05話.[確かにそうだな]
「藤村さん、なにも言わずに付いてきてください」
「分かった」
放課後、小栗が来て急にそんなことを言ってきた。
ちなみに奈々美は用事があるとかですぐに帰ったからここにはもういない。
「用があるのはこのお店です」
「そうか、なにか買いたいのか?」
「はい、奈々美さんのお誕生日がもうすぐきますので」
なるほどな、ということはこの店はまだ序盤に過ぎないということか。
世話になっているから俺もなにか買おうと決めた。
ただ、好みが全く分かっていないから難しい問題だ。
小栗に聞くのもずるい感じがするから考えまくった。
「小栗、奈々美ってどういう物が好みなんだ?」
「難しいですね、食べ物であれば甘いものが好きですけど……」
が、いくら考えようと出てこなかったから諦めて聞いた。
……当日の朝にでも時間を貰って本人が気になった物を買ってもらえばいいか。
あまり好みではない物をプレゼントして、嬉しいよなんて世辞を言われても嫌だからその方がいいだろう。
大体、ちゃんと話すようになってからはそう時間も経過していないんだから、そんな人間からなんらかの物をプレゼントされても困るだろうからな。
「私はこれにします」
「はは、内緒にしたってことか」
「ふふ、奈々美さんもあなたが考えて購入してくれた方が嬉しいでしょうから」
九月十五日が誕生日だというからまだ余裕はある。
だが、朝は忙しいだろうから前日に時間を貰うとしよう。
世話になっているからなにか礼をさせてほしい、そんな切り出し方をすればいい。
「あ」
「ん? どうした?」
「これが懐かしいなと」
「ああ、確かにそうだな」
店によってはそもそも設置されていないところもある。
大抵は視界に入っても特になにも感じないで終わるだけの存在だ。
それでもたまにおっとなることがあるから面白い。
人間というのは気まぐれな性格だから、まあそんなものだろうな。
「十円だしたまにはいいんじゃないか?」
「でも、噛みながら帰るというのもお行儀が……」
「別に嫌ならやらなくていい」
結局、彼女は十円を入れてひとつだけ手に入れていた。
口に含んで、口を手で見えないようにしながら歩いている方がおかしかった。
「あっ」
「よう、用事は済んだのか?」
「うん、荷物を受け取るために早く帰っただけだから」
いまから俺の家に行こうとしていたところだったらしい。
その割にはなんとも言えない場所で遭遇したわけだが……。
「今日はありがとうございました」
「おう、こっちこそありがとな、それじゃあな」
小栗と別れて歩いていたら腕を優しく突いてきたから意識を向ける。
「なにをしてたの?」
「買いたい物があるって言うから付いていってたんだ」
「そうなんだ」
ここで話すわけにもいかないから一応考えて発言してみた。
が、下手くそすぎて微妙な感じになってしまった。
「奈々美、公園に寄らないか?」
「公園? 別にいいけど」
ベンチでもブランコでもない、ブランコ前に設置してある鉄製の枠みたいなものに座った。
彼女は正面のベンチに座って違う方を見ている。
「あのさっ」
「おう」
「……貢君の中にあの気持ちって残ってる?」
「迷惑をかけたくないからな、頑張って捨てたよ」
実行した作戦は全て失敗した。
それだというのに悪い方には傾かなかった。
いまなら分かる、彼女が優しいからだ。
おかしいわけでも、俺が馬鹿だというわけでもない。
「……だから次は藍ちゃんとってこと?」
「それは違う、今回のはただ頼まれただけだからな。小栗も悪くないけど、俺は奈々美といられた方がいいからな」
慣れない相手だから少し疲れるんだ。
あと、いつか言葉で切られそうだから怖いというのも少しある。
その点、奈々美は絶対にそんなことを言わないから安心できるんだ。
思っていてもいい、口にしなければ知らないままでいられるわけだから。
「奈々美だけが友達だ」
「分かった、信じるね」
「おう、信じてくれ」
あのときみたいにはできなかった。
一緒にいる時間を増やせば増やすほど近くにいてほしいと考えてしまう。
