07話.[長く生きてくれ]

「よ……っと、小さいのが釣れたぞ」


 なんかそれを見たらしんみりとした気持ちになってしまった。

 体は大きくても中身は小さいままだから突き刺さるんだ。

 とりあえずまだまだ大きくなってもらわないといけないからリリースしておく。

 頑張れ、それでいいオスかメスに出会えよ。


「父さん……どうした?」

「……全く釣れないんだ」

「時間はあるんだからゆっくりすればいいだろ」


 こういうところが父の面白いところだ。

 母曰く職場では滅茶苦茶真面目な人らしいのにな。

 休みになれば誰だって変わるか、厳つい上司もペットの前ではふにゃふにゃだろうし。


「貢、どうして奈々美ちゃんに振られちまったんだ?」

「おいおい、なんで名前で呼んでるんだよ……」

「実はこの前、帰っている途中に会って話しかけてきてな」


 コミュニケーション能力が高いやつってすごいな。

 大して話したことのない、しかも同級生の父親に話しかけられるんだから。


「残念だ、唯一可能性がある子だったのに」

「実は受け入れられたんだよ」

「えっ」

「ま、釣ってくるわ」


 水が綺麗でただ流れているところを見るだけでも気が紛れる。

 どうしようもない気持ちはここに流してしまえばいい。

 物理的に汚すわけではないから誰にも文句は言われない。

 欲がないのか意外とぽんぽんと釣れて楽しかった。

 対する父は「釣れない……」と少し寂しそうだったが。


「腹減ったから飯でも食べに行くか」

「分かった」


 車で少し移動してコアなお客が来そうなそんな店に寄った。

 蕎麦とかとんかつとかがあるみたいだからとんかつ定食を注文して食べた。


「……食べたらまた釣りに行くぞ」

「そうか、付き合うよ」

「おう、絶対に一匹だけは釣ってみせるっ」


 チェーン店だろうが満足できる人間だから普通に美味しかった。

 外食というのをあまりしないからそういうのも影響しているかもしれない。

 奈々美とファミレスに何度も行くことはあったが、その際もドリンクバーで粘るような店側からすれば迷惑であろう戦略でいたわけだからな。


「同じ場所で戦うべきだよな」

「別にいいけど」


 釣れようが釣れまいが結果はどうでもよかった。

 家にいるしかなくて、ぼうっとしているしかないぐらいなら遥かにこの方がマシだ。


「つ、釣れたっ、釣れたぞっ」

「よかったな」

「しかも大きいっ」

「生きてるってことだよな」


 もしかしたら襲われて終わるかもしれないそんな環境で頑張って生きてるんだ。

 俺なんかよりもよっぽど頑張ってるな、長く生きてくれ。


「リリース! さて、そろそろ帰るか」

「はは、一匹釣れたら満足するのかよ」

「いいんだよ、釣って食べることが目的じゃないからな」


 そうか、考えて動いてくれたのか。

 父も似たような経験があったのかもしれない。

 って、俺のは俺が悪いということで終わってしまう話だが。


「少しはマシになったか?」

「ああ、ありがとな」

「礼なんて言わなくていい」


 それに俺的には友達としても一緒にいられないことの方が問題だった。

 後にも先にも友達と言えるのは奈々美だけだったから余計に影響を受けている。

 いい方にであれば問題もなかったんだが、残念ながらそうはならなかったわけだ。


「もう着くぞ」

「おう……おう?」


 家の前に何故か小栗が立っていた。

 俺の家は知らないはずなのにどうしてここにいるんだという気持ちと、仮に知っていてもどうしてここにいるんだという気持ちと。


「あの子は友達か?」

「いや、奈々美の友達なんだ、降りるわ」

「分かった」


 駐車をして父が家の中に入ってから彼女と向き合う。


「今日はどうしてここに?」

「特に用事というのはないんです」


 それなのによく来てくれたもんだ。

 普通は離れようとするところだと思うが。


「お父さんとどこかに行っていたんですか?」

「ああ、釣りにな」

「いいですね」


 確かに楽しかった。

 釣れていなくても多分同じように過ごせたと思う。

 まあ結果論だからそうなった場合はどうなるのかなんて分からないけども。


「奈々美さんと一緒にいたいですか?」

「そりゃまあな」

「奈々美さんのお家、行きますか?」


 いやと断っておく。

 いかに自分勝手な人間とはいえ、そこまではできないんだ。

 それに近づくなと言ってくれたのは小栗だぞ、もう忘れてしまったんだろうか?


