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 それから館内を順に三人で見回り入り口へと戻ってきた。隠し通路や隠し部屋が無い限りほぼ全ての部屋を把握できた。


 一階の東側は配電室、給湯室、キッチン、食堂、食糧庫、そして階段の傍にエレベーターがあった。食堂は館の宿泊人数全員が入っても余裕があるほどに広く、長テーブルに白のテーブルクロスが掛けられ三本の蝋燭が付けられた燭台と椅子の前に皿が置かれていた。もちろん、料理は盛られていないし蝋燭にも火は点いていなかった。しかし、ここでも僕と長澤さんは大興奮。


 西側にはプレートのみで確認していたホール、ミュージックホール、書庫、資料展示室の中を拝見。広々とし、防音も施されている構造にまた僕と長澤さんはその手のミステリーで花を咲かせ、資料展示室にはミステリーで凶器として使用されるガラスの灰皿、麻縄、ナイフ等が展示されていた。それを目にした僕と長澤さんは以下略。


 二階に上がるとほとんどが宿泊用の階になっていた。廊下の両サイドに部屋番が表示されたドアが転々とし、東と西側両方の中央の位置には談話室があった。三、四人で話せるテーブルに一人掛けの皮張りソファ。普通の談話室と思われがちだが、ミステリー好きにしか分からない独特の雰囲気が漂っていた。


「はぁ~。もう最高! 楽しすぎてたまらない!」

「いや~このイベント参加してよかった!」


 テカテカのギラギラに輝く僕と長澤さん。何かを見つけてはすぐさま駆け寄り、飽きるまで堪能しまた次の興味へ。あちこち動き回る僕らは幼い子供の様だったろう。小学生の姿をした高校生ならぬ、高校生の姿をした小学生が二人誕生していた。


「ヘーヨカッタネーソリャヨカッタネー」


 若返った僕と長澤さんとは真逆に老けた大輔。この数時間で何年も経過したように目は萎み、頬はこけ、痩せ細り、髪は抜け落ちる。今すぐにでもそれが起きてもおかしくない程に疲弊が感じ取れた。


「萩原君って本当にミステリー興味ないんだね」

「うん。大輔はミステリーのミの字も触れようとしないね」

「こんなに面白いジャンルなのに勿体ない」


 その点については僕も大輔に何度も説いてきたが、興味の光が芽生えることはなかった。


「既に言ってるけど俺はバトル系が好きなんだ。ミステリーなんて頭痛くなる」

「ミステリーって頭痛くなる?」

「脳汁出て爽快感しか感じたことない」

「爽快感? ちまちま進まない展開のあれが爽快感? やっぱ変人だな、雄吉」

「変人言うな。それに、僕が変人ってことは……」


 同じくミステリー好きな長澤さんも変人という扱いになるぞ、と口にしようとして止めた。


 これは長澤さんとさらに近付くチャンスかもしれない。大輔がこれだけミステリーを卑下するのであれば彼女は不快になるに違いない。とすれば、大輔と彼女の距離は開くはず。共有した趣味のある人間との方が好印象が持てるはずだ。


「う~ん、萩原君とは合わないかもね」


 ほら来た! 長澤さんの大輔への評価が下がった!


 僕は心の中でガッツポーズ。


「でも、好き嫌いをはっきり言う人は私はタイプだな」


 ガッツポーズする僕に向かってどこからか拳が飛んで来てノックダウン。


 おおおおおお落ち着け僕! まままままだはっきり言ったわけじゃない! かかかかか確認してみないと!