他者を優先してくれればいいと確かにそう思っていたはずなんだけどな……。
「でも、やっぱり気になるよ、藍ちゃんと一緒にいる時間が増えているし」
「奈々美が構ってやれば来なくなるよ」
「……分かった、私としては藍ちゃんや貢君といる時間の方が大切だから変えるよ」
「あんまり極端になるなよ?」
「大丈夫っ、上手にやるからっ」
本人が決めたことならとやかく言うのはやめよう。
来てくれるのならありがたいし、疑われることもなくなるわけだし。
「なので、貢君のお家に行こうっ」
「ん? まあどうせ帰らないといけないからな」
「でしょっ? レッツゴー!」
元気いっぱいな彼女を見たら自然とこちらも笑ってしまった。
そういう見えないパワーというのがあるのかもしれない。
言葉にも力が宿っていると言うし、案外馬鹿にはできないことだ。
自分が暗いわけでも明るいわけでもない人間だから彼女みたいな存在は近くにいてくれるといいのかもしれなかった。
「それでいいのか?」
「うんっ、最近はこれが気になってたんだっ」
誕生日前日、決めた通り時間を貰っていた。
案外すぐに欲しい物を見つけてくれたから会計を済ませて退店。
「ねえねえ、明日は私の誕生日なんだっ」
「そうなのか? じゃ、それでいいか?」
自分から口にしてくれるのは助かる。
やっぱり気恥ずかしいからな、いつも世話になっているのだとしてもだ。
「えー――って、知ってるよ? この前のあれだって一緒に見に行ってくれたんでしょ?」
「知っててあんな対応をしていたのかよ……」
「まあまあっ、……だって藍ちゃんとふたりきりでお出かけしていて気になったし……」
だからそんなのは一切ない。
小栗にしたってこんな人間なんか対象外だろう。
自分大好き人間じゃないから分かるんだ、俺を好きになるのなんて物好きだけだ。
つまりそれっぽいことを言っている彼女は物好きだということになる。
「そこに寄って行きませんかっ」
「食べすぎてまた腹痛にならないようにな」
「大丈夫だよっ」
そもそも俺と何回もいようとする時点でそれに該当するわけで。
やべえ、相当稀有な人間といま対面しているわけだ。
適当にしているわけじゃない、寧ろしっかりしているそんな異性がいてくれている。
あの後じゃなければ惚れてたね。
「私の両親はお仕事大好き人達でね、遅い時間にならないと帰ってこないんですよ」
「前も言ってたな、寂しいんだろ?」
「うんそうっ、だからこそ付き合ってくれる貢君の存在は貴重なんですよっ」
あれだけ複数の人間といるんだから誘ってみたらどうかと言ったら明らかに不満がありますといった感じの顔で見られてしまった。
いや、だって俺といても話すことぐらいしかできないわけだからな。
もう少しノリがいい人間と一緒にいた方が新たな発見もあると思うが。
「美味しい~……けど、貢君には後でお仕置きをするから」
「優しく頼むわ」
この店は雰囲気もいいし、適度に空調が効いているから快適だ。
水だけでも十分休める、店からすれば迷惑な存在かもしれないが。
「大体ね、嫌じゃないんでしょ? なら私が一緒にいたいって言っているんだからいいじゃん」
「もしかしたら奈々美と放課後に一緒に過ごしたい人間がいるかもしれないだろ?」
「仮にそうでも放課後に一緒に過ごしたいのは貢君とだから、それに今日はあなたに誘われたから来ているんですけど?」
「……悪かったよ、もう言わないから味わって食べろ」
そういえば余計なことを言わない、を守れていない。
学習能力がないというか、意識から外れてしまったというか。
気をつけよう、直すと口にしたんだから努力を忘れてはならない。
「帰るわよ」
「なんだその口調」
「いいから」
居残っても仕方がないからそりゃ帰るけども。
帰り道は普段元気な奈々美も静かだった。
いまのが致命傷になったのか、いつだって元気いっぱいでいられないのか。
「明日の夜、相手をしてね」
「夜? 誕生日パーティとかやらないのか?」
そのためにわざわざ今日付き合ってもらったわけで。
当日に行ってしまったら邪魔してしまうことになってしまうのでは?
