15
部屋に戻ってから十分後、入り口に向かうと長澤さんと大輔がすでに待ち合わせていた。
「全員揃ったね。それじゃあ、早速行こうか」
「ういーす」
「何処から行く?」
「そうだね……まずは無難に一階から進めない?」
意義なし、と返事し、すぐに僕達は行動に移した。
ルートとして館の右、東側の奥から順に調べていき西側へ。終えたら二階に上がり同様の手順で進め、最後に庭を含めた外の構造、という形にすることになった。庭が最初でもよかったが、まずは館の内部を知り得たいという欲求が高かった。
「長澤さんは何処も見れてないの?」
「まだトイレの場所ぐらいしか把握してないわ」
トイレは入り口から西側、先程のホールとエントランスの中間の位置の右側に設けられていた。内開きのドアが左右に設置され右側が男性、左が女性用と青と赤の人物絵が描かれていた。
「東側はどんな部屋があるんだろ」
「西側にホール、ミュージックホール、書庫、資料展示室とくれば、こっちにはキッチンとかじゃないかな」
説明を受けたホールから自室へ向かう途中、各部屋のプレートは目にしていた。中はまだ確認していないが、部屋名からして西側の一階は娯楽スペースという立ち位置なのかもしれない。
話ながら足を進めていたらすぐに東側端に着いた。記念すべき第一号の部屋は【配電室】と書かれていた。開けて中を覗くと人が二人入れるぐらいの狭さに三つほどの配電盤が壁に付いているだけの部屋だった。
「よくある一般的な配電室ね」
「何にもねぇじゃん」
大輔の言う通り、これといって目につく箇所はなかった。
「ミステリーならこの辺に時限式のブレーカー遮断装置が付いてて、停電している内に犯人が目標を殺害するわよね」
「あるね。胸とかにあらかじめ蛍光塗料を施しといてそこ目掛けてグサッ、とか」
「闇に乗じて奇襲作戦? かっこいいな」
論点はそこではないが、バトル漫画好きの大輔らしい意見だ。
「知ってる? 胸で刺されて死ぬシーンをよく見掛けるけど、あれ普通はそう起こらないんだって」
「うん。最近言われるようになったよね」
「えっ、マジ? 漫画でもよくあるんだけど、あれおかしいのか?」
長澤さんの知識は僕も知っていたが、大輔は意外そうに反応した。
「うん。人間の胸には横向きの網目状の肋骨と中心に縦向きの胸骨があるの。いわゆるあばら骨ね。肺は肋骨に守られて、心臓は大体胸骨の下にある。漫画とかで胸に刺されている位置はほぼ肺ね。その時、ナイフは横向きで刺さってる? それとも縦向きで刺さってる?」
「こうだから……縦向きだな」
大輔が自分の手をナイフに見立てて胸に当てた。
「でしょ? でも、今言ったように肋骨は横向きの網目状で内臓を覆ってる。だから、縦向きのナイフだと刃が肋骨に阻まれて肺まで届かないのよ」
「それは肋骨も切り裂いて肺まで届いてるんじゃないのか?」
「無理だよ、大輔。人間の骨って思っている以上に丈夫なんだ。部位にもよるけど、重さ五百キロまで堪えられるぐらいにね。人間の押すぐらいの力で切り裂くなんて不可能さ」
「もし腕や脚を斬りたいなら骨と骨の境、いわゆる関節に刃を入れないと骨が邪魔するわ」
「ファンタジーで剣とか刀で敵の腕やら首斬ってるじゃん」
「あれこそ架空だね。あんなスパスパ斬れるわけない。まさにファンタジー」
切れ味完璧、太刀筋剣筋ブレ無し、達人の域に届いた腕前、という条件が合わさっていれば可能だとネットで読んだが、この条件全てが揃うことこそ常人ではほぼ不可能なのだから空想に近いだろう。
「だから現実的に考えた場合、ナイフで胸を刺そうとしたなら肋骨の隙間を狙うように同じ横向き、もしくはアイスピックのような細い凶器じゃないとダメ。心臓に刺したいなら胸骨を避けるようにこの
「腹部なら骨はないから簡単に刺さるけど、急所は限られてるから何でも死に直結するわけじゃないんだよ」
「うわ~、なんか知りたくなかった知識を知った感じ。今日から読む漫画でそういうシーンが出たら思い出して面白味が欠けるじゃん」
リアル感がない点でも僕はファンタジー系は好みではないんだが、漫画は漫画で、ジャンルはそのジャンルの世界観を楽しめばいい。楽しみ方は人それぞれだ。好きなものを好きなように触れる。これが娯楽の極意だろう。
