04話.[夏休みだからな]
「この服とかどう?」
「俺には似合わないだろ……」
何故か服屋に来ていた。
や、出かける約束は確かにしていたから外に出ているのはまあいい。
だが、何故そこで敢えて服屋になるのかが分からなかった。
彼女について分かっていることの方が少ないから理解できなくて当然かもしれないが。
「それよりこれとか八木に似合うんじゃないか?」
「ちょ、それは可愛すぎだよ……」
「気にしなくていいだろ、みんなに着てほしくて販売しているんだから」
そんなこと言ったら俺はほとんどの服を着れなくなってしまう。
汗の臭いが染み込んだ着古した服を着用しているしかなくなってしまう。
「ふ、服屋さんはこれで終わりっ、次に行こうっ」
「お好きにどうぞ」
付いていくことが今日の俺の任務だ。
余計なことを言わずに無難にやり過ごすのもそのひとつの内に入っている。
しっかしまあ、夏休みだということもあってか学生っぽい人間が多いものだ。
男女とか、男子だけで遊びに来ているグループとか、色々な形で同じ場所に存在している。
俺らのこれはなんなのだろうか? デートと言えるのだろうか?
って、片方は振られた人間なんだからただ遊びに来ているだけだよな。
やべえな、なんでもかんでも恋関連のこととして捉えてしまう恋愛脳になっているぞ……。
「見てみて、兎の耳だよっ」
「可愛いけど、……それで歩くのはやめた方がいいぞ」
「歩かないよっ、それにルールがあるんだからっ」
なんのだよ? あ、着用しながら歩いては駄目だとかそういうのか?
なんにも知らないから付いていけないときがある。
流行とかにも疎いから置いてけぼりにされることが多いし……。
「そういえば人が多いよね」
「夏休みだからな」
「はぁ、察しが悪いね」
ん? なにか試されているようだ。
人が多い、そうなると起こりやすいことは……ああ、そういうことか。
「これでいいのか?」
「へっ!? べ、別に求めていたわけじゃないんですけど?」
「それでも人が多いからこのままにしておくわ」
今日は少しハイテンション気味だからこうしてコントロールできるのはいいことだ。
いくら付いていくとは言っていても延々に店ばかりに寄られたら困ってしまう。
「え、映画、見ませんか」
「なにか見たいものでもあるのか?」
「うん、感動できるって映画が気になっていて……」
「じゃあ行くか、八木の行きたいところに行くという約束だからな」
上映時間は二時間らしい。
……寝ないようにとにかく頑張ろう。
と決めていたのにそんな覚悟は無駄だった。
感動できるって謳っているだけあって普通に見入ってしまった。
横に座っている彼女は涙を流してしまっているぐらい。
「よがっだよ゛~……」
「そうだな」
近くにあったカフェで号泣状態の八木を休憩させていた。
流石にこのまま連れ歩くとなにあれと不審がられそうだし。
女子の行動ひとつで下手をすれば社会的に死にかねないから気をつけなければ。
「ほら、飲み物を飲んで落ち着けよ」
「う゛ん……」
だけど無駄な、退屈な時間じゃなかったのはよかった。
泣けるのもいいところだと思う、……顔がぐしゃぐしゃになっているがこういうところも好かれる要素のひとつではないだろうか。
「……ふぅ、ごめん」
「いいよ、ゆっくりしよう」
まだ昼頃だから時間はいっぱいある。
何時に帰るのかは分からないが、今日は満足できるのではないだろうか。
「あはは、お恥ずかしいところを見せてしまってすみません」
「いいんだよ、感動できたってことなんだから」
「……でも、泣いていたのは私ぐらいだったし」
「だからいいだろ、異常なんかじゃない」
ある程度落ち着いたところで退店。
そこからも八木が行きたいところに寄ったりした。
「もういいかな、ちょっと疲れちゃった」
「じゃあ帰るか」
「今日は私の家に来てよ」
「おう、じゃあそうするか」
情けない、付いていくと約束はしていてもある程度のところで疲れてしまう。
で、結局こういう提案がありがたいと感じてしまうわけだ。
「ゆっくりしてよ」
