多目的トイレの正しい使い方

@turutokugorou

第1話

俺は鶴徳、駅前のいつもの居酒屋に立ち寄った。

店の中ではおでんを焚いているので、その熱気が充満しており生暖かった。

店に入ると一瞬眼鏡が曇る。

店の中を見渡すと、カウンター席にいつもの田村の姿が見える。

今日も俺好みの美少女はいない。

田村は俺を見つけると手招きして自分の横の席に就けと、合図を送ってくる。

またロクでもない雑談でもする気なのだろ、断る理由もないので俺も田村の横に座った。

駆けつけてくる店員にハイボールと枝豆を注文する。

田村は俺の方に体を向けると語りかけてきた。

「今、コロナで緊急事態宣言が発令されているに。飲み屋で雑談するという設定はどうなんだ?」

ーーーそうゆうメタ的な発言はやめろ。

「あと居酒屋なんでお前好みのロリコン美少女は絶対居ないから。未成年来ないから」

ーーーそこは両親に連れられてたまたま来ました。とか色々シュチュエーション考えられるやろ。

「どんな低確率のイベントやねん。そもそも親に連れられてホイホイと居酒屋についてくるような女がお前の好みの女なんか」

ーーーそう言われると違う気がする。俺はちょっと影のあるインテリロリコン美少女が好きなのだ。

「じゃあやっぱり発生確率ゼロパーセントのイベントじゃん」


クソ、こいつはいつも俺の楽しい妄想を否定してくる。

俺「筒井康隆って作家がいるやろ」

田村「ああ知っている、”探偵ナイトスクープ”のご意見番やろ」

”探偵ナイトスクープ”とうは関西ローカルで放送しているバラエティー番組で以前は筒井康隆も”かしこ”代表として出演していたのだ。

”探偵ナイトスクープ”は大阪では人気の長寿番付なので大阪人としては正しい反応だ。

だがたぶん全国的にはずれているのだろう。

筒井康隆と言えば代表作品は”時をかける少女”である。映画化もされてヒットした。・・らしい。

時をかける少女はあまりエンターテインメント性が高い映画ではなかった。インディージョーンズや映画刀剣乱舞ー継承のようなハラハラドキドキするような作品ではないが雰囲気がとても良くて知的な作品だった。

田村「そこの映画の例に、刀剣乱舞が入っているのがお前らしい、一部のお姉さんにしか文意が伝わらんぞ」

ーーーほっとけ

時をかける少女の文学的な表現に振った映画表現や、”探偵ナイトスクープ”での筒井康隆の扱いを見ていて”なんか偉いおっちゃん”なのだろうと思っていた。

俺「そんで、筒井康隆の”七瀬ふたたび”という小説を図書館で借りて読んだんだが」

田村「そこは買えよ!」

俺「まさかの展開だった。なんかエロい」

田村「マジか。」

俺「うーん、主人公の七瀬という女の子は他人の心が読めるエスパーなんだが。なまじ七瀬が美人なので、常に周りの男から好色な目で見られているのが分かってノイローゼになる話だった。」

田村「えーそんなに?」

俺「なんか。作品の中で道行くひとが七瀬の顔を見ると”セックスしてー”、”フェラチオしてほしい”とか考えるのが伝わるの」

田村「あーあ、今の発言でこの話の個人レーティングが『性的表現あり』確定な」

俺は田村の突っ込みを無視して続けた「さすがにそれはないと思うねん。前に美人が居たら”おーー”とテンション上がることはあってもいきなり肉体関係の妄想なんかしない。そのあたりに作者自身の狂気を感じてしまって。そんなおっさんが文学会の大御所扱いを受けているのはどうかと感じる。」

田村「確かにそんな変態が”探偵ナイトスクープ”のかしこ席に座ってると違和感あるな」

俺・・・・

俺「しかしたった一個の作品で筒井康隆の評価を決めてしまうのも早計な気もするので次の作品に手を付けた。”ビアンカ・オーバースタディー”というラノベ作品(950円税別)」

田村「知らねーな、それ。で950円払ったかいはあったんか」

俺「うーむ、この本は貰い物なんで金は払ってない」

田村「うわー、また金出してないんか、いい加減キモイなこの男。で本の内容はどうやったん」

俺「未来人が出てきてSF展開するんだが・・・なんかエロかった。序盤に主人公で美少女のビアンカが学校の男子の精子を絞りだして冷凍保存していた自分の卵子と受精させる実験が出てくる。」

