17
二つの塔のうち、僕らは東の塔へと向かうことにした。歩いてそう遠くはなく、三分もしないで扉の前に着きそこから見上げてみた。
マンションの十階建てぐらいの高さまであり、天井は本館と同じ赤みがかった鋭角の屋根。凹凸のない滑らかな仕上がり。雨も溜まることなく雪も積もることはないだろう。
外壁は灰色の煉瓦。綺麗に並べて建てているのではなく、大小歪で不規則に並べて組み上げられていた。日本の城にある壁と似ている。あれはたしか、歪にすることで手の掴む部分と足の踏み台とする部分を限定させることで敵軍の侵入を遅くさせる役目を果たしていると聞いたことがある。これもそれを目的に……いや、それはないか。
「中はどうなっているのかな」
早く入りたくてしょうがないとソワソワしている長澤さん。うん、可愛い。
「それじゃあ行きま……あれ?」
長澤さんが扉を開けて入ろうとノブに手を伸ばそうとしたが、触れる前に扉が自動的に開いた。中から鞍瀬さんと三野瀬さんが現れたからだ。
「おや、白井君じゃないか」
「君もここに調査?」
「ええ、そうです」
軽く挨拶してお互いの調査経過を話し始めた。
「本館には目ぼしい物はなかったよな~」
「そうですね。そのままの部屋、という感じで」
「ミステリー小説に出てくる光景が所々にあったけど、今回のイベントの手掛かりになりそうな物は見つからなかったわ」
「私はそれでも楽しかったです」
「でしょ! 私もテンション上がっちゃってさ、資料展示室もう一回行きたいぐらい!」
長澤さんに負けないくらい三野瀬さんも目が輝いていた。
「こいつ、その展示室で凶器の入ったガラスケースにぴったり張り付いちゃってさ。引き剥がすのに苦労したぜ、まったく」
「いいじゃない。めったにお目に掛かれないんだからこの目に焼き付けておかなきゃ」
「いやいや、ガラスの灰皿なんてどこにでも売ってんだろ。ヘタすりゃ百均でも買えるぜ?」
「バカね、勝之。形、大きさ、重さ、握り易さ。どれをとってもパーフェクトな灰皿よ? 王道凶器の完璧な形が目の前にあってスルーとかありえない。それに勝之こそ、縄をこんな目の近くまで持ってきてジロジロ見てたじゃない」
「俺は凶器として見てたんじゃない。小説じゃよく指紋が出たとか血痕が中に入り込んでるとか、証拠として提示されてる内容を実物を見ながら理解しようとしてたんだ」
鞍瀬さんと三野瀬さんもそれぞれで堪能していたらしい。二人の言い分が僕にはしっかりと理解できるし、気持ちも同感だ。長澤さんとティーポットと角砂糖をスマホで連写したぐらいなのだから。
「凶器にへばりついたり目の近くまで持ってきて眺めて興奮してたのか。端から見たら危ない人にしか見え――おふっ!?」
大輔の腹部へチョップ。どうやら二人には聞こえていなかったようだ。よかった。
「ところで、白井君達は今からこの塔の中に入るのかい?」
「ええ。そのつもりです」
「そっか。気を付けて行ってきな」
「気を付けて? 何か危ないことがあるんですか?」
「中に入れば分かるよ。それじゃ」
バイバイ、と手を振る三野瀬さん達に別れを告げ、僕らは再び塔へと向き合った。
「何があるんだ?」
「幽霊が出たとかかしら?」
「キャー、こわいー」
「キャー、キモいー」
「はいはい、冗談はそこまで。さっさと行くよ、二人とも」
茶番はここまで、とバッサリ切り落とした長澤さんが扉のノブを握り中に入った。僕と大輔も慌てて後に続く。
塔の中は質素な作りだった。中心に握れるくらいの丸い鉄柱のようなものが上へと延び、左の壁からヒト二人分程の幅の螺旋階段が時計回りに上へと続いている。それだけだった。所々にしか明かりも灯ってなく、仄かに薄暗くそして肌寒い。
「何だこれ、外とえらい違いだな」
大輔が腕を擦りながらキョロキョロと周りを見渡す。
「石作りだからかな? 空気が冷たいね」
「夏は涼しくていいけど、冬は寒そうね」
「うへー。俺、寒いの苦手なんだわ」
立ち止まったままだと確かに体が冷えてきそうだ。長澤さんを先頭に、僕らはすぐに階段を上り始めた。
