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 突然部屋から明るさが消え、何かの作動音が耳に届き始めた。僕は狼狽えてしまい、見えないながらもキョロキョロと目を左右に振っていると正面の壁際で微かに影が動いていた。そしてヴォン、という音と共に映像が写し出された。


『皆様。本日は我が催し“不知火館ミステリーイベント”へお集まりいただきありがとうございます』


 白髪混じりの頭髪。口元以外を覆う白いマスク。黒のタキシードを身に付けているが、恰幅が良いのか肩や胸周りは張りがあって盛り上がっている。声も渋味があり、おそらく五十代ぐらいの年代か。赤い皮張りのソファに脚を組んでこちらに向いている姿は威厳があり、どこかの企業の社長という風情だ。


『まずは自己紹介から。ワタシは主催者の諸星謙一郎もろぼしけんいちろうといいます。今回の参加者は老若男女と様々で、このような山奥にある当館に辿り着くには大変労力を要したかと思います。ワタシも正直ここに来るのは骨が折れます』


 どうやらイベントが本格的に開始されたようだ。部屋が暗転したのもそのためで、先程の機械音はこのモニターが降りてくる音だったのだ。


 僕は居ずまいを正し、モニターと正面に向き合うように椅子も調整した。


『しかし、ワタシは誰一人として不満を抱いている人はいないと確信しております。なぜなら、ここにお集まりいただいた方々はミステリーファンの方々です。山奥の館。これだけで意味はお分かりいただけるかと思います』


 うんうん、と頷く気配があちこちから感じ取れた。やはり気持ちは皆同じなのだ。


『ミステリーファンの方なら誰もが一度は思うことでしょう。ミステリー小説に出てくるような館に赴いてみたい、と。しかし、現実ではそんな都合よく館があるわけでもなく、あったとしても街中にある宿泊としての館があるのみ。ワタシ達が求めているのは周りに何もない、陸の孤島のように佇む館なのだと』


 そうだ。ただ単に館がいいのではない。周りの環境も大事なのだ。天候で館に閉じ籠られる、連絡手段が絶たれ館から出られない、そんな状況になるような場所にあるからこそ価値があり意味があるのだ。


『ワタシはその夢を子供の頃から抱いていました。そしてついにその夢を実現出来ました。そう! それがこの不知火館です! 本当はどこかの孤島に館を建てたかったのですが、孤島も購入となると膨大な費用が掛かりましたのでさすがにそこまではできませんでした。無念です』


 頭を抱えて落ち込む主催者の姿に、はははっ、と参加者の笑い声が飛び交う。たしかに孤島と館両方となると想像もつかないお金が動くだろうが、この不知火館でも莫大なお金が必要だったと高校生の僕でも分かる。費用だけではなく、主催者の情熱と行動力があってこそ成し遂げられた成果に違いない。


『しかし、その分この館にはワタシの愛を、ミステリーへの情熱を注ぎ込みました。年代を感じるような外観。明るくもありながらどこか不吉な匂いを漂わせる内装。椅子、テーブル、あらゆる調度品をこの雰囲気に合わせるように細部に渡るまで気を使いました。そして完成した日、ワタシは子供に戻ったように一日中この館を徘徊し、感動の渦に取り込まれました。そして思いました。この感動はワタシだけが味わうものではない。全てのミステリーファンへ届けるべきだ、と』


 それがこのミステリーイベントを開催したきっかけだ、と主催者の諸星謙一郎は語った。彼の一言一言が僕の胸に響く。


 素っ気なく館完成までを語っているが、そこにはあらゆる苦労があったはずだ。この山奥の立地を見つけるだけでも何年も費やしたのではないか? 館の外装、内装も幾度となく変更、修正が行われたのではないか? 調度品だってただネットから購入したわけではないはずだ。誰もが憧れたミステリーに出てくる館を、主催者の諸星謙一郎氏の情熱が具現化させたのだ。


 しかも、諸星謙一郎はそれを己の欲望の満足に留まらせず、こうしてイベントとしてミステリーファンを呼び寄せている。感謝の何物でもないし、ヘタをしたら崇拝に近い感情が僕の心を駆け巡っていた。


『イベント中はこの館にある物全て手に取って構いません。直に触れ、匂いを嗅ぎ、後悔のないよう抱き締めても大丈夫です。犯人が指紋を残すように、あなたがこの館に来たという痕跡を残すかの如く堪能してもらいたい。そして、少しでもいいのでワタシの感動を皆様にも届いたらと思います』


 お辞儀をする諸星謙一郎に拍手が沸き上がった。僕も自然と手を叩いており、長澤さんに至っては高速で叩いていた。彼女も相当共感しているようだ。


 しかし……いや、やはりというか感動とは無縁の人物が。大輔だ。つまらなそうに頬杖を付いてドリンクを飲んでいる。僕はそっと寄り添うと耳元に小声で話し掛けた。


「おい、大輔。その態度はなくね?」

「だってつまんねぇもん」

「つまんねぇ、って……主催者のこの館完成までの話、ミステリーとか関係なくてもすごいことじゃん。ちょっとした武勇伝だろ」

「まあ武勇伝っちゃ武勇伝だな。館一つ建てるなんてたしかにそう簡単には出来ないだろうし」

「だったら――」

「というか、気に食わないんだよな」

「気に食わない? 何が?」

「あの主催者が、だよ」


 今も尚、館建設経緯のエピソードを話している諸星謙一郎を顎で示した。


「顎で指すな。礼儀知らずだろ」

「それは向こうも一緒だろ」

「はぁ?」

「仮面を被って素顔を隠す。人と話すのに仮面を脱がないとかどういう神経してんだか。しかも、ここに現れずあんな映像で登場とかナメてんだろ」


 なるほど。ミステリーを読まない大輔らしい回答だ。僕らミステリーファンからすれば最高のパフォーマンスなのだが、大輔にはそこら辺をきちんと説明した方が良さそうだ。


「あれはミステリーじゃ十八番なんだよ。主催者がああして素顔を隠すのは」

「何で?」

「理由は色々あるよ。参加者に紛れるため顔を晒さないとか、入れ替わりトリックとかで被害者になってもらうために犯人から顔を隠すよう指示されているとか」

「入れ替わり……ああ、前に雄吉が言ってた自分が死んだように見せ掛ける、ってやつか」

「そう。自分の死体役を演じてもらうことで、死んだとされる犯人は自由に行動できる。十八番のトリックさ」

「へー。じゃあ、あの主催者は死ぬのか」

「アホ。死ぬわけないだろ」

「だって今――」

「それは小説での話だよ。今言ったように、仮面を被るというのはミステリーでは定番なんだ。だから、主催者もそれに倣ってるわけ。本当に死ぬわけないだろ」

「ふーん」


 納得したような納得してないような、微妙な返事をする大輔。続けてモニターでの登場も同様だと付け加えた。


「モニターでもトリックがあるのかよ」

「そうさ」

「ミステリーって面倒臭いな」


 面倒臭い? そうかもな。でも、その面倒臭さが面白さに直結してるんだ。たぶん、大輔には一生理解できないだろう。


 大輔に説明が終わると、調度諸星謙一郎のエピソードも終わったようで、本格的なイベントの説明が始まる所だった。両手を大きく広げ、これまで以上に興奮した声で告げた。


『さぁ、今からあなた方は探偵です! 我が最大のミステリーに挑戦していただこう!』

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