7
目的の駅に着くと僕と大輔は荷物を持って降り、タッチパネルではない改札を珍しそうに見ながら無人のホームを出た。館へはその改札の目の前にある山道を進むようで、僕と大輔は直ぐに出発した。
山道なので険しいのかなと想像していたが、想像以上に険しかった。石や木の根が飛び出した荒れ果てた道。しかも、真っ直ぐではなく蛇が這ったようなウネウネとする道だ。しっかりと踏ん張らなければ転げ落ちかねないのだが、大輔は慣れているのかスタスタと先を歩いている。運動神経の差が如実に出ていた。
大輔のペースに合わせられるはずもなく、また危険も考慮して僕は一歩一歩確認しながら歩く。踏ん張るという行為が普段することがないので倍以上の筋力、体力を浪費し、もう足はパンパンだ。それでも自分にムチを打って歩を進め、二時間程だろうかようやく開けた場所に出た。
最初は疲労でしばらく俯いていたが、呼吸が整い顔を上げると鉄格子の門が待ち構えていた。既に扉は開いており、大輔はその先にいて何かを見つめている。僕も門を潜り大輔の傍に立つと目の前には目的地の館が建っており、そして目撃した瞬間僕はその圧倒感に立ち竦んだ。
回りは三メートル程の高さの煉瓦塀が囲っており、その中央奥に館があった。館と僕らの間を真っ白な道が十字を描き、その中心には円形のスペースと大きな噴水が設けられていた。あれは悪魔か何かの像だろうか、牙のあるゴブリンのような姿の像達が背中を合わせて一つの大きな壺を頭上に掲げ、その壺から水が吹き出していた。
そして、噴水の水を浴びるために集まったかのように左右には色とりどりの花々が咲き誇っていた。黄色、赤、ピンク、蒼。様々な色の花が埋め尽くしており、散歩コースとして中と外を回るように道が続いている。インスタ映えにはもってこいの風景だろうが、今の僕の興味は目の前の館だ。
赤みがかった屋根瓦。幾重にも壁を伝うツタのような植物。横長に伸びる建物の両サイドには先端の尖った屋根と丸みのある壁が空に向かっている。まるでロケットの様だ。窓が斜めに設置されていることから、おそらく中は螺旋階段。きっと最上階は館の主の部屋に違いない。
古くもなく新しくもない。程よく使い込まれているような壁のシミや痛み具合。館。ザ・館。ミステリー小説からそのまま出てきたような館。僕の興奮は限界点を突破した。
うっひょー! うっひょー! うっひょー! この雰囲気やっべー! やっべー! やっべー!
疲れなんてもう吹き飛んだ。口角もこれでもかと上がり、疲労の息切れから興奮の息切れへと転換。目はきっと爛々と輝いているだろう。
「おい大輔! 見ろよ、あれ! 館だ! 超館だぞ!」
「超というのがどこにあたるのか分からんが、まあ館だな」
「洋館! まさしく洋館! 絶対何か起きる匂いがプンプンしてくる!」
「あそこでイベントやるんだからそりゃ何か起きるだろ」
「雷鳴ったり霧が出てたりしたらもっと雰囲気出てたかもだけど、それでも十分な様相だ!」
「とてつもない快晴で天気が荒れそうにはないがな」
「おぃぃぃ! なんでそんなテンション低いんだよぉぉぉ! お前はこの凄さが分からんのかぁぁぁ!」
大輔の肩を掴んでこれでもかと揺さぶる。だが、大輔はあっさりと僕の手を払い、不思議そうに言った。
「逆に俺はお前が何をそこまで感動しているのかが理解できん。どこにその要素が?」
「全てだよ!」
「この庭もか?」
「あたぼうよ!」
グッ、と握り拳を見せて力説するが、大輔には届かないらしい。首を傾げて眉間にシワを寄せる。
「ざっと見て疑問が三つあるんだが、とりあえず一つ目にこの庭。花はたしかに綺麗だと思うが、あのゴブリンはどう見ても場違いだろ」
大輔の指差す方に噴水のゴブリン。たしかに、この花々の光景なら噴水には女神といった像の方が相応しいかもしれない。だが、大輔は知らない。ミステリー小説を読んだことのない大輔は知らない。この非一致性の構造が心をくすぐるのだと。
「ミステリーではな、ああいう像から物語が始まることがあるんだよ」
「ゴブリンから? まあ、たしかにRPGじゃ序盤のモンスターとして出るしな、ゴブリン」
「ゴブリンが重要じゃないんだわ。例えば、天使でも羽がもげてたり牙があったり角があったりすることがあってだな。一般的な姿とは違う形で登場することで物語の雰囲気を作り出す、云わばムードメーカーだ」
「ムードメーカー……えっ? じゃあ、ミステリーってこんな頓珍漢な雰囲気の物語なのか?」
何が頓珍漢じゃい! 緻密で先が読めないハイレベルな物語だよ!
