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 本当ならそのまま家へと直行しようも思っていたのだが、大輔から話があるといってマックへ寄っていった。そもそも、大輔が教室に来たのは僕に用があってのことだったらしい。


「それで、話とは?」

「学校で聞こえてきた女の子の正体は一体なんだと思う?」

「帰るぞ?」

「おいおい待て待て。冗談だよ」


 店の奥の二人席。対面している大輔が真剣な表情をしながら口を開いたと思ったらこれだ。誰だって帰ろうと思うだろう。だが、僕が席を立ちかけたら袖を引っ張って阻んできた。


「ちゃんと理由があるから待てって。せっかちだな、雄吉は」

「大輔が引き伸ばしすぎなんだよ」

「引き伸ばしたのは雄吉だろ。俺、お前がすぐ降りてくると思って下駄箱でしばらく待ってたんだからな」

「ん? 僕を待ってたのか?」


 ホームルームは十五時四十分に終わる。それからすぐに小説を読み始めて、大輔が現れた時間は鐘が鳴ったので十七時前辺り。となると、約一時間半近く待っていたことになる。


「今日大輔と約束あったっけ?」

「いや、ない」

「じゃあ何で待ってたんだ?」

「フッフッフ……それはだな……ズズー」

「そのタイミングでコーラ飲むなよ」


 と言いながらも、僕も買ったコーラを口にする。冷えた炭酸と甘い味が渇いていた喉を心地よく刺激する。


「では問題です。今日は何月何日?」

「六月三十日」

「そう! 六月三十日です!」

「……」

「……」


 ……いや、だから?


「おいこら。『だから何?』みたいな顔するなよ」

「そうとしか言いようがないんだが」

「バカヤロ! 六月三十日が何の日かお前は知っているはずだ!」


 知ってる? 僕に関わる何かがあるというのか?


「え~と、有山悠一の新作発売日に緑山有吾のシリーズ作で黒幕が明らかになった日、大田原詩織のミステリーがドラマ化発表したのもこの時期だったかな。あとミステリー大賞の発表日……は七月だしな」

「ミステリーから離れろ! ミステリーは会話のドロドロの始まりと云うだろが!」


 云わねぇよ。嘘つきは泥棒の始まりみたいなノリでミステリーを卑下するな、こら。


 とはいえ、一応今日が何の日だっただろうかと思考を巡らせてみるが、特に思い付くことはなかった。


「ごめん、全く思い付かない」

「はぁ~。俺は情けないぞ、雄吉」


 大輔の落胆にちょっと不安になってきた。今日はそれほど大事な日だったのだろうか。


「ちょっと待って。六月三十日って本当に何の日なの?」

「ホントに気付かないんだな、雄吉」

「マジで思い付かない」

「しょうがねぇな。なら思い出させてやる」


 僕は居ずまいを正し、大輔の口から発せられる台詞に耳を傾ける。


「雄吉。お前の誕生日はいつだ?」

「六月二十七日」


 つい三日前に僕は誕生日を迎え、十七歳になった。そういえば、大輔からお祝いの言葉もプレゼントも貰っていないな。


「そう。それは三日前のこと。言い換えるならば、お前の誕生日から三日経っているということだ」

「そうだな」

「そして、俺はお前に誕プレを渡していない」

「自覚があったか」

「つまり!」

「つまり?」

「今日六月三十日は俺こと萩原大輔が“親友の白井雄吉に誕プレを渡さずに三日経過した日”なのだ!」


 ……いや知らねぇぇぇよそんなことぉぉぉ!


「これくらい難なく解いたらどうだ?」

「無茶振りにもほどがある!」

「ミステリー好きが聞いて呆れる」

「さっきミステリーから離れろとか言ってなかったか!?」

「お前の将来が不安だぜ」

「こんなんで将来が決まってたまるか!」


 むしろこんな頓珍漢な回答出してくる大輔の方が不安だろう。これほどの自分勝手さの会話、生まれて初めて聞いた。


「真剣に考えた僕の時間返せよ……」

「時間は戻らん。返すことも借りることもできない。だから大事にしろよ」

「どの口が言ってんだ」


 もういや。大輔の思考がまったく読めない。一体何を考えてこんなことを言っているのだろう。


「まあ、ごちゃごちゃ言っているが、要は“誕生日に誕プレが用意できずに三日経過して悪かった。ようやく誕プレが渡せる”ということだ」

「普通にそれでいいじゃん! なぜそんな面倒臭い回り道を!」

「誕プレはサプライズが相場だろ? ただ渡すだけなんてつまんねぇじゃん。これでも色々考えてたんだせ、俺?」

「その結果がこれか」

「俺も正直途中から修正が利かなくなって困ってたところだ」


 誕生日プレゼントを用意してくれてサプライズも考えた。ホームルーム後に声を掛けずわざわざ下駄箱で待ったいたのも、女の子のテレパシーやらで話を逸らして誕プレを気付かせないようにしたのもこのためだったと言う。内容を聞けば喜ばしいんだが面倒臭い。ありとあらゆることが面倒臭い。