「両親は帰宅時間が遅いんだよ?」
「小栗と一緒に過ごすとか……」
「門限があるからね、十九時頃からひとりになっちゃうからさ」
門限っ? そんなのある実際にあるのか……。
まあいいか、どうせやることなんてなにもないから行くか。
本人がこう言っているんだからな。
「分かった」
「うん、あとさ」
足を止めたからこちらも同じようにする。
彼女が少し前を歩いていたのもあって俺との間には少しだけ距離があった。
「捨てた気持ち、拾ってきてよ」
「え?」
「……そんな簡単に捨てられてしまっても複雑だしさ」
彼女はこちらがなにかを答える前に「明日のことも含めてお願いね」と言って走っていった。
体感的に数分程その場に留まって、あっと気づいて自宅に向かって再度歩き始めた。
これはまたなんとも大胆なことを言ってくるものだ。
好きだという気持ちをまた内に抱えろということはつまり……。
それで再度振って反応を楽しむみたいな屑な人間ではないからな。
「ただいま」
分からないことばかりだ。
どうして急に変えたのか、それともあのときのあれがおかしかっただけなのか。
そもそも相手のことを理解できると考えることの方がおかしいのか。
「よう、息子よ」
「あれ、もう終わってたのか?」
「ああ、珍しいだろ?」
「クビになったとかじゃ……ないよな?」
「大丈夫だ、それよりも話がある」
なんだと構えたが父はなにも言わない。
「俺はな凄く感動しているんだ」
「そ、そうか」
「息子が女の子と仲良さそうに一緒にいたんだからなっ」
そんなのこの前から見せていると思うが。
奈々美は家に泊まったぐらいだからな。
「あの同性とばかり一緒にいた息子に春がきたんだと思ったら泣いちまってな」
「あー、確かに同性とばかりいたよな、きっかけがなくてな」
「ああ! だから頼むっ、あの子と仲良くなってくれっ」
そりゃそうしたいけど全ては相手次第だ。
俺はとにかく普通に相手をするしかない。
飽きてどこかに行けばそれまでだし、逆に残ってくれればもっと大切にする。
……父にこんな絡まれ方をされるのは嫌だから後者の方がよかった。
「誕生日おめでとう」
「ありがとう!」
十八時半頃に自宅を出てきた。
まだまだ明るいそんな道を歩いて、少しの時間つぶしをしてからここに来たことになる。
何故そんなに早く出たのかは分からない、いや、なんか落ち着かなかったからなんだけども。
「両親も悲しいだろうな、娘の誕生日をゆっくり祝えないなんて」
「うーん、お仕事大好きだからどうかなあ」
「いや、絶対にゆっくり祝ってやりたいはずだ」
それこそ彼女だって両親がいてくれていれば俺なんか誘ってないわけで。
そういう風に片付けるしかないから仕方がなく口にしているだけなんだ。
友達が祝ってくれるのも嬉しいが、やっぱり家族と楽しく過ごせるのも理想なんだ。
「ま、まあ、今日もお仕事があるわけだから仕方がないよ」
「……そうだな、言っても仕方がないことだよな」
「それよりほらっ、ご飯作ったから食べよっ?」
「って、これなら早く来て手伝ってやればよかったな」
「いいんだよ、一緒に食べてくれるだけで十分だよ」
豪華な料理ばかり――というわけではない。
あくまで普通な感じだったが、前と違って全部彼女の手作りなわけだからより価値があった。
「美味しいな」
「そうっ? ありがとうっ」
「違うだろ、ありがとうを言わなければならないのは俺の方だ、ありがとな」
おめでとうと言うことはあってもこうして過ごすようなことはこれまでなかったから新鮮だ。
彼女と関わってからこれまでできなかったことをできている気がする。
まあたまにつねってきたりとかはするが、俺にも問題があるのかもしれないから問題ない。
「ほらほらっ、もっと食べてっ?」
「あんまり多く食べられるわけじゃないけど……そうだな、せっかく作ってくれたんだからな」
