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ついにイベントの説明が始まった。待ちに待った時を迎え、僕は固唾を飲んで諸星謙一郎の言葉に耳を傾けた。
『それではイベントの説明に入りたいと思います。大まかな内容は既に招待状やサイトからご存知でしょうが、詳しい内容は伏せていましたのでこれから説明させてもらいます』
些細な会話。ありきたりな描写。どこに伏線が張っているのか分からないのがミステリー。イベントの説明とくれば尚の事。
一字一句逃さないというような緊張感が部屋を包み始め、長澤さんはメモ帳を、山中さんに至ってはレコーダーのような機器をテーブルに置いていた。やはりミステリーファン。ポイントは知り尽くしている。僕も負けじとカバンからメモ帳を取り出した。
『まず、皆様には今日から四日間この館でお過ごしいただきます。本日は移動の疲れを癒していただき、明日から本格的に始動とします。内容はもちろん、ミステリーらしく事件の解決です。ある殺人事件が起こりますので、皆様にはその事件の解決を目指してもらいます』
館。殺人事件。つまりクローズドサークルミステリー。
僕の一番好きなミステリーだ。注ぎ続けて許容量を越えた水がコップの縁から溢れ出すように、僕の胸の内の高鳴りが止まらない。
『もちろん、本物の殺人事件ではありません。架空の殺人事件です。被害者役には人形を使いますのでどうぞご安心を。ただ、人形といえどよりリアルを追求いたしました。人によっては不快に感じる方もいるかと思いますが、そこはミステリーファンの皆様ならご理解いただけるかと思います』
リアルを追求。
その言葉に一瞬空気が張り詰めた。偽物と前もって分かってはいても、これは覚悟を持たなければならない、と各々心に留めたからだ。
切断された遺体の首の断面から血管らしき管が飛び出ている。
腹部の刺し傷からピンク色の内臓が垣間見える。
ミステリーでは被害者の状態が生々しく表現されていることが多々ある。僕はそんなものをこれまで見たことがないし、ここにいる誰もが経験がないだろう。あくまでイメージでしか見たことがなく、実物を目の当たりにした者はいないはず。しかし、そのイメージでしか見てこなかったものがこの目に飛び込んでくる可能性がある、と諸星謙一郎は言っているのだ。生半可な気持ちでは耐えられないだろう。
『皆様にはその事件のトリック、そして犯人が誰なのかを当ててもらいます。期日は三日後の日曜十五時まで。今からお渡しする用紙にご自身の氏名と犯人の名前、トリックを記入してください。正解者には賞金、そしてプレゼントを用意しております』
意外な台詞に僕は一瞬疑問に思った。
プレゼントは理解できる。イベントなのだから記念品といった報酬が出るというのは通例だろう。けど、賞金も出るというのには驚いた。正解者には用意している、という言葉から解答の早い者勝ちという感じではない。正解者全員にプレゼントと賞金が与えられるのだろう。
ただ、これは大会でもなければ勝負といった類いのものでもなく、集まったのは依頼を受けた探偵でもない。僕と大輔、長澤さんに至ってはただの高校生だ。そんな相手に普通賞金を用意するだろうか。
激戦の抽選で勝ち取った者達に向けた特典なのか。それとも、何か別の意味が含まれているのか……。
怪しげな内容に思考を巡らせていたが、次の諸星謙一郎の台詞にさらに度肝を抜かされた。
『気になる方もいるかと思いますので賞金の金額だけ先に提示しておきます。正解者には一人につき三百万贈呈します』
「さ!?」
「三百万!?」
「嘘!?」
驚きの声があちこちから飛び交う。僕は声は出なかったが目は見開き、山中さんと長澤さんは口許に手を添えて同様の表情。大輔は最新のゲームソフトを指で数えながら全然お釣りが出る、とか呟いていた。
『おやおや、大変驚かれたようですね。しかし、賞金は正解者のみに与えられますので残念ながら不正解者には一文も出ません。ご了承を』
一瞬にして緊張が別の緊張へと変わる。
三百万円。
高校生の自分にとってこの金額は大金もいいところだ。アルバイトで稼ごうにも高校生は基本時給が安く、辿り着くには掛け持ちをして尚且つ休学して働かなくてはならない。それほどの額だ。そのお金がたった四日間で手に入る。誰だって飛び付くだろう。僕以外は。
金額もそうだが、やはりどこかおかしい。殺人事件の解決という立派なテーマがあるのに、そこにお金が絡んでくるとどうしてもお金の方に意識が向いてしまい、せっかくのイベントそのものが霞んでしまう。あれほど念願の館を建てるのに苦労を強いて、同志に味わってもらいたいとついさっきまで説いていた人物の口から賞金という単語。ちぐはぐな印象が拭えない。
そこで僕はある仮説が頭に浮かんだ。
いや、違う。これは賞金が出るのではなく、殺人事件の動機がそのお金だという暗示なのでは?
ミステリーの解決編で重要なのはトリック、犯人の判明、そして動機だ。動機なくして犯人は犯行には及ばないし、探偵はその動機から事件の真相を見出だすこともある。今まで読んだミステリー小説にも少なからずあった。
ただ事件が起きて解決しろというのはイベントとして単純すぎる。招待状のブラックライト要素からしても、この程度で済ますとは思えない。今回の殺人事件問題、その動機は賞金の件とみてほぼ間違いないだろう。
僕は確信に近い答えを抱き、メモ帳に【動機:賞金】と記した。その後、諸星謙一郎の話の続きを静かに聞いた。
『それからもう一つ注意事項を。先程も言いましたように、館内の物は全て触れて構いませんし自由に動いて結構です。ですが敷地外、塀の外に出ることは禁止とします。その時点で失格とさせていただきますので頭に入れておいてください』
失格、というよりは天候で抜け出せなくたったり吊り橋が落ちて陸の孤島になったクローズドサークルを再現したい気持ちの方が高いのだろう。
『食事につきましてはこちらからは用意はしませんが、キッチンに十分な食料を準備しております。各自で好きな時間に取っていただいて結構です』
おそらくカップ麺といったインスタント系がメインだろう。よく館から出れなくてパニックを起こした登場人物が、水やカップ麺を独占して部屋に閉じ籠る。これもまたミステリーの定番であるが、七割から八割の確率でその人物は殺される。僕はそんな愚かな事はしない。
食事については僕は不満などないが、大輔は「マジか。フォアグラキャビア出てこないのかよ」と悔しがってる。何を期待してたんだお前は?
『説明は以上と致します。大まかな説明で終了しましたが、細かくしたところで無意味でしょう。事件解決には髪の毛一本の証拠も逃してはならない。必要以上の拘束は妨げにしかなりません。明日以降、各自で考え行動してください。では皆様、ご健闘をお祈りします』
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