 大輔も自分の計画の遥か斜めへ進行したことで焦りがあったようだ。すまん、と両の手を合わせて謝ってくる。


「もういいよ。誕プレくれるなら早く渡してくれ」

「有り難みが感じられんな」

「お前のせいでな」

「だが、この誕プレを貰ったらそんな気分なんか吹っ飛ぶと思うぜ?」


 ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる大輔。いや、もう遅いよ。ここで勿体つけたところで効果はないから。


 手を差し出して受け取ろうとしたが、大輔は僕の手に渡さずテーブルの上にその誕プレであろう一枚の封筒を差し出した。


「ま、まさかお金か?」

「アホ。友達の誕プレにお金出す奴がいるか」

「そりゃそうか」


 僕は封筒を手にし、裏表ひっくり返して眺めてみた。文字も書かれていないただの白い一枚の封筒。ただ、一点だけ目を留める箇所があった。


「凝ってるな。シーリングスタンプで封をするなんて」


 封筒の口は一般的な糊で閉じているのではなく、洋画でたまに見かける蝋の上から判子で押し閉じるシーリングスタンプだった。赤い蝋が固まり、これは桜か何かだろうか、真ん中には花びらの模様が描かれている。


「すげーだろ。ただ蝋で閉じただけなのに高級そうというか、重要そうな雰囲気が滲み出てる」

「たしかに」


 洋画でも最高機密事項が書かれたメモやら身分が高い貴族が使っているシーンが多いイメージがある。だからだろうか、雑な扱いをしていけないような錯覚をしてしまい、指二本で雑に持っていたのをわざわざ両手で持ち変えた。


「ちなみに封筒は百均で、ツーリングスタンプはネットで二~三千円ぐらいだったからお手軽だった」

「そういうのは口にしないのが礼儀と言うんだよ、大輔」


 それでも僕は丁寧にテーブルに置くと、貴族に倣うように鞄からペーパーナイフ……は持ってるわけないので代用としてカッターを取り出し口を切る。


 ミステリー小説なら招待状が入ってるんだよな~。


 主人公の元に突然送られてきた招待状。内容は様々だが、その招待状を持って訪れた館やら山荘で殺人事件が発生。クローズドサークルミステリーでは定番中の定番。物語の全ての始まりであるたった一枚の封筒。


 まぁ、あれは空想の世界。現実であんな事態があるわけがない。


 おそらくどこかの遊園地のチケットか、もしくは映画の試写会といったところか。図書券の可能性も高い。僕はミステリー小説をよく読むから図書券が入っていたら嬉しい。


 封を開け、指を入れるとやはり中には紙の感触が。表面はツルツルしていて、チケットか何かと検討がつく。


 予想通り。この歳で遊園地というのもあれだが、有り難く戴いておこう。彼女でもいれば話は別だが、あいにく恋人はい、な……い……。


 中身は遊園地の招待状と決めつけていたので、本当の内容を知った瞬間カッ、とこれでもかというぐらい目が開いた。


「おおおお……おおお……おおおおお!」


 声が震えるから体が震えているのか、それとも体が震えているから声が震えているのか、とにかく興奮の最高潮が僕を支配する。




 【不知火館ミステリーイベント参加招待状】




 取り出した紙の一番上に刻まれた文字に僕は釘付けだった。


「ここここ!」

「これか? 二ヶ月前にネットで募集してたから応募したんだよ。そして見事当選。俺くじ運パネェだろ」

「なななな!」

「何でだって? 雄吉ミステリー好きだろ? こういうイベント好きだと思ってさ」

「にににに!」

「偽物じゃねぇよ。本物だ。ちゃんと送られてきたんだから。雄吉にはもってこいのプレゼントだろ?」

「ずらっしゃぁぁぁ!」


 これまで放ったことのない歓喜の叫びが迸る。オリンピック選手が金メダルを取った時のように、僕は招待状を頭上に掲げた。


 

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