「長澤さん……今のどういう意味?」

「どうって……普通に好みの異性を言ったんだけど」

「でも長澤さん、今大輔とは合わない、って言ったよね? それで何でタイプなの?」

「それはお互いの趣味が合わないってだけで、それ以上の意味はないわよ。性格として物事をはっきり言う人がカッコイイって思ってるからタイプ、って」

「で、でも趣味が合う人同士の方が楽しいんじゃない?」

「それは先入観よ。たしかに趣味が合う人となら同じ時間を過ごせるし楽しいでしょうけど、性格は別でしょ? 読み終わった小説を乱雑に置く人ときちんと本棚に整理する人とが上手くいくと思う?」


 ああ。たしかに嫌だ。僕は本棚に作家ごとに整理するタイプの人間だ。読み終わった本を適当に戻されたりしたら腹が立つ。


「それで喧嘩になった時、ただ不機嫌になって何も言わない人とかいるでしょ? 私、ああいう引っ込み系の人嫌いなの。恋人にするなら小説の探偵が推理を披露するみたいにズバッ、と言ってくれる人が好き。はっきり口にして伝えてくれないと分からないじゃん」 


 長澤さんの台詞を聞いて僕は気落ちしてしまう。僕もどちらかというと黙るタイプに寄っていたからだ。最初は持論を述べるがすぐに気持ち敗けをして聞きに徹してしまう傾向があった。


 まずい、このままでは長澤さんと交際なんて夢のまた夢。この性格は直さないと結婚なんてとてもとても……っていやいや、結婚って飛躍し過ぎてるぞ、僕! まずは大輔よりも仲良くなぎゃぁぁぁテッカテカ!


 長澤さんの好みのタイプを聞いた大輔が先程までの憔悴が嘘のように復活していた。顔は生気が漲り赤みが差してふくよかに、目は溶けそうな程に垂れ、口は隠すことなくにやけている。嬉しさと連動するように激しく上下する眉毛が腹立たしい。


「次は予定通り庭を回る?」


 こちらの変化の様子に不思議がっていながらも、深くは追及しない長澤さんがルートの確認をしてくた。


「賛成! というかどこへでもお供します!」

「そ、そうだね……」


 ショックを隠せない僕。しかし、頭を振って気持ちを切り替えた。今僕らがしているのはデートじゃない。これから始まる殺人事件の現場の把握、館の見取り図の作成をしているのだ。目的を履き違えてはいけない。あともう少しで見取り図は完成するのだ。集中しなければ。


「庭もそうだけど、まだ見れていない場所があるわよね」

「うん。あの二つの塔だね」


 二つの塔。それは、館の両側に立つロケットのような形をした建物だ。壁が繋がっていたので館の東と西の端まで行けば通じていると思っていたが、どうやら塔の入り口は一端館を出て外からしか入れない構造らしい。


 館から直接行けない二つの塔。これもミステリーではあるあるの話。そこはいったいどんな部屋が待ち受けているのか。嫌でも好奇心が沸き立つ。


「何でわざわざ外に出ていかなきゃならないんだ。めんどくせぇだろうに」

「それだけ重要な部屋なんじゃない? 限られた人間にしか入れないようにしたとか」

「限られた人間、って誰だよ」

「館の主の部屋、というのが相場だよね」

「ってことは、主催者の諸星なんちゃらって人の部屋か……ん? 限られた人間にしか入れないんなら俺達入れないんじゃないか?」


 大輔が的を得た指摘をする。たしかに、今の内容なら諸星謙一郎しか部屋には入れず、向かっても僕らは徒労に終わる。


「入れないかもしれない。でも、入れないという事実が手に入る」

「……はぁ?」

「うん。それだけでも十分情報だよね」

「……ひぁ?」

「開かずの間、というのはだいたい重要な部屋とされているから、中に入れないならその部屋は注目すべき部屋、という価値が出る」

「……ふぁ?」

「開かないからこそ意味がある。開かないからこそ可能性が存在する。その事実が時として推理の方向性を決める」

「……へほぁ?」

「どうする? 塔から行く? それとも庭から行く?」

「塔へ直行!」


 迷いなく長澤さんが腕を上げて出発の合図を出す。歩き出した彼女の後ろを僕は付いていく。


「部屋に入れなくても入れないという事実が分かる? 中に入れないのにそれだけで価値がある? 開かないからこそ意味がある? プラスはマイナス? 上は下? 男は女? 超次元哲学的科学的魔術論理?」


 入り口のドアを閉める時、大輔がそんな事を呟きながら頭を抱えていた。

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