02話.[言うのはやめた]

「でねー」


 八月一日、確かに彼女は地元に帰ってきた。

 現在時刻は十三時半というところか。

 なんか少し焼けたような感じのする八木は変わらずに楽しそうだった。


「で、なんで来たんだ?」

「なんでって……お土産を渡すためだけど」

「あ、それはありがとな」


 家に上がってくれとは言えなかった。

 いまこの家には俺しかいないし、彼女も上がりたいかどうかは分からないから。


「上がってもいい? いまは暑すぎて帰りたくなくてさ」

「おう、別にいいけど」


 じゃあジュースぐらいは出してやるか。

 お土産なんかを買ってきてくれたわけだからこれぐらいはしないとな。


「はい」

「ありがとう」


 んー、だけど家に上がってもらってよかったのだろうか?

 俺達は別に仲がいいわけではないからいちいち引っかかる。

 ああいう発言は旅先でテンションが高かったからだと思うんだ。

 だからいまとなっては冷静になって、なんてことを言ってしまったんだと後悔している可能性もあった。


「あの、さ」

「なんだ?」

「か、課題でもやらないっ? 持ってきたんだっ」

「あ、俺はもう終わらせたんだ――」

「嘘っ!? あの藤村君が!?」


 八木の中の俺のイメージが悪いことは既に分かっていた。

 だが、その上でこの反応は納得できない。

 それでもどうせ届かないから言うのはやめた。

 ある程度の余裕がなければ夏を越えるなんてできるわけがないからだ。


「それしかやることがなかったからな、八木も特に電話をかけてきたりはしなかっただろ?」

「……次の日から楽しみすぎちゃって……」

「それでいいだろ、せっかく行けたんだから楽しめた方がいいに決まっている」


 旅行か、俺もたまには行ってみたい。

 近場でもいいから、日帰りでもいいから他県とかに。

 最後に行ったのは中学の修学旅行か。

 あれはあれで楽しかったから仲のいい相手と一緒なら間違いないだろう。


「……寂しかった?」

「俺か? んー、寂しいというか暇だったな」

「ごめん、もっとメッセージを送ったりしてあげたらよかったね」

「いやいや、そこまで子どもじゃないからな?」


 そんな構ってもらえなくて拗ねる子ども相手みたいな対応をされても困る。

 それに何度も言うが俺と八木は仲がいいわけじゃないんだ。

 それぐらいが一番正しい距離感だ、今回ので分かってよかったぐらいだった。


「私は寂しかったよ」

「はは、楽しみすぎたんじゃなかったのか?」

「……か、片隅では藤村君と話したいなって思ったから」


 段々と怖くなってきた。

 どうして彼女はここまで言ってくれるのか。


「そんなことばっかり言ってると勘違いするぞ」

「べ、別に……いいんじゃない?」

「駄目だ」


 俺なんかあっという間に勘違いしてしまうんだから気をつけてほしい。


「と、とりあえず課題をやらせてもらうね」

「おう、ジュースぐらいなら出せるからゆっくりしてくれ」


 見ていたら集中も途切れるだろうからこちらはソファに座ってぼうっとしていた。

 自分の家の中に異性がいるということがいつも通りの範疇を超えている。


「明日も来ていい?」

「おう、別にいいぞ」

「両親は明日からまたお仕事だから寂しくてね」


 俺の両親もほとんど仕事でいないからひとりだと言ってもいい。

 そこに八木が来てくれれば暇つぶしもできるからいいわけだ。


「ごめん、馬鹿にするようなことを言っちゃって」

「別にいいよ、ただ、本当の俺を知ってもらえるともっといいんだけどな」


 そうなると一緒にいなければなくなるから難しくなる。

 いまは来てくれていても知れば知るほど行きたくなくなるかもしれないから。


「今日はこれぐらいでいいかなー」

「え、まだ始めたばっかりだろ?」

「……ひゅ~ひゅ~、聞こえないなー」