って、なんで俺が誕生日のときみたいな対応をされているんだ。
いちいち引っかかるが、間違いなく不満そうな顔で見られるだけだから言わない。
「ふぅ、食べ過ぎちゃったね~」
「そう……だな」
彼女はほとんど見ているだけで食べていなかったがな。
でも、残すようなことにならなくてよかったと思う。
「さて、洗い物をしたら帰るわ、長居しても負担なだけだし」
「え、やだ」
「まあまだ洗い物のためにいるからさ」
こればかりはやらせてもらわないとすっきりしないから手伝わせることはしなかった。
「よし、終わりだな――っと、通せんぼか?」
「か、帰らせないよ」
両腕を精一杯広げて本人は止められる気でいるのかもしれない。
でもさ、その腕のところを狙って歩いていればこんなの全く問題にならないわけで。
相手が屈強というわけではないから余裕だった、その結果拗ね顔の奈々美ができあがった。
「……まだいてよ」
「もう二十時前だぞ?」
「両親は二十一時とか二十二時に帰宅が当たり前だからさ」
「と言われてもなあ」
誕生日プレゼントはもう渡している。
学校では朝も昼も一緒にいたんだから十分すぎるぐらいだ。
「……絶対に離れないから」
「分かった、二十時半まではいるよ」
「うんっ、それでいいからっ」
十日以上旅行に行けるような余裕? があっても家は特別でかいわけじゃない。
それでも拘っていることは分かる、ソファの質とかそういうことに。
離れられなくなるぐらいの魅力があるとは大袈裟すぎて言えないものの、ここに座ったり寝転んだりしてぼうっとできたら幸せだろうなぐらいの魅力があった。
「そういえば父さんがなんか期待しててさ」
「貢君のお父さんが?」
「おう、俺が異性と長く一緒にいるのって初めてだからさ」
まあ、長くと言ってもちゃんと一緒に過ごし始めたのは二ヶ月前からなんだけども。
親なら息子や娘に対してそういう話をするだろうから仕方がないことだと片付けている。
もし俺が誰かと結婚して子どもができたとしたら聞くだろうしな。
「あ、つまり……」
「そうだな、奈々美ともっと仲良くしてくれって言われたな」
「そ、そうなんだ」
頑張れではなくて頼むってのが面白いところだ。
そういうところが嫌えないひとつの理由となっている、まあ嫌いたくはないが。
「母さんもあれから気に入っているみたいだしな」
「……な、なんか恥ずかしい」
「悪いな」
あんな感じでもいい人達だから嫌わないでやってほしかった。
……本当に揶揄してくるところだけはマイナスだが。
「そういえば小栗とはいつから一緒にいるんだ?」
「小学生の頃からだね、転校してきたから案内をしたのがきっかけだったかな」
「もしかしてそのときも委員長を?」
「うん、なんかみんなを引っ張れるような人間になりたくてね」
よくもまあ面倒くさそうなことに自ら挑戦するものだ。
俺の学校なんて委員会が決まらなくて休み時間がつぶれたぐらいだぞ。
誰もやりたがらないことを進んでできるというのはもう一種の才能だと思う。
「けど、上手くいってないんだ」
「そうなのか?」
「うん、ひとりだけ問題な子がいてね」
クラスメイトで問題を起こすような人間はいないはずだが。
いたっけか……と考えていたら腕を掴まれて「貢君だよ」と言われてしまった。
奈々美の、委員長の中の俺はやはりイメージが悪いみたいだ。
「引っ張ろうとしても頑なにその場に留まろうとするからさ」
「そうかあ?」
「そうだよ」
「すぐに帰ろうとするから問題なんじゃなかったのか?」
「……細かいことを言うのは禁止」
まあそのときどきで言いたいことも変わるよなということで片付けておいた。
彼女は依然としてこちらの腕を掴んだまま不満そうな顔をしていたのだった。
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