「飲み物でも飲んでいくか? オレンジジュースぐらいなら出せるぞ」

「いいんですか?」

「おう、せっかく来てくれたんだからな」


 中に入ってもらうまでもなかったから注いで持ってきた。


「ほい」

「ありがとうございます」

「だけどこういうことはもうやめろよ? ……八木的にも近づいてほしくないんだろうし」


 あのとき小栗を連れてどこかに行ってしまったしな。

 そりゃ友達が変な奴と一緒にいたら気になるよな。


「それとこれとは別ですから、それに家にはひとりでしたからね」

「はは、家ではひとり人間がいっぱいいるな」

「そういうものじゃないですか? いま頃専業主婦でいられている人は少ないと思います」


 相変わらず言うときは言う人間だから面白い。

 とはいえ、やっぱりこうして集まっても仕方がないんだよなと。


「少し歩きませんか?」

「いいぞ、ちょっと待っていてくれ」


 手を再度洗ってから出てきた。

 あとはどこかに寄ってもいいように少量の小銭も持って。


「行くか」

「はい」


 あのときと同じく行きたいところに行ってくれと頼んだ。

 まず彼女が向かったのは寂れているわけでも、人気なわけでもないあの公園だった。


「……連れてきてくれてありがと」


 だが、まあそういう作戦だったんだろうなとすぐに分かった。


「帰ったりするなよ」

「しませんよ、奈々美さんに意地悪をされても困りますから」

「はは、だったら連れて行くなよ、小栗の独断で違う場所に移動させることもできただろ?」

「それはできませんよ、何故なら奈々美さんから頼まれていましたからね」


 それはまたなんとも……奈々美の命令なら当然だと言わんばかりの態度だ。


「私の家に行かない?」

「私は構いませんよ」


 ふたりがこちらを見てきたが駄目だろと言わせてもらった。

 自分達が距離を作ると決めたんだから徹底するべきだ。

 またこの中途半端な距離でいられると勘違いもしてしまうかもしれない。


「いいから行こうよ、私が言ってるんだから」

「……じゃあ、小栗も行くならな」


 小栗は「だから行くって言っているじゃないですか、帰れと言われても帰りませんからね」とこちらを冷ややかな目で見てきつつそうぶつけてきた。

 はっきり言ってくれるところは好きだ、ただ、なんとも言えない気持ちにはなるが。


「だから帰るなって言っているだろ」

「真似をしないでください」


 ささっと行ってささっと済ませてくるか。

 多分悪いことにはならない。

 逃げ場のない場所に連れて行ってふたりでボコボコにするとかそういうのじゃないだろう。

 まあ願望なところもあるかもしれないが、そういう系じゃないことは知っている。


「藍ちゃんはこっちで貢君はここね」

「指定なんかしてどうするんだ?」

「逃さないためにだよ、最悪の場合は藍ちゃんと一緒に捕まえるから」


 ここまで来ておいて逃げないだろ……。

 大体捕まえるって俺はポケ◯ンかなんかか? あいにくと一度もやったことがないがな。


「奈々美さん大丈夫ですよ、藤村さんは逃げません」

「む、なんか理解度が高いみたいだけど……」

「一応、数回は一緒に過ごしたわけですからね」


 そうだ、家に入っておいて逃げたりなんかしない。

 変に抵抗する方が面倒くさいことになるからこれでいいんだ。


「それでどうするんですか? こうして藤村さんは来てくれたわけですが」

「……どうしようか」