 意外とゆっくりしたいタイプなのかもしれない。

 まあ夏休みだからな、自分のペースでやればいいだろう。

 委員長だからっていつだって模範的な行動をするというのは難しいだろうし。


「それより藤村君、どうしてメッセージを送ってきてくれなかったの?」

「旅行中なのに邪魔できるわけないだろ」


 そこまで空気の読めない人間ではなかった。

 それに自分から送る際にはどういう内容にすればいいのか分からなくて困るのだ。

 だから送られてきたら返事をする、その程度でいいと思う。


「じゃ、今日から送ってきてよ?」

「俺、あんまり得意じゃないんだよな、家族とぐらいしか交換していなかったからさ」

「大丈夫だよ、どんな内容でもちゃんと返すから」


 俺はそっちの方がいいと言ったら「じゃあいっぱい送るね」と言ってきた。

 怖え、普段から真面目にやりすぎていて怖い人間だったから余計にそれに拍車をかける。


「八木って俺のこと好きだよな」

「好きだよ? クラスの子も全員好きだけど」

「そうか」


 ということは全員に対してこうなんだよな? じゃあ安心できるな。

 なにもかもを誰に対しても言っているのだと分かっていれば動揺もしない。


「私、他の人のことを嫌いだと思ったことはないよ」

「そうなんだな」

「うん、だからみんなと仲良くなりたいんだっ」


 じゃああんまり付き合わせるのも悪いよな。

 祭りに行くこと以外は話しかけたり近づくのはやめようと決めた。




「と、決めたんだけどな」


 約束していたことを忘れていた。

 今日も来るって話だったんだよな。

 彼女は黄色のタンクトップ姿で、そしてひとりだけ涼しそうだった。


「なあ、他の人間のところに行かなくていいのか?」

「なんで? 夏休みなんだから行かないよ?」

「じゃ、どうして俺のところには来るんだ?」

「連絡先を交換しているのは藤村君だけだからだよ」


 う、嘘くせえ……。

 みんなのことが好きだと言っている人間がそんなわけがないだろ。

 俺以外の男子ともいるところを何度も見ている。

 女子とだってそうだ、基本的に誰かといるんだからそれだけは絶対にない。


「まあいいけど、あ、そういえばあれ、美味しかったぜ」

「それならよかったっ」

「なんか不思議な味だったけどな」

「そうだよね、だけど美味しいっ」

「ああ、不思議だけど美味しいんだよな」


 他県になんて全くと言っていいほど行ったことがないからまだまだあるんだろうな。

 年をもっと重ねてからでもいいから色々なところに行ってみたい。

 その際は仲のいい相手がいてくれたらいいかもしれないな。


「でも、いまはお祭りが楽しみだなあ」

「俺でいいのか? 嫌な雰囲気になるかもしれないぞ?」


 面倒くさい人間かもしれないが聞いておかなければならない。

 言質を取りたい、という考えも内にはあった。

 後で「一緒に行かなければよかった」なんて言われても嫌だから。


「ならないよ、それに仮にそういう雰囲気になっても文句は言わないよ」

「じゃ、そうならないように気をつけるわ、祭りの日にそんな嫌な感じにはしたくないし」

「うん、一緒に楽しもうね」


 一年にそう何度も行けるようなことでもないからある程度の金も持っていこう。

 ……少しぐらいはなにか買ってやってもいいかもしれない。

 今回のことで世話になったからなにかを返したいのもあったのだ。


「ふぁぁ~……あ、ついつい夜ふかししちゃって眠いんだ」

「寝てもいいぞ?」

「えっ」


 部屋に行くから寝顔を見ることはしないと説明しておく。

 そんな趣味はないんだ、というか仮にそういう人間だと思われていたら嫌だ。


「あっちに客間がある、布団も敷いてやるからゆっくり寝ろ」

「え、い、いいの?」

「ああ、何時まで寝たい?」

「じゃあ……十二時かな」