田村「なんかーーー、というレベルじゃなくてガチエロやん」

俺「・・・・ちなみにイラスト書いてるのが”いとうのいぢ”」

田村「筒井ーーー、俺のいとうのいぢキャラに何やらせとんねん!!!」

店中に俺と田村の声がこだまする。

そこに居酒屋の店主が俺の注文したハイボールと枝豆を持ってやってきた。

店主の親父は慇懃に俺の前にジョッキと枝豆の皿を置くと「鶴徳さん、他のお客さんの迷惑になるのでもう少し静かにしてもらえませんか」とにらんできた。

俺は引きつった顔で愛想笑いをするだけだった。俺は話をそらすために「あとついでに鶏の唐揚げもちょうだい」とオーダーする。


店主は言いたいことを言うと店の奥側の指定位置にまた戻ってゆく。

だがその視線は自分たちの方に向けられたままだった。

田村もバツが悪そうに俺をにらむ。

田村「どうすんだよ、トイレ行きにくくなったじゃないか」

この店のトイレは、店の奥まったところにあるためトイレに行くには、あの人を刺すような目線の親父の目の前を通らなければならない。

たしかに気まずい。かと言って酒を飲んでいればトイレに行きたくなることは避けられない。

俺「それなら隣の岸〇ビルの一階のトイレを借りればいい」

岸本ビルは店の隣にあるテナントビルである。前はすごいボロビルだったが全面改修してとてもおしゃれなビルに生まれ変わっていた。

赤十字の献血ルームやらキャンプ用品を扱うテナントなどが入居していた。

田村「え、岸〇ビルのトイレ?使ったことないからよく知らないが」

俺「とてもいいトイレだ。2階のトイレは一般的なテナントビルのトイレだが一階のトイレは男性用個室トイレ1個と女性用個室トイレ1個と多目的トイレ1個の3個編成になっている。でこの一階のトイレがすごく広い」

田村「というとどれくらい広いの」

俺「男性用でもまあ3畳はあるな、多目的トイレはさらに広い。多目的トイレは男女共用になっていて誰でも使うことができる。男性用トイレに先客がいたときは俺もちょいちょい使わせてもらう。四畳半ぐらいはあると思う」

田村「それは広いな、四畳半あったら二人、三人で入っても狭くないだろな」

俺「三人って、お前が多目的トイレっで何をしようと考えているんかあえて聞かないが。アンジャッシュみたいにはなるなよ。赤ちゃんのオムツを変える簡易ベッドとか、女性用に生理用ナプキンを捨てる専用のごみ箱とか色々設置しているが圧迫感は全くないな。コンセントも水道もあるし余裕で住める」

田村「さすがに、住んだらあかんって」


生理用ナプキンのごみ箱の話をしていて思い出したことがあった。

俺「あー、時に人間の細胞の中で最大の細胞ってないか知ってるか、それは卵細胞なんや。卵細胞は大体0.1mmから0.2mmぐらいの大きさがある」

田村にはいきなり何の話が始まったのか分からないが「それぐらいならギリギリ肉眼でも見えそうやね」と相槌を打った。

俺「そう確かに肉眼でも見られる。だからトイレのごみ箱に捨ててある生理用ナプキンを虫メガネで丹念に調べれば、そこについていた血の中から卵細胞を見つける事は十分可能だ。」

田村「あの、ちょっと鶴徳さん、なんか今不穏当な発言があったと思うのですが・・」

俺「これは大御所の文豪が書いたとあるラノベ小説で知ったんだけど」

田村「その大御所文豪にも、とあるライトノベルにも何故か俺心当たりあるんだが・・・」

俺「卵細胞というのは簡単に冷凍保存が効くのよね。で使うときには37度のお湯で解凍すればOK。その解凍された卵細胞を培養するためにCZB培地に移してそこに精子を注ぎ込んと、その精子たちは内部に蓄えられたATPというエネルギーを使って尾びれを動かし卵子に次々に群がっていくわけだ。そのうちの一個の精子が頭を卵細胞にねじ込むとあれだけくねらせていた尾びれは活動を停止してしまう。

この相互反応が起きると、頭を突っ込んだ精子の周りに受精膜が発生して5~6分で卵子全体に広がる。

この受精膜によって以後、他の精子は卵子に侵入できなくなってしまう。そして卵細胞に一番乗りを果たして動きを止めた精子はやがて尻尾まで卵細胞に取り込まれることで受精が完成するというわけだ。うん。科学実験はやはり素晴らしい!!!」

田村「いやーもうそれ犯罪臭いんですが。ホンマにあかん案件や」

俺は息巻いて「何が悪いねん、生理用ナプキンはゴミ箱に捨てられていたんや、それはつまり所有権の放棄や。所有権を放棄したものをお持ち帰りしても窃盗は成立せんのや」

そんな言い合いをしているといつの間にか店の店主は俺たちの背後に迫ってきていた。

店主「ほんまにあかんのは、店の中で大声で騒ぐお前ら二人や、出て行け!!!」

俺と田村は首根っこをつかまれて二人とも店の外につまみ出されてしまった。

俺「あーーー俺、まだ鶏のから揚げ食ってないぞーーーどうしてこんなことになった」

田村「多目的トイレを正しく使っていなかったからでは」


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