 決められていないとこちらは困る。

 しっかり決めてからこちらを呼んでほしいぐらいだ。


「考えていなかったんですか? 連れてくるまでに考えておくと言っていたじゃないですか」

「う、うるさいうるさいっ」

「じゃあうるさい人間は帰ります」


 奈々美は俺ではなく小栗を捕まえる羽目になっていた。

 自業自得だ、協力してくれている相手に言うべきことじゃないしな。

 彼女は帰ることを諦めたらしく、結構離れた場所に座り直した。


「私は黙っているのでふたりだけで話し合ってください」

「す、拗ねないでよー」

「拗ねていません、それに早く元通りになってくれないと毎日電話をされて面倒くさいので」

「ひどっ!? そんな風に思っていたのっ?」

「はい、だって一緒にいたいのに一緒にいないで愚痴を吐いているだけなんですから」


 そう言って小栗はリビングから消えた。

 ただ、出ていくことはしていないみたいで扉が開けられるような音は聞こえてこなかった。


「なにもないなら帰るぞ」

「……だめ」

「じゃあどうするんだよ?」


 なにもやることがない。

 彼女の中のなにかが変わらない限りは変わらない。


「……私は貢君のことが好きになったんだよ」

「知ってる」

「でも、貢君の気持ちは偽物だったんでしょ?」


 人間としては好きだ。

 明るくて優しくて可愛くて真面目で、俺にはないいいところばかりがある。

 ただ、あれは振らせて関係を終わらせるためにしたことだ。


「仲良くしたいという気持ちはある」

「……つまり特別に好きというわけじゃないってことだよね?」

「俺は最低野郎だからな」


 友達のままの方がこういうことは起こらないのかもしれない。

 恋人になれなくたって一緒にいられればそれだけで満足できると言える。

 なら、このままでいいのではないだろうか?

 それが俺の答えだ。

 だが、彼女からすれば違うから難しいんだ。


「もっといっぱい過ごしたら好きになってくれる?」

「おいおい、いいのか?」

「……だって一緒にいたいから」

「まあ……八木が来てくれるということなら相手をさせてもらうけどさ」


 結局、こういう甘い話に負けてしまうのが俺だ。

 目先のことしか見えていなくて損ばかりする生き物かもしれない。

 ただまあ、矛盾まみれの人生でも誰かに迷惑をかけたくて行動しているわけじゃないから許してほしかった。


「……なんで名字呼びなの?」

「もう終わったと思っていたからな」

「終わってないよ、優しい私がいてあげるんだから」

「はは、そうだな、八木は優しいな」


 そうでもなければ来てくれはしないだろう。

 だからといって、周りの人間が薄情というわけではない。

 彼女がおかしいとも言えてしまうレベルだった。

 まあ、言ったりはしないがな。


「というわけで、名前呼びに戻してね」

「俺はあんなことをしたんだぞ? いいのか?」

「……もういいよ、それでも私は一緒にいたいと思っちゃっているんだから」

「分かった」


 相手がそう言うなら今度は真剣に向き合うだけだ。

 それでもとりあえずは小栗もいるわけだからふたりきりでいるのはやめた。


「私、お邪魔じゃないですか?」

「邪魔じゃないぞ、小栗の存在は必要だ」

「なるほど、つまり藤村さんは言葉攻めされて喜ぶ人だということですね」


 なんでそうなった……。

 あ、小栗=はっきり言う人間ということで、その相手にいてほしいと言っているからか?