 じゃあその時間になったら電話をかけて起こすと約束をして客間に移動する。

 布団をしっかり敷いて部屋を出た。

 それからは部屋へ戻って、こちらもベッドに寝転んだ。

 だが、問題だったのは落ち着かなかったことだ。

 一階に異性が寝ているというだけで落ち着かない初な心が邪魔をしてくれた。


「反応しろ……」


 幸い時間だけは前に進んでくれるから起こす時間はすぐにやってきてくれた。

 まあ、相手が起きてくれるかどうかは分からないわけだが。


「ん……お父さん……?」

「寝ぼけてるな、俺だよ」

「あっ、そ、そっか、ここは藤村君の家だったね」


 そう、藤村みつぐの家だ。

 名前に反して誰かに貢いだりなんかはしないが。


「おはよう……」

「こんにちはだけどな」


 ……目のやり場に困るから再度飲み物を渡しておいた。

 ついでに綺麗なタオルも渡して顔を洗ってこいとも言っておく。

 やれやれ、ここまで自分が可愛らしい脳をしているとは思わなかった。

 いたんだな、こんな綺麗な俺ださ。


「ありがとね、ちょっと寝たらかなり楽になったよ」

「おう」


 やべえぞ、この距離感だとすぐに勘違いして告白をして振られるだけだ。

 祭り前にそんなことにはなってほしくない。

 せめて、夏祭り後であってほしかった。

 そうすればただのクラスメイトに戻れるからだ。


「八木」

「なーに?」

「好きだ」


 なので、そのダメージを和らげるために矛盾めいたことをした。

 これでそのつもりがないと断られても、本気になってから告白して振られるよりは断然いいだろうからさ。


「面倒見がいいところとか、明るいところとか、意外と運動神経が残念なところとか、俺にも話しかけてくれるところとかが好きなんだ」


 四月に初めて一緒のクラスになって話す機会も結構多かった。

 だから一応知っているのだ、彼女がどんな人間なのかを多少はな。

 好きになった理由としてはまあ悪くはないのではないだろうか。


「苦手なことでもなんでも頑張れるところもいいよな、他人が失敗しても責めたりしないところもいい、あとは単純に可愛いところがいいな」


 本気で告白しているみたいな気持ちになってきたが、実際は違うんだ。

 関係を長期化できない理由は自分にあったんだ。

 距離感を見誤ってすぐに踏み込もうとしてしまうから相手は離れていく。

 ぐいぐいこられるのが嫌な人間なんて沢山いるだろう。

 俺はそれに気づかず、無自覚にこれまでそうしてきたということだ。


「以上だ、聞いてくれてありがとな」


 さて、固まってしまった彼女をどうしようか。

 触れるわけにもいかないから難しい。


「……え、もしかしていま……告白、されたの?」

「そうだな」


 彼女の答えは「考えさせてほしい」ということだった。

 今日はもう帰るみたいだったから外まで見送りに出る。


「じゃ、じゃあね」

「おう、気をつけろよ」


 背が見えなくなるまでそれをして、見えなくなったら家の中に戻った。

 速攻で振ってくれる、というか、断ってくれるのが一番だったから少し微妙だった。

 だがまあ、自分勝手な感情を優先して迷惑をかけたんだからこれぐらいでいいだろう。

 そう決めて今度こそベッドに転んで寝たのだった。




 夏祭り当日、俺達は約束通りふたりで会場へ向かっていた。

 いいのか悪いのか、気まずくなっていたりはしなかった。


「お、たこ焼きだってっ」

「買うか?」


 もし食べたいのであれば持ってきたあれを使うまでのことだ。

 男なら決めたことぐらいは守らなければならない。


「んー、藤村君はなにを食べたい?」

「俺は焼きそばかな、食べたいなら買うぞ」

「え、出してくれるの?」

「何気に世話になっているし、この前の土産だって嬉しかったからな」


 だから遠慮なく食べたいものを言ってくれと。