「おう、ちょっと足を伸ばさせてもらうわ」
疲れた、あと地味に金も消費してしまった。
ああ、冷風も組み合わさって滅茶苦茶快適な場所だ。
だが、昨日みたいにしてはならないから寝ないように頑張る。
「八木――」
「奈々美って呼んで」
「奈々美も足伸ばせよ」
「じゃ、じゃあ……」
こうなってくるともう外に出たくないな。
このままだらあとスライムみたいに溶けていたい。
「……横、いいですか?」
「おう」
奈々美は体温が高いな。
横にいるだけでそれがよく分かる。
「私、あそこまで泣いているところを見られたのは初めてだよ」
「卒業式とかでも滅茶苦茶泣いてそうだよな」
「うん、すぐに涙が出ちゃうんだ」
暇とか退屈とか早く終われとか、そんな風には思わないが泣くことはない。
自分のときでもそうなんだから相手のときに泣けるわけがないんだ。
「……私ばかり恥ずかしいところを見られている気がする」
「そうか?」
「だから貢君の恥ずかしいところを見せてっ」
そう言われてもと難しいことをぶつけてきた。
どうしようもないから適当に寝転んでみたら怒られたのだった。
夏休みが終わった。
また暑い暑いと言いながら学校に通わなければならないと考えるとうへぇとなる。
それでも学生として通うしかないから学校に行って。
「半日か……」
これはこれで文句を言いたくなることだ。
早く終わって嬉しいはずなのにどこかがっかり感があるのはわがままだがな。
「貢君っ」
「お、おう、今日も元気だな」
たまに圧倒されるときがある。
そうすることで相手に言うことを聞かせようと、いや、そんなわけがないか。
暑すぎるせいで考え方も悪い方に偏ってしまっているんだ。
「私の友達を紹介するねっ」
彼女の横を見てみたら大きいようで小さい女子がいた。
元気いっぱいな彼女に対して少し静かそうだなというのが正直な感想。
「初めまして、小栗
「俺は藤村貢だ、よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
で、どうしていきなり紹介することになったのか。
彼女を見てみても首を傾げるだけで駄目だった。
「それでどうしていきなりこれなんだ?」
「藍がチェックしたいって言っててね」
なるほど、彼女に近づく人間を気にしているのか。
意外だな、逆に彼女の方が余計なことをしそうなのに。
「どう? 貢君は悪い人なんかじゃないでしょ?」
「そうみたいですね」
どこをどう見て悪い人じゃないと判断したのか。
女子というのは警戒していないように見せかけて実は内ではしているのかもしれない。
だからこのまま信じたりするとそれはもう後で痛い目に遭うわけで。
「もう終わったから帰るわ」
「あ、私達も一緒でいい?」
「それはまあな」
彼女達が前を歩いて、俺はそこから結構後ろを歩いていた。
あまり近すぎると通行人なんかに誤解されかねない。
あとは邪魔をしたくないというのもあったし、どんな感じなのかを見たかったのもあるし。
「今日、お鍋なの? それはまた思い切ったねえ」
「はい、暑い中熱い食べ物を食べるのもいいと思いまして」
「お鍋かあ、お肉をいっぱい食べたいなあ」
「私はカニが好きです」
奈々美相手にも敬語を使っているのはすごい徹底ぶりだ。
線を引かれている気がして嫌だとか文句を言って崩しにかかりそうだが。
「カニか~、仮に買えても身が小さいやつだからな……」
「私の家も同じようなものですよ」
父はとにかく肉が好きだからカニなんか突っ込まれることはない。
白菜、白滝、えのき、椎茸、まあそんな感じで十分で。
高い金を出して少量の贅沢品を食べるぐらいなら質はそこそこでいいから沢山食べたい。
って、聞かれているわけでもないのになにを考えているんだろうな……。
「ちょっと貢君」
「おわっ、いつの間に目の前に……」
「いまさっきからいたよっ」
危ねえ、ぶつかるところだった。
確かに五メートルぐらい離れていたはずなのにどうしてこうなった。
……俺も久しぶりに鍋物を食べたいと思ってしまったからか。
