10
立花さんに指示された部屋は廊下の突き当たりにあった。凹凸のついた木製の扉が左右に設けられ、右側を鞍瀬さんが開いてくれたので三野瀬さん、大輔、僕の順で中に入る。
ホールというよりはちょっとした談話スペースのような部屋だった。左右の壁は上下に長い窓ガラス、その側にキレイに統一して折り畳まれた黒色のカーテン。左手はその間に置かれた棚にカップや皿が収納され、中心にテーブルがありドリンクサーバーが何個か並んでいる。サーバーの側にはクッキーのようなお菓子が用意され、コンビニで売られてるのものとは段違いに高級感が窺える。
右手にも同じ様に棚が並び、そちらはコレクション用なのか中には陶器や骨董品のような品が見えた。素人目には価値が分からないが、わざわざ並べているのだから数千円程度の物ではないはず。日常ではお目にかかれないだろうから後で覗いてみようと僕は思った。
そして部屋の中央には丸テーブルが三ヶ所に設置され、それぞれ四つの椅子が用意されている。すでに椅子は人で埋まっており、談笑や各々好きなように寛いでいた。
「おや? 鞍瀬さん、その子達は?」
「最後の参加者ですよ」
「ほー、それはそれは」
「また若いのが来たね!」
「遅すぎじゃないですか?」
「いいね~。やっぱミステリーは老若男女揃わないといけないね~」
各々が僕らの登場に好奇の目を向けてくる。誰かが言ったように、参加者の面々は年齢が幅広く性別も半々ぐらいだった。
「君達、見たところ高校生ぐらいだけど」
「は、はい。高校生です」
「惜しい~! JKだったらよかったのに~!」
「おい、欲望が口に出てるぞ」
「バカだな~。欲望は吐き出すものだぞ~?」
「は、発言がキモイ」
「犯罪者予備軍じゃな」
「欲望は溜め込むから解放した時に暴走するんだよ~。だったら、日々少しずつ吐き出した方がいいに決まってるじゃ~ん」
「でも、人前で出すのはみっともないんじゃないか?」
「お披露目は盛大に!」
「やっぱ犯罪者予備軍だ」
「ヘイヘイ、そこヘ~イ!」
盛り上がる会話を聞きながら、どうやら不快に思われていないことに僕は安堵した。口を開くこともなく少し目線を向けるだけで終わってしまうような場面がミステリーではよくあるし、もしそんな状況になったらどうしようと正直不安になっていたのだが、それは杞憂に終わったようだ。
その流れで、鞍瀬さんが各テーブルに座る他の参加者を紹介してくれた。
「おっと、そろそろイベントが始まるかな。途中で悪いが席に着いてくれるか」
「あっ、はい」
そう言うと鞍瀬さんと三野瀬さんは自分の席に向かい、僕と大輔も空いている席に腰を下ろした。相席の二人に挨拶する。
「どうも、よろしくお願いします」
「あらあら、どうもご丁寧に。こちらこそよろしくね」
一人は三十代ぐらいの女性で、名前は
「ここまで大変だったでしょ」
「ええ、まあ。特に山道が」
「でしょ? 私もう足がパンパンでむくれちゃったわ。もう歳ね」
「いやいや、山中さんはまだ若いでしょ」
「あら、お世辞が上手いのね」
他愛もない挨拶を終え、今度はもう一人の方へ挨拶をしようとした。しかし、僕はその相手を見て一瞬で固まってしまった。
光を反射するかと思われるぐらい艶のある長い黒髪。コンマ一ミリ単位で整えられたような眉毛とはっきりと見て取れる二重瞼。黒真珠が埋め込まれていると言われても信じてしまうかのような黒く輝く瞳。選ばれた人間にしか与えられないと思わせる綺麗で決め細やかな肌。少し赤みがかった柔らかそうな唇は見ているだけで吸い込まれそうだった。
雷が落ちた。現実にではなく、僕の脳天に落ちた。頭の天辺から足先まで電流が走り、身体中の神経が反応して暴れ回っている。
んなっ……ほあっ……しょ……!
一目惚れ。
そう理解したのは数秒後だった。世界の全ての情報が遮断され、脳内は目の前の女の子の事で埋め尽くされ始める。歳は僕と同じくらいだろうか。同年代でこれほどの可愛い女の子が存在するなんて信じられない。学校で男子内で密かに開かれてる女子人気ランキングで一位にいる女の子とは次元が違う。こっちは女神であっちはアメンボ。それぐらいの差がある。
「あの……んと……えと……」
挨拶しようにも緊張で言葉が紡げない。心臓の鼓動が吐き出す言葉を阻害しているかのように早く打ち続けている。落ち着けと言い聞かせるも、彼女の顔を見つめることで鼓動が早まっているのだから無効果だった。
だ、大輔っ! 手を貸してくれっ!
隣の座る大輔に助けを求めようとしたが、当の本人の姿が無い。
あれっ!? あいつ何処行った!? トイレか!? 肝心な時に!
「初めまして、可愛いお嬢さん。俺、萩原大輔っていいます」
聞き覚えのある大輔の声。ただ、いつもの調子ではなく澄ませたような、格好つけてるような、というか気持ち悪いような振る舞いを感じさせる声。そのおかげで視界がはっきりとした僕の目に飛び込んできたのは、彼女の側で片膝を立てて手を取り挨拶してる大輔だった。
ちょ! おまっ! えぇぇぇ!?
「初めまして。わざわざ手を取って挨拶なんてまるで紳士ね」
「いえいえ。可愛い女の子を見つけたら真摯に向き合い紳士の態度で心身を捧げるかの如く挨拶をするのは当然のマナーでごぜーます、お嬢様」
何だ!? どうした大輔!? 気持ち悪いにもほどがあるぞ!
「ふふっ。あなた、面白いわね」
女の子が笑う。これもまた可愛い。そして大輔の顔がにやける。
ブルータス、お前もか! あっ、間違った。大輔、お前もか!
どうやら大輔も僕と同じように彼女に一目惚れしたようだ。緊張で固まっていた僕とは違い大輔はすぐに行動できたようだが、恋は盲目という名に相応しい行動っぷりだ。こんな大輔見たことない。
「彼、変わってて面白いわね」
山中さんが僕の耳元で囁く。否定したい所だが、目の前の光景にぐうの音も出ない。
「こんな歳だけど、人が恋に落ちる瞬間を目撃してドキドキしちゃったわ」
「そ、そうですね」
「それも二人同時に」
「えっ!?」
こちらに微笑みかける山中さん。バレていたか。いや、それはそうか。同じテーブルに座っていたのだから。
「いいの? 彼、ぐいぐい行ってるわよ」
「いや、まあそうなんですが」
「先を越されちゃうわよ?」
大輔と彼女は今も楽しそうに会話を続けている。
そりゃ僕だって彼女に近付きたい。でも、僕は大輔のようにすぐに行動できる精神を持ち合わせていない。それなりの度胸と勇気を絞り出すのに時間が掛かるのだ。
「あまり余計な事は言わないけど、行動しないと何も始まらないわよ」
山中さんの助言が胸に沁みる。分かってはいるが、今二人の姿を見ると邪魔のようにも感じるしタイミングが分からないのも事実だ。
「宜しければ、貴方様のお名前を伺ってもよろしいでごぜーますか?」
「あっ、ごめんなさい。そういえばまだだったわね」
こちらもまだ一目惚れした相手の名前を聞いていなかったことに失念する。そして、遅れて告げられた彼女の名前を僕は心に刻み込んだ。
「私は
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