14
諸星謙一郎からの説明が終わり、映像が切れると部屋に明かりが灯った。モニターが天井へ移動を始め、それに連動するように窓のカーテンもゆっくり開いていった。
「ついに始まりましたか」
「きたぜきたぜ! 俺はやるぜ!」
「まあ、ここまでは定番の演出でしたね」
各々が感想を口にし、イベント開始の余韻に浸っている。
「雄吉、この後どうするんだ?」
伸びをして欠伸をしながら大輔が聞いてくる。
「う~ん、そうだな。本格的に始まるのは明日からだから、今日は館の中を調査するのがいいんじゃないかな」
「調査? 何をだ?」
「館の全体図を頭に入れるんだよ。どこが何の部屋なのかを知るんだ」
着いて早々このホールにしか足を踏み入れておらず、まだ館の構造の把握はしていない。
「うわ~、だりぃ~」
「だりぃ言うな。基本中の基本だぞ」
それは他の参加者もしっかり理解しているのだろう、見取り図はどこにあるのかと話し合う人もいれば既に立ち去っている人もいる。次にすべき行動が分かっていないのはだらける大輔だけだ。
「まずは見取り図を手に入れる。もしかしたらフロントにあるかもしれない。さっそく行ってみよう」
「見取り図はないみたいよ」
動こうとしたその時、長澤さんが会話に入ってきた。
「えっ、見取り図ないの?」
「うん。私、少し早めに着いたから中を巡ってみようと思って少し探したんだけど、どこにも無かったわ」
「見取り図がない館? そんなことあるの?」
「宿泊施設なら絶対条件だけどね」
部屋の位置、階段、エレベーター、トイレ。お客さんが迷わないよう案内するため、見取り図は必須だ。この館も大きさ的に見取り図が必要と思われるが、どこにも表示されていないとのこと。
「取り付け忘れたんじゃねぇの?」
「そんなわけあるか」
「となれば……」
僕と長澤さんに目配せを送ると、長澤さんも分かったようで頷いた。
「えっ? えっ? 二人は何か分かったの?」
僕と長澤さんはすぐに理由に気付いたが、ミステリー無関心の大輔には荷が重いのだろう。置いてけぼりの大輔に説明する。
「見取り図がないのは取り付け忘れじゃなくて、これもイベントの内、ってことさ」
「そうなのか?」
「うん。主催者の諸星さんは今日一日ゆっくり休んで明日から、って言ってたけど、すでに私達は力試しなり情報収集力を試されてるのよ」
言ってしまえばこれは前哨戦。本番前に必要最低限の情報を手に入れろ、ということだ。その一つが館内の見取り図だ。
事件が起きました、ヨーイドン、で調査を始めるのはいいが、館内の構造を前もって知っているのと知らないのとでは雲泥の差がある。事件現場の状況によっては次に調査するべき場所が決まる。部屋の把握をしていなければその探す時間が増えてしまい、余計な手間が増える。今回のイベントは四日間という時間限定があるのだから時間ロスは出来るだけ避けたい。
「つまり、この館の見取り図は自分らで作れ、ってことか?」
「そういうこと」
「めんどくせ~」
「そう? 私は面白いと思うんだけど」
「僕も長澤さんに同意」
そもそも僕は館の中、それから庭も一通り回るつもりだった。その過程でついでに見取り図を作ることは苦でもない。
「というわけだ。大輔、一度部屋に戻ったら見取り図作成に取り掛かるぞ!」
「俺パス。部屋で寝てるわ」
やる気全開の僕に反してやる気無さそうに大輔に返事をされて一気に萎える。
「大輔~」
「いいだろ、別に。今回の主役は雄吉であって俺は付き添い。謎解きに興味はない」
たしかにこのイベントは大輔から僕への誕生日プレゼントだ。ミステリーを読まない大輔にとってはつまらないかもしれないが、それでも一緒に参加しないというのは寂しさがある。
「一緒にやろうよ」
「パス。俺は寝る。俺は頭が悪いし、謎解きのセンスはない」
「センス、って。謎解きって響きが難しく聞こえているのかもしれないけど、これも一種のゲームだぞ?」
このイベントに限らず、謎解きイベントはあらゆる場所で開かれている。電車を乗り継いでポイントとなる場所を巡る移動型、テーマパークで開かれる脱出ゲーム、あれも一種の謎解きゲームだ。発想力が必要な部分もあるが、怪しい場所を調べて何かを見つけていく様はRPGゲームと変わらないのではないか。
それも提案したが、大輔は頭を縦に振らない。
「三百万入るかもなんだぞ」
「無理無理。いくら大金でも解けなきゃ手に入らないわけだし、自分の力量は把握してる」
たとえ正解に辿り着かなかったとしても、来たからには最後まで一緒に参加して欲しい気持ちがあるのだが、無理強いも好ましくない。僕は何も言えず大輔の眠そうな横顔を見るだけだった。
「ねぇねぇ、白井君。これから館内見て回るんだよね?」
「うん。そのつもり」
「それなら私も一緒に回っていいかな?」
「えっ!?」
長澤さんからの提案に僕は少しだけ跳ねるように反応し、それから顔を背ける。
あの美少女の長澤さんと二人きりで回る。館の構造を二人でワイワイ把握しながら回り、花々が咲き乱れる庭を長澤さんと二人で並んで歩く。
彼女いない僕にとって今頭に浮かんだイメージはまるでデートのように映った。美少女と共に時間を過ごし、しかも同じ趣味の持ち主。楽しくないわけがない。
鏡を見なくても自分の表情が崩れているのが手に取るように分かる。このまま長澤さんに振り向いたら気持ち悪さに引かれてしまうだろう。
内心の高揚、そして乱れを抑えつつ表情も引き締めて返事をした。
「もちろん、僕も是非お願いし――」
「是非ともお供させてくださいお姫様」
お願いしたい、と言おうとしたところで目に入ってきたのはまた気持ち悪い紳士のような態度を取る大輔の姿だった。
てんめぇぇぇ! 寝るんじゃねぇのかぁぁぁ!
首根っこを掴んで長澤さんから距離を取ると、僕は大輔に詰め寄った。
「おいこら。大輔は寝るんじゃなかったのか?」
「ノンノン。美少女とワイワイ館内を回って、外の庭を美少女と歩く。まるでデートのようなチャンスを逃すわけないだろ」
僕と同じイメージを持った大輔。だが、そのイメージは僕のものだ。絶対に譲れない。
「謎解きには興味ないんじゃなかったのか?」
「謎解きには興味ないが美少女には興味がある」
「大輔には彼女がいるだろ? ほら、アプリの」
「二次元の女の子を彼女と本気で思ってるのか? 痛すぎるぞ、雄吉」
お前が最初に言ったんだろ! と叫びたくなるところを必死に抑えるため唇と首に力が入る。
「どうしたの、二人とも?」
「何でも!」
「ごさいません!」
仲が良いように肩を組み親指を立てて大輔と二人でシンクロするように、長澤さんに振り向きながら返事する。
「そう? じゃあ、部屋に戻ったらすぐに入り口に集合、でいいかな?」
「イエス!」
「ユア・ハイネス!」
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