「どうして黙ったままなのっ、どうして離れてるのっ」
「邪魔したくなかったんだよ」
「そういう遠慮がよくないっ、そこも足りないとこっ」
どうやら駄目なところがまだあったらしい。
当たり前か、いいところを探す方が大変な生き物だ。
それでも他人に迷惑をかけないようにと一応意識して動いている。
進んで迷惑をかけたくなんかないからな、最低限の常識は俺の中にもあった。
「藤村さん」
「おう」
「私はこれで帰りますのでゆっくり奈々美さんと過ごしてください、それでは」
いや違うっ、別にふたりきりがよかったとかそういうことじゃないんだよっ。
俺はただ純粋に邪魔をしたくなかったわけで、あ、観察しようとしたから純粋ではないかもしれないがそこはまあ仕方がないと片付けるとしてだな……。
「な、なんか空気を読まれちゃったね」
「別にそこで別れるのにな」
「えっ、一緒にいてくれないの?」
「そもそも奈々美はクラスメイト全員と仲良くしたいんだろ? 俺とばかりいたら駄目だろ」
来てくれるなら相手をするが、できることなら以前までのように戻ってほしいのもある。
俺はあくまでクラスメイトぐらいでいいんだ、もっと他者と交流してほしい。
「……私がいたがっていてもだめなの?」
「駄目じゃないけど、目的を達成できないだろ?」
「ま、まだ仲良くなれてないんでしょ? じゃあ貢君といないとだめだよね?」
「だから別にそれは駄目じゃないって」
矛盾しているが来てくれるのは普通に嬉しいんだ。
でも、それで時間を無駄にしてしまうのはもったいないと言っているだけで。
「私は貢君と仲良くしたい、だから一緒にいたいんだよ」
「分かったよ」
「うん、それだけは分かってね」
というわけで、一緒にいることになった。
意思が弱いのと、欲望まみれの自分に嫌気がさした。
だが、そんな風に考えながらもいてくれることをありがたいとしか思えなかったのだった。
「藤村さん、バナナオレって苦手ではないですか?」
ぼけっとしていたらいつの間にか目の前に小栗がいた。
奈々美に聞いてみた限りでは別のクラスのようだから奈々美に会いに来たのかもしれない。
けど、いま話しかけられているのは俺ということになる、バナナオレだけに、なんてな。
「あ、別に苦手じゃないぞ」
「それならこれをどうぞ、間違えてふたつ買ってしまいまして」
「ありがとうな、飲ませてもらうわ」
奈々美を見てみても気づいている様子はない。
まあ複数の人間と一緒にいたら無理もないのかもしれないが、それにしてもなあ。
「行かなくていいのか?」
「はい、邪魔をしたいわけではないですから」
「じゃあちょっと廊下に行かないか?」
「いいですよ、行きましょうか」
九月になってもまだまだ暑かった。
エアコンというのは使用させてくれないから校舎内というのは熱がこもっている――わけでもなく、なんとも言えない温度だった。
「奈々美さんはずっとあんな感じなんです、みんなと仲良くなろうと頑張っているんです」
「すごいよな、みんなとってなると大変なのに」
「私は無駄だと思いますけどね」
「い、意外とばっさり切るんだな」
「どうせ続かないじゃないですか」
それを言ってしまったらもうどうしようもない話になってしまう。
仮に進級してから、卒業してから関わりがなくなるのだとしてもいまはいられるんだからさ。
いや流石の俺でも無駄とかそういう風に考えたりはしなかったけどな……。
「それに相手をしてほしいときに相手をしてもらえませんから」
「なるほど、つまり寂しいということなんだな」
「はい、寂しいです」
とはいえ、相手は自分ではないし、考え方の違いがあって当然だ。
生き方も犯罪行為や迷惑をかけるような行為を嬉々としてしていなければ自由で。
ただ、文句というわけではなくても不満を抱く気持ちは分からないでもない。
「あ、こんなところにいたんだ」
「クラスメイトとはいいのか?」
「うん、みんな違う子とそれぞれ話したいこととかもあるだろうからね」
彼女はそのまま小さい小栗に抱きついていた。
