03話.[気をつけるべき]

「あ、花火が始まるよっ」


 もうこんな時間か。

 二十時前、つまりこれが終わったら祭りも終わりとなる。

 そうなればここにいる大量の人間は一斉に帰ると、なんか面白いな。

 とにかく、小学生並みの感想で悪いが綺麗だった。

 馬鹿みたいに斜め上を見続け、近くに誰かがいようと関係なかった。


「貢君」

「えっ?」


 大きな音が鳴っている中でよく反応できたと褒めてやりたい気分だった。

 ただ、この時点で近くに誰かがいようと関係ないというのは間違っていることになる。


「……友達のままがいいかな」

「そうか」


 そりゃそうだ、ここで受け入れられたら困ってしまう。

 あと、矛盾しているが失礼だからな。

 本気で好きでもないのに告白なんかして受け入れられてしまったら引っかかるだろうし。

 まだ続いている中で言われてよかったのかもしれない。

 結局のところ振られていることには変わらないんだから。


「終わったね」

「ああ、だけど見られてよかった」

「だねっ」


 じゃ、八木を送って帰るとするか。

 会場ここに残って余韻に浸るような趣味はないからな。


「帰るか」

「うん」


 もうこれで夏のイベント事は終わりだ。

 他市や他県に行けばあるのは分かっているが、そこまでの熱量や拘りはない。


「それじゃあな、あ、今日は一緒に行ってくれてありがとな」

「ううん、私の方こそありがとう」

「じゃ――って、どうしたんだ?」


 こっちの腕を掴んだところでなにも出ないが。

 いまさらになって焼きそばをもっと買っておけばよかったと後悔していた。

 あれだけじゃ全く足りない、なにもかも考えが足りなくて困るぞ。


「……いまから貢君のお家に行っていい?」

「え」


 昼であれば連れて行ったがいまは夜だ、しかも結構遅めだ。

 彼女はこちらが嫌がっていると判断したのか「……嫌なら、無理ならいいんだけど……」とも重ねてきた。


「いや別に嫌じゃないけど……」

「じゃあ……いい?」

「……帰るんだよな?」

「え」


 おい、なんでそこで固まる。

 振られたときよりも最高に気まずい時間を過ごすことになった。


「き、着替えを持ってきてもいい?」

「……じゃ、風呂に入ってこいよ」

「あ、そうだねっ、さすがに……貢君のお家で入るのはドキドキするし……」


 ああ、まず間違いなくこのことで揶揄されるぞ。

 残念ながら振られてしまったんだけどな、その勘違いがまた俺を抉っていくのだ。

 まあ、好きでもないのに告白なんかした俺が悪いか、罰ということにしよう。

 ただ、友達のままがいいはずなのにどうして泊まりに?

 友達同士なら泊まったりすることぐらいあるのかもしれないが、それもあくまで同性同士とかだろうから……。


「お、お待たせっ」

「早かったな、あ、荷物貸せよ」

「あ、ありがとう」


 こそこそと部屋に行けばばれないだろうか?

 俺は飲み物を持ってきたりとか、風呂に入ったりする必要があるからするだけ無駄か。

 そもそも女子が履きそうな靴がある時点で終わっている。


「八木は俺の家が好きだよな、よく来るもんな」

「うん、なんか落ち着くんだよ、貢君の声質とかと同じなのかもしれない」

「そうなのか、確かに落ち着く場所ではあるけど……」


 ゲームとかがあるわけではないからできるのはのんびりすることだけ。

 遊びに来ている彼女側からすれば退屈な場所だと思うけどな。

 ずっと過ごしてきたからこそ麻痺して分からなくなっていることでもあるのだろうか?