螺旋階段は鉄製の物で、壁から一段一段飛び出ているようになっていた。一歩踏みつける毎にカンカン、という足音が鳴り響き、厚さはそれほどない。問題はないはずだが、見た目から自分の体重で踏み板が抜けそのまま落ちる不安が頭をよぎる。手摺が右側にあるが腰ぐらいの高さまでしかなく、階段の不安も加わり三人で壁に手を添えながら上がっていた。
「鞍瀬さんの言っていた気を付けて、ってこれのことか」
「これはたしかに気を付けないとね」
「落ちたらヤバイよな」
ヤバイというか、地面も石で出来ていたのだからただでは済まないだろう。最低で骨折、最悪即死だ。
「これなんかあれだな。小さい頃電車から降りる時に電車とホームの間の隙間に落ちないように気を付けてたのと同じ気分だ」
「あっ、分かる。僕も今そう思ってた所」
「へっ? 何それ? 二人ともそんなのが怖かったの?」
「長澤さんは小さい頃怖くなかったの?」
「逆に友達とジャンプして飛び越えるのが楽しかったわ」
あくまでイメージでしかないが、幼少の頃の長澤さんもさぞ可愛かっただろう。今の可愛さをそのまま幼くし、活発な女の子らしく友達と手を繋いで仲睦まじく笑いながら電車から飛び越える小さい長澤さん……萌える!
「ちなみに、それってどんな気分なの?」
「萌える!」
「えっ、燃えるの?」
「あっ、いやいや違う」
長澤さんの質問に妄想の感情を反射的に答えてしまった。
「へその下辺りが締め付けられるというか、脚の付け根が固くなるという感じだな」
「ん~、よく分からない」
「まあ、こればかりは体験してみないと分からないだろうな」
「私も経験出来るかな?」
「手摺側に行って体を乗り出せば体験できるんじゃないか?」
「じゃあ、やってみようかな――きゃっ!」
ドン、という音と共に長澤さんの体が寄れた。後ろを向きながら上って急に手摺側に移動しようとしたせいで、上から降りてきた黒の帽子に黒のフリース姿の男性とぶつかってしまったのだ。
「……ちっ」
壁に強く打たれて痛みに苦しむ長澤さんに一瞥するが、男性は声を掛けず舌打ちをしてそのまま降りて行った。僕と大輔はすぐに長澤さんの傍へ寄った。
「大丈夫、長澤さん?」
「うん。平気」
「あの野郎、一言も無しに行きやがった」
「ううん、今のは前を見てなかった私が悪いわ」
「でも壁側だから良かったものの、もし吹き飛ばされた方向が手摺側だったら……」
腰までの高さしかない手摺。バランスを崩せば落下していたかもしれない。想像しただけでゾッ、としてしまう。
「あはっ。今イメージしたらお腹の辺りがキュン、ってなった。これが二人が言っていた感覚かな?」
笑いながらこちらに振り向く長澤さん。いつもの雰囲気に戻り、大した事はないようだ。その姿にホッ、とする。
「もうすぐ一番上だよね。早く行っちゃおう」
「今度はちゃんと前を見てね」
「はーい」
手を上げて返事をする長澤さんを最後に、最上階に着くまで一言も口にすることはなかった。
最上階に着くとそこには部屋が一つあった。プレートには【主人の部屋】と明記され、鍵は掛かってなくすんなり扉が開き中に入れた。主人というだけあり経営法や帝王学といった難しそうな本で隙間なく埋まれた本棚。布から何まで高級材を使用しているようなベッドやソファ。机には羽ペンと黒インクが備わり、趣味なのか小さなサボテンが一房その隣に置いてあった。
「ザ・ご主人様、って感じだな」
「そりゃご主人様だもん。ねぇ、白井君」
「……」
「白井君?」
「えっ、ああそうだね」
「どうしたの? 何か気付いたことあるの?」
「いや、何でもないよ。大したことじゃないし」
「そう。ならいいけど」
調べられそうな所は調べ終え、僕らは部屋を後にした。帰りの道も壁側に手を添え、きちんと前を見ながら注意して降りていく。ただ、僕は注意散漫だった。
さっきの男、やっぱ変だよな。足音が響くこの階段でほとんど足音がせず、しかも長澤さんとぶつかるまで気配すらしなかった。一般人というには怪しすぎるような……考えすぎかな? ただ僕らが会話に夢中になりすぎてたせいかな?
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