小栗もまた文句を言わず、それどころか少し嬉しそうな感じでなすがままとなっている。
「奈々美さん、もう少しぐらい私達の相手もしてください」
「ごめんね、ついつい盛り上がっちゃって」
小栗とはもう仲がいいからクラスメイト優先というところはあるのかもしれない。
まあそれも自由だ、仲良くしたいと考えるのは悪いどころかいいことなんだからな。
「奈々美さんが相手をしてくれないときは藤村さんに相手をしてもらいますね」
「別に話すぐらいだったら俺でもできるからな」
「……教室にはお友達がいないので寂しいんです」
「俺だって奈々美ぐらいしか友達がいないからな」
が、準備をしなければならないとかで小栗は戻っていった。
そうしたら先程まで自由に楽しんでいた彼女につねられている自分がいた。
「むぅ、なんか私のときと態度が違う気がする」
「そうか?」
「柔らかいもん、あとなんか優しいし」
そりゃあまあ初対面の相手に厳しくはできないだろう。
流石の俺でもな、自分がされて嫌なことを相手にはできるだけしないと決めているんだ。
「来てくれればいいだろ、そうすれば相手をさせてもらうよ」
「……放課後の時間を貰うつもりだから」
「そうか、暇だからありがたいな」
ぼけっとしているのも退屈だから助かる。
ひとりの時間というのは多いからこれ以上はいらないんだ。
「あと、小栗の相手もしてやってくれ」
「うん、それは大丈夫だよ」
予鈴が鳴ったから教室に戻った。
彼女の席は自分の席から遠いからこれだけで見ればとても友達のようには思えない。
そもそもどうして彼女は来てくれるのか。
四月の頃から話しかけてきてくれていたからなんかあるのかもしれない。
クラスメイト全員と仲良くするという考えで動いているみたいだから、その中で難しそうな俺を優先したという可能性もあるが。
けどまあ、俺なんて身長が高いだけで中身は初な少年みたいなものだ。
優しくされると、近くで楽しそうにしてくれていると、……影響は受けやすいわけで。
ああいう常に誰かといるような人間を好きになると多分大変なことばかりだから気をつけなければならないが、気をつけたところで負けるときは一瞬だから難しかった。
って、別に勝ち負けじゃないんだけどさ。
授業が終わっていつものように違う子と話していたら藍ちゃんと話している貢君が見えた。
なんか気に入らないけど、だめだなんて言えるような権利はないから黙っておく。
放課後は時間を貰うつもりなんだから別に午前中やお昼にいられなくても……。
「ごめん、ちょっと行ってくるね」
「うん」
違う、藍ちゃんだって相手をしてほしいって言っていたんだから行かないとだめだ。
あと、……モヤモヤするからというのもあった。
「お、来たのか」
「うん、どんな話をしていたの?」
「バナナは好きかって話だな」
「なるほど、藍ちゃんは好きだよね」
「はい、大好きです」
私はみかんとかパイナップルの方が好きだ。
って、別にケーキに乗っける際の話し合いではないかと片付ける。
「奈々美さん、少しいいですか?」
「あ、うん」
「藤村さんは待っていてくださいね」
「おう、ゆっくり話してこい」
なんだろうか、……なんか凄く不安になる。
彼女は教室を出てすぐのところで足を止めてこちらを見てきた。
「安心してくださいね」
「へ?」
「寂しいから相手をしてもらっているだけですから」
「えっ!?」
え、これってなんか勘違いされてしまっているのだろうか?
彼女は柔らかい笑みを浮かべて「本当は独り占めしたいんですよね?」とも重ねてきた。
いや違う、私はあくまで……。
あくまでクラスメイトとして仲良くしたかっただけだった、はずなのに……。
「な、なにを言ってるの?」
「違うんですか?」
首を振ることしかできなかった。
……近くにいたいという気持ちは確かにある。
いまだって気になったからこそ近づいたわけなんだから、うん。
それでも、どうせ出ないからあんまり考えない方がいいと片付けたのだった。
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