「着いたね」

「おう」


 もう二十一時というところだった。

 先程も考えたように隠そうとしたって無駄だからリビングに突撃する。

 もちろん、彼女には客間に行ってもらっておきながら、だけども。

 だが、珍しく揶揄してくるようなことはなかった。

 それどころか開いた口が塞がらないとでも言いたげな顔だった。

 目的は果たしたから飲み物を持って客間に突撃。


「和室っていいよね」

「ここ、意外と転ぶと涼しいんだぜ?」


 それでも俺はリビングの方が好きだ。

 部屋ならベッドの上が一番好きだな、あそこだけは快適すぎる。

 いい寝具というのはそれだけで幸せにしてくれるものだ。


「あ、本当だ……って、ごめん、私の家じゃないのに」

「いいんだよ、気にせずにゆっくりしてくれ」


 喉も乾いただろうから飲ませおくことにした。

 夜だろうが暑い日が続いているから油断してはならない。


「私、ずっと考えていたんだ、どう返事をしようかって」

「それで集中できていなかったのか、悪いな、自分勝手に告白なんかして」

「ううん、好きだと言ってもらえたのは嬉しかったから」


 うぐっ、いやこれは受け入れなければならない痛みだ。

 この先何度も小さい言葉にチクチクと刺されることになるんだろう。

 そう考えるとうへぇとなるし、やっぱり自業自得だって片付けようともなるし。


「だけど……貢君と上手くいくイメージが湧かなかったんだ」

「そうか」

「でも、花火を見ていたらなんか寂しくなっちゃって……」


 寂しいか、祭りが終わるということで寂しさを感じた、というわけではないのか?

 駄目だな、他者の気持ちなんてなにも分からないから黙っていよう。

 彼女も話題を変えて、またいつもの元気さを見せてくれたからそれでよかった。




「はぁ……朝か」


 まさかこの歳にもなって徹夜をするとは思わなかった。

 なんか眠れなかった、想像以上に精神ダメージを受けていたのかもしれない。

 八木はあの後すぐに眠そうな顔になってしまったから戻ったわけだが、そこからずっとベッドの上でうーんうーんと眠れないままだったのだ。

 よく分からない。

 仮に寂しいのだとしても両親に甘えればいいだろう。

 それなのに振った相手の家に行く八木の気持ちが分からなかった。

 みんなと仲良くしたいと言っていたから、振った相手との溝が致命的にならないように一緒に過ごしたということなのか?