 彼女は少しぎこちなくはあったものの、それからすぐに「……たこやき」と小さな声で頼んできたからついつい笑ってしまった。


「すみません、たこ焼きひとつお願いします」


 金を渡して買ってこいと言うのも違うから自分で買って。


「ほい」

「あ、ありがとう」


 どうせならできたてを食べてほしいから邪魔にならない場所で食べてもらうことにした。


「あ、あーん」

「は? あー……」


 別にいいかと片付けて食べさせてもらう。

 ……滅茶苦茶熱くて火傷するかと思ったがなんとか胃に押しやることができた。

 美味しいな、だけど一個程度に留めておくのがいいのかもしれない。

 残念ながらそこまで腹に余裕がないから、どうせ来たなら色々食べたいからな。


「……美味しかった?」

「おう、やっぱりこういうところで食べる食べ物ってのは美味しいな」

「うん、そうだよねっ」


 食べ終えたら留まっておくのももったいないからとまた歩き始めた。

 ここには沢山の人間がいるから少々歩くのが大変だ。

 まあそれは他者にとっても同じこと、ある程度のルールを守っておけば問題もない。


「きゃっ……」

「危ないから手を握っておくぞ」


 見失っても困るからこれが一番だ。

 一応俺は彼女のことを好きだということだからあまりおかしな行為でもない。

 手に触れても特に言ってくるわけではなかったからまあ大丈夫だろう。

 本当に嫌ならはねのけるよな? あ、だけどできない人間もいるか。


「わ、綿あめ食べたい」

「あいよ」


 なんかいないのに妹と来ているみたいだった。

 買いたいけど勇気が出ない妹の代わりに買う兄、みたいな感じだろうか?

 実際は手を握られているから自由に行動できない妹、なんだけども。


「こうも人が多いと少し歩くだけでも疲れるな」

「……うん」


 微妙な気温もそこに影響している。

 どちらかと言えば夏だしやはり暑いから臭ってくるかもしれないし……。

 いやほら、ひとりなら気にしないが一応な、異性と来ているわけなんだからな。


「藤村――貢君」

「おう」


 名前を聞く度に俺は貢がないぞと言いたくなる。

 なんでこんな名前なんだろうか?

 気に入っている同名の人間には悪いが、あんまりいいイメージが抱けない。


「告白の返事……なんだけど」

「おう」


 ここできたか、せめて花火を見終えてからにしてもらいたいものだ。

 どちらにしても多少のダメージを受けるわけだからさ。


「花火」

「え……?」

「見てからでもいいか?」

「あ、うん……分かった」


 これは少し失敗してしまったかもしれない。

 だって結局中途半端な感じでここを歩くことになったんだから。

 花火を見終えた後に偽告白をすればよかったか、馬鹿だな俺はといまさら気づいた。

 だが、いま気づいたところでもう過去は変わらないんだから待つしかない。

 綿あめをむしゃむしゃ食べてる彼女がどういう気持ちでいるのか分からなかった。


「もうお腹いっぱいになっちゃった」

「たこ焼きとそれだけでか?」

「うん、なんか満足しちゃって」


 なるほど、俺に手を握られていたり、俺といるからかもしれない。

 どちらかと言えば食べることが大好きな少女のはずだから本来ならありえないのだ。

 まあそういうことならこれ以上使わなくて済むからありがたかった。

 なんだかんだいっても消えていく金を見るのは寂しい気持ちになるもんだからな。


「あっちに行こ、ちょっと座りたくて」

「おう、行くか」


 人といるのが好きな自分であってもこれだけの量は微妙だ。

 静かな方に行けるということなら喜んで付いていく。


「課題、昨日やっと終わったんだ」

「八木はゆっくりやるタイプなのか?」

「うーん、いつもは違うかな、七月中には終わらせるタイプかも」

「だろうな」


 それでも今年は旅行をしたからそのタイミングがなかったと。

 仮にそれでも