「お前、それミステリーファンに言ったらぶっ殺されるぞ」
「ふーん、まぁいいや。次。あの館だけどさ」
「ほほう。さすがのお前も館に目が行ったか」
「ツタは伸びっぱなしで壁も変色してる所があるよな。何で手入れしてないんだ?」
分かってないぃぃぃ! お前は何も分かってないぃぃぃ!
「あ、れ、は! 館の雰囲気を最大限に活かす主催者の計らいだろ!」
「金が無かったとか暇がなかったじゃなく?」
業者に頼むと高くつくし自分でやろうにも時間が無くてね~、って近所のおっさんの雑草刈りとはわけが違うわ!
「金が無いんだったらイベントなんか開かないだろ!」
「そりゃそうか。でもあれ、普通に汚く見えないか? 人を招き入れるのに手入れしないとか常識的に――」
「手入れしてないんじゃなくてあれもミステリーの世界を担う重要要素なんだよ!」
「マジで!? ミステリーってそんな汚い世界なのか?」
この野郎ぉぉぉ! ミステリーファンを代表してぶん殴りてぇぇぇ!
「最後。これはもう根本からなんだが」
「何だよ?」
「なぜこんな山奥に館を建てたんだ? 交通が不便すぎるだろ。車も通れない一本道を駅から歩いて一時間以上掛かったし。そんな所に普通建てるか?」
そうだけどそうじゃないんだよぉぉぉ! 山奥に館があるという事実が大事なんだよぉぉぉ!
あまりの大輔の理解不足に僕は悔しくて地面に伏せて拳を叩きつける。
ダメだ、ミステリーを読まない大輔には何一つ理解できないのだろう。この状況が如何にミステリー好きなら涎も駄々漏れ大号泣レベルの感動シチュエーションだということを。
「大輔。頼むから一冊でいいからミステリー小説を読んでくれ」
「やだよ。俺は漫画一本。バトルもの一本」
「読めば分かるから。この状況がどれだけ感動するかが」
「感動は人それぞれで他人に押し付けるもんじゃないだろ」
「口で言っても伝わらないんだから大輔自身に知ってもらうしかないじゃんか」
「口で説明できないんなら雄吉のミステリー愛が足りないんじゃないか?」
「おいこら今なんつった?」
カチン、とくる大輔のその一言。睨みを利かせて目前まで顔を近付ける。
ミステリーが嫌い、興味がない人間はなぜこうも理解できないのだろう。たしかに、ミステリーで殺人事件は離せない関係だし、死を嫌でも連想させる。実際の罪としても重罪だ。ニュースで流れても良い気分にもなれないし、負の要素しかないのも否定はしない。
勘違いしないで欲しいが、別に殺人や血、死というものが特別好きなわけではない。犯罪もしたいとも思わないし、誰かを傷付けたいとも思わない。僕らミステリーファンは謎を解くワクワクやハラハラ、事件に纏り付く空気が好きなのだ。
山の中に建つ館。負の雰囲気を滲ませる外装。統一感のない庭。これだけでも十分にここに来た価値があるというものだ。この価値の重要さに感動している僕にミステリー愛が足りないだって? 大輔にはきっちり教え込まないといけないな。
「いいか、大輔。僕にとってミステリーは――」
「そこで何をしている!」
僕がミステリーの崇高さを講義しようとした瞬間、男性の叫ぶ声が聞こえた。
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