 自分をどんな人間だと考えているんだよ、あと俺を勝手にMな人間にするな。


「でも、奈々美さん的にはやっぱりお邪魔なようです。残念ですね、あれだけ毎日電話で話を聞いてあげていたというのに」

「俺と一緒で自分勝手なのかも――痛え! や、やめろってっ」

「余計なことを言う貢君が悪いんだよ」


 結局、直そうとしてもすぐには直せないということが分かっただけだった。

 十六時頃に解放されて小栗と一緒に外に出た。


「疲れました、今度はこんなことに巻き込まないでくださいね」

「なるべく気をつけるよ」

「ふふ、冗談です、それでは――」

「送るぞ」


 もう秋が近づいているからなのか、それとも既に秋だからなのか暗くなり始めていた。

 それでもまだ明るいからいらないかもしれないが、今回のことで世話になったからこれぐらいはさせてほしいということで言わせてもらった。

 まあこれでも奈々美からしたら余計なことなのかもしれないが……。


「私の家を知ってなにがしたいんですか」

「なんにもしないよ、今回のことで迷惑をかけたからな」

「そうですか、まあそうですね」


 奈々美相手にも隠さなかったところが今日の発見だろうか。

 それでも友達のままでいられているのは奈々美の優しさか、それとも彼女のはっきり言うところを奈々美が気に入っているだけなのか。

 どちらにしても、関係が長く続かない俺からしたらいい組み合わせのようにしか感じない。


「おーい!」

「奈々美さんですね」


 それは見れば分かる。

 ただ、せっかく先程解放されたのにこれでは意味がないだろう。


「私も送るよ、迷惑をかけちゃったから」

「そうですか、藤村さんといたいだけなのだとしてもそういうことにしておきます」

「ちょっ、さっきからなんか冷たくないっ?」

「当然です、それだけのことを奈々美さんはしてくれたんですからね」


 それでも責めているような感じは伝わってこなかった。

 意外と近ったからそんな微笑ましい感じもすぐに終わってしまったが。


「はぁ、藍ちゃんは私のことが嫌いなのかな?」

「それは違うだろ、そうでもなければ俺を呼ぶために家に来たりはしない」

「……だ、だよねっ、嫌われているわけがないよねっ」


 別れてからは再度奈々美を送るために来た道を引き返す――って、なんで来たんだよ……。

 奈々美に関してはいつも送っているからこの道は飽きてしまった。

 とはいえ、違うルートで行くと遠回りすることになってしまうしで難しい。


「……やっぱりすぐ優しくしようとするんだから」

「迷惑をかけたからな」

「ちょっと格好つけたがるところがあるよね」


 ……他者に気に入られようと動いているところはあるからなにも言わなかった。

 そうしたら「やっぱり」と奈々美がぶつけてきて中途半端な気持ちになった。

 人に好かれようとするのは当たり前だろう。

 俺は誰かといられないと嫌だからな、そこら辺りの女子よりよっぽど乙女的な感じだしこればかりは仕方がない。


「まあいいや、許してあげる」

「それはありがとよ」

「貢君」


 足を止めたら横から奈々美が抱きついてきた。

 ……これはやべえな、正面からされていなくてよかったかもしれない。

 初めて異性に、同級生に抱きつかれたというのに抱いた感想はそんな邪な感じだった。


「好きだよ、偽の告白でもどうでもいいぐらいには」

「そうか」

「うん、それに好きになってもらえるように頑張るから」


 別にいまから頑張る必要なんてなにもない。

 俺には奈々美が必要だ、俺こそ過去にしたことをなんとかするために頑張らなければ。

 言ったら必要ないとか言い出しそうだから言わないでおいた。

 余計なことは言わない方がいい。


「……って、受け入れてくれる?」

「違うだろ、受け入れるかどうかを決めるのは奈々美だ」

「じゃあ受け入れます」

「はは、そうか、ありがとよ」


 でも、今日は疲れたからもう帰ろう。

 充実した一日だったことには変わらないから珍しくすっきりとしていた。

 そして多分どころか間違いなく父は喜んでくれるはずだ。

 もう釣りに誘ってくることはないだろうが……。


「来週も釣りに行くぞっ」


 今度は海で釣りをしたいということだった。

 あと、やはり喜んでくれた。

 ……正直に言って鼓膜が破れるんじゃないかってぐらい大声で高校生とか若い人間かよとツッコミたくなったぐらいだった。


「それより貢、どうせなら連れてきてくれればよかっただろ?」

「いや、ちょっと疲れてな」

「そうか、ただじっとしているだけでも疲れるよな」

「父さんなんて運転もしているからもっと疲れているだろ?」

「いや、俺は運転をするのが大好きだからな」


 そうか、なにか大好きなことが俺にもできればいいが。

 だがまあ、いまはそれよりも奈々美のことだろう。

 ちゃんと向き合っていかないとならないからな。

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