配電室を見終えた僕は持参したメモ帳に『配電室』と端の方に書いて四角で囲った。ドアを閉め隣の部屋に向かう。次の部屋は【給湯室】と書かれていた。
中はこれまたシンプルで、ステンレス性のテーブルと水道にコンロが三つ。頭から二つ分の高さに収納棚が横一列に設けられ、コップや皿といった容器が収納されていた。広さも学校の教室の三分の一ぐらいか。
「ここも至って普通の部屋ね」
中に入りながら長澤さんが感想を口にする。僕もテーブルに指をなぞってみると、新品のように綺麗に清掃、整頓され埃一つ付かない。
「ここも特に何にもないな」
「そうだ――いや待った!」
目に飛び込んできた物に僕は大きな声を上げ、二人の行動を阻止した。とんでもない物を見つけてしまったからだ。
「どうした、雄吉?」
「何かあったの?」
「な、長澤さん、あれ分かる?」
「あれ……ってまさかあれって!?」
恐る恐るというように僕は目標に指を差し、長澤さんに教えると彼女も気付いたのか驚いて一瞬硬直した。
数秒の後、僕と長澤さんは意を決してゆっくりとその目標物に近く。間違いない。あれだ。
触っていいのだろうか。いや、素人が触れていいものでもないだろう。けど、主催者の諸星さんは館の物は全て触れていいとも言っていた。どうする、どうする……。
「何だ? 何があったんだ?」
僕ら二人の雰囲気に不安を滲ませた大輔が後ろから声を掛け、同じように目標物を目にする。
「このティーポットと角砂糖がどうかしたのか?」
そう。僕らの目の前にあるのはティーポットと角砂糖。白でスリムな陶器のティーポットと小鉢にギリギリまで詰め込まれた角砂糖。ティーポットと角砂糖。あのティーポットと角砂糖なのだ!
「大輔! これすげーぞ!」
「すげー? 高級な物なのか?」
「高級じゃない! ごくありきたりなティーポットと角砂糖だ! けどこれはすげー!」
「いやだから、何がすげーんだ?」
「私、涙出そう……」
「だ・か・ら! 何がそんな興奮するんだよ!」
分からない? なら教えてあげよう。
「ティーポットと角砂糖。この組み合わせ……ミステリー界の重鎮的存在なのだよ!」
「……はぁ?」
「集まった登場人物達に執事やメイドが紅茶をカップに注ぎ用意された角砂糖を各々が好きなだけ入れて飲んだけどその内の一人が苦しみだし喉を掻きむしりその場で死んじゃう角砂糖や紅茶に毒が仕込まれていたように見えるけど全員口にしているからそれは考えられず一見運が悪かったとか思われたけど実は角砂糖に毒が仕込まれていて山に積まれた外側ではなく内側の角砂糖のみに毒が仕込まれていて被害者が内側の角砂糖を取るという癖を犯人が知っていたというトリックが――」
「愛唯ちゃぁぁぁん落ち着いてぇぇぇ! 何言ってるか分からなぁぁぁい!」
捲し立てる長澤さんの姿に大輔が困惑する。
ティーポットと角砂糖。これもミステリー界では定番中の定番だ。登場人物達の会話には欠かせない品物であり、長澤さんが言ったようにトリックとして使われることもある。
野球をするにはバットが必要、剣道をするには竹刀が必要というように、このティーポットと角砂糖はミステリーの物語を進める上で必要不可欠といっても過言ではない。しかも、用意されているのはイメージ通りの色と形をしている。これが落ち着いていられるだろうか。
「どうしよう! これどうしよう!」
「やべー! これやべー!」
「ほんと! ヤバイこれヤバイこれ!」
「うわ~、愛唯ちゃんもここに着いた時の雄吉みたいになってる~」
「しゃ、写真撮らなきゃ!」
「そうだ! 写真!」
スマホを取り出した僕と長澤さんは連写。
「さ、触ってもいいのかな?」
「だ、大丈夫だと思う。主催者も自由に触っていいって言ってたし。というか僕も触りたい」
「じじじじゃあ、私からいいかな?」
「どどどどうぞ!」
聖杯を掲げるように高々と僕と長澤さんはティーポットと角砂糖を大事に包み込むように持ち上げた。
「まさかこの目で見て触れることが出来るなんて!」
「はぁ~! 私、幸せ!」
「……分からん。喜ぶ要素が全く分からん。ミステリー好きってやっぱ頭おかしいんじゃねぇか?」
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