文字を書き記した所で僕は頭に残っている人物が呼び起こされた。【主人の間】の途中で長澤さんとぶつかったあの男だ。


 歳は二十代ぐらいだったと思う。黒の帽子に黒のフリース。下は紺のジーンズというシンプルかつミステリーでは怪しい人物ナンバーワンに君臨する服装。しかも、口元に切り傷のようなものが一瞬見えた。そりゃ嫌でも頭に残るわ。


「でも、怪しそうに見えて大抵空振りなんだよな」


 挙動もおかしいくせに実は警察官だったり探偵だったり知人が独自で捜査していた、とかそんなパターンが多い。ややこしい格好するなよ、と毎回ツッコミを入れたくなる。


「警察? いや、あの雰囲気はどう見てもな……」


 足音や気配がしなかったのは張り込みや尾行で気付かれないための癖が出た、となれば一致はする。しかし、警察というには不気味なオーラが漂っていたような印象だった。どちらかというと泥棒といった犯罪者に当てはまるような。


 ただ、この僕の知識は全て架空の小説からきたものだ。実際がどうなのかは分からないし、あくまで僕個人の考えだ。全て当てはまるわけではない。初対面の相手をいきなり怪しむというのも失礼なのかもしれない。


「まあ、口にせず頭に入れるだけなら問題ないよな。誰かに迷惑掛けるわけでもないし。要注意人物リスト、として入れとけばいいか」


 僕は『黒帽子、口許に傷男』と書いて丸で囲んだ。そこでようやくというか眠気が襲ってきたので、手帳をデスクライトの傍に置き部屋の電気を消すと瞼を閉じた。閉じる前に時刻を確認したら二十三時になる前だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る