「八木ー」

「み、貢君っ?」

「おう、開けていいか?」

「うん、それは大丈夫ですっ」


 なんで敬語なのかは分からないが開けさせてもらったら随分と早起きな少女がいた。


「よく寝られたのか?」

「うんっ、それはおかげさまでっ」

「はは、そうか」


 顔を洗いたいだろうから洗面所に連れて行く。

 せっかく早起きしても人の家だから自由に動き回れないし、徹夜になってよかったのかもしれない、普段だったら絶対に十時頃まで起きないから。


「トイレとかちゃんと行けたのか?」

「あ、うん、……行かせていただきました」

「それならいいんだけどさ」


 って、一階と二階にあるんだから心配する必要もなかったか。

 彼女は家に来た際に使用しているわけだから使い方が分からないとかそういうこともない。

 自分が意外と心配性なところがあることも今回のこれで分かって中途半端な気持ちに。


「さてどうする? もう帰るのか?」


 彼女は首を振って見上げてくる。

 あくまでこれは身長差があるから、だけではない気がする。

 ただ、いくら寂しいとはいっても、いつまでもいさせておくわけにはいかないし……。


「お、お出かけしようっ」

「どこに行くんだ? って、まだ全然開店してないけど」

「九時ぐらいになったら外に行こうよっ」

「そうか、じゃあ朝食でも作るかな」

「手伝うよっ」


 両親は両方とも今日は休みだから多分ほとんど下りてこない。

 作ってくれるのを待っていたら一日が無駄になってしまうからこれでいい。


「卵焼きかな」

「貢君は普段からお手伝いするの?」

「うーん、急に腹が減るときがあるからそういうときだけかな」

「そうなんだ?」


 夜も作ったりするがまあ言わなくていいだろう。

 別に褒められるようなことじゃない。

 自分の空腹感をなくすために作っているだけ、そのついでに両親の分も作っているというだけなんだから。


「冷ご飯を温めつつ」

「おお、効率がいいね」

「よせよせ、適当だよ」


 食べられるレベルならなんでもいいんだ。

 何分かかろうが結局のところはそこに繋がっている。

 短くても美味しい料理なんて沢山ある。

 なんでも買って済ませるよりかはマシなんじゃないだろうか。


「できたな」

「お味噌汁もできたよ」

「食べるか」

「うんっ」


 いつだって元気でいてくれるのは何気に力になる。

 今日なんか足を止めたら寝かねないからありがたかった。

 これで一日を寝すぎて無駄に消費してしまう、なんてことにはならない。


「美味しいっ」

「八木が作ってくれた味噌汁も丁度いい塩梅で美味しいぞ」

「そ、そうかなあ? ははは、照れるなあ」


 ……こういうところが可愛げがあるよな。

 こういうところが人の集まる理由なのかもしれない。

 それこそみんなと仲良くを彼女ならできるのではないだろうか?

 俺みたいな奴だったら誰かと仲良くはできてもみんなとは無理だが。


「ごちそうさま」

「私が洗うから置いておいてっ」

「いやいい、俺が洗うからゆっくり食べて持ってきてくれ」


 洗い物を済ませたらまた空白の時間ができてしまった。

 九時まではまだ全然時間がある。

 いまソファになんか座ったらすぐに寝かねない。

 でも、ずっと立っていたらそれはそれで不自然だ。


「八木、九時まで寝てもいいか?」

「昨日、寝られなかったの?」

「ああ、ちょっと二階は暑くてさ」

「分かった、ちゃんと起こすから寝ればいいよ」

「ありがとな」


 窓前に寝っ転がって寝ることにした。

 ああ、夜中よりはマシな気がする。


「頭、痛くない?」

「大丈夫だ、いつもこうしているからな」


 ソファで寝るということはあまりしない。

 そこは座るところだし、寝汗とかかくと迷惑をかけるし。

 その点、床なら拭けばいい、臭いだって相当のものじゃなければ染み込んだりはしない。


「はい、ちゃんと掛けて」

「なんだこれ?」

「綺麗なタオルだから安心してね」


 ま、腹を冷やしてしまったら腹痛とかになるかもしれないからありがたく掛けさせてもらう。


「あと、私はここにいるからね」

「両親が下りてきたら気まずいだろうから客間に行くか」

「え、大丈夫だよ?」

「いや、畳の方が冷たくていいんだよ」


 この床が冷たいのは最初だけだからあっちの方がいい。

 あと、なんか両親と会話してほしくなかった。

 今度こそ揶揄されることになるだろうからな。




「悪い……」

「ごめん……」


 現在時刻は十六時半。

 俺達はお互いに謝っていた。

 結局、睡眠欲に負けて時間を無駄にするとか恥ずかしすぎる。


「あまりにも気持ち良さそうに寝ていたから私も寝ちゃって……」

「違うだろ、八木は悪くない」

「だってっ、起こすって約束したのに……」


 このままだとお互いに中途半端な感じになってしまう。


「明日、行かないか?」

「え、行ってくれるのっ?」

「このままだと俺でも嫌だよ、リードしてやれるとかそういうのはないけど一緒にどこかに行くぐらいなら俺でもできるからさ」

「じゃあ行きたいっ」

「おう、じゃあ約束な」


 さて、じゃあ八木を送るとするか。

 いつまでもここにいさせると彼女の両親が気にするかもしれない。

 同性の家に泊まりに行ってくるとか嘘をついていそうだからな。


「ごめんね、送ってもらっちゃって」

「気にするなよ」

「……メッセージ、送るから反応してね」

「おう、それじゃあな」


 ただまあ、少し寝すぎたな。

 正午どころか夕方まで寝るとかやばすぎだろ。

 八時間とかそれぐらいだけ寝られなかったというのに、十時間とか寝てしまっているという。


「ははは、おかえり」

「起きてたのか」

「おう、昼には起きたぞ」


 父か、母が来るよりはまだマシだな。

 父はこちらの腕を突いて「やるじゃねえか」と言ってきた。


「残念ながら振られた後なんだけどな」

「え、マジ?」

「おう、マジだ」


 今度は生暖かい目でこちらを見て「まあしょうがねえよ」と。

 これは自業自得だから別に構わなかった。

 あと、なんかあれから仲良くなれてるからそれでいい。

 付き合えなくても異性の友達のひとりでもいればそれでな。


「残念だな、息子にとって初めての彼女が見られると思ったのに」

「悪いな」

「ま、元気良く生きていてくれればそれで十分だけどな」


 父のこういう緩いところが好きだ。

 ま、そこで厳しく言ったところで彼女がぽんとできるわけじゃないからな。

 当たり前の対応とも言えるかもしれない。


「よし、たまには俺が飯でも作ってやるか」

「作れたっけ?」

「作れるぞ、一人暮らし時代が長かったからな」


 なるほど、聞いてみたら結構面白そうだ。

 ただ、語ってくれるかどうかは分からないから自分から話してくれるときを待とう。

 

「そういえば母さんは?」

「不貞腐れてる、まともに紹介してくれなかったからだってさ」

「俺かよ……」


 長引くと面倒くさいから謝罪をしてきた。

 そうしたら来週までに連れてこいとか馬鹿なことを言われてしまったが。

 呼んだら来てくれるだろうか? と考えている内にメッセージが送られてきて確認。


「キスが美味しい?」


 魚の画像も送られてきたが……なんだこれというのが正直な感想で。

 とりあえずまた今度家に来てくれと送っておいた。

 母が会いたがっているということもしっかり伝えておく。


「もしもし?」

「お、お母さんが会いたがっているって本当っ?」

「おう、なんかそれで拗ねててさ」

「……そうなんだ」


 無理なら無理でいいと言っておいた。

 それに無理やり連れてきたりなんかしたら怪しまれる。

 

「それでどうしてキスなんだ?」

「お父さんが貰ってきてくれてさ」

「俺は食べたことがないからな、どんな味なんだ?」

「えっ、それは……お、美味しいよっ?」

「聞いたのが悪かったな、すまん」


 どちらかと言えば魚より肉派だから意味のない問いだった。

 貰えてよかったな、美味しくてよかったな、そう言っておけばよかったのだ。

 余計な言葉はいらない、俺はすぐに失敗するから気をつけた方がいいというのに。


「怒られなかったか?」

「うん、全然怒られなかったよ」

「そうか、それならよかった」


 会いづらくなるとかそういうことを回避できてよかった。

 友達として仲良くできればそれで十分だ。


「そんな怖い親だと思っていたの?」

「いや? だけど大事な一人娘が家に長時間いなかったら気になるだろ」

「おお、一応考えてくれているんだ?」

「当たり前だろ? それに責められるのは俺なんだからな」

「……いまので大減点」


 別にそれでも構わない。

 偽の告白をした理由は他の人間と仲良くさせるためだ。

 本来ならこうして電話をしていること自体がおかしいのだ。

 八木がおかしいのか、俺が馬鹿なだけなのか、そのどちらかということになる。

 いやでも普通は振った相手と、なあ? すぐに遊んだりはしないだろ?


「そういうところだよ、貢君に足りないところは」

「他には?」

「え、あー……優しいから特にないかな、本当にそういうところだけ」

「分かった、じゃあ直せるように努力してみるわ」


 つまりこれも余計なことを言わなければなんとかなるということだ。

 指摘してもらえるのはありがたいかもしれない。

 親からだってどこが駄目とか言ってもらえる機会はあんまりないからな。


「……わ、私はどういうところがだめ?」

「うーん、あんまり仲の良くない男の家に遊びに行くところか」

「え、貢君のお家にしか行ってないよ?」

「だからそれだよ、俺らはまだあんまり仲良くなれてないだろ」

「え゛、だめだった……?」


 俺としては駄目ではないが女子としてはもうちょい気をつけるべきだと思う。

 そう言ったら一分間ぐらい黙ったままになってしまったが。

 いまさらになってその異常さに気づいたのかもしれない。


「というか、……仲良くなれてるでしょ」

「そうか?」

「ここ最近はほぼ一緒にいたんだよ? 仲良くなければそんなことしないよ」

「そうか、そうなんだな」


 少しずつ仲良くなれているのは実感していたものの、そこから先は自分の妄想とか願望とかが含まれることだから難しかったのだ。

 だが、彼女からこう言ってくれたのなら訳が違う。

 俺らはちゃんと仲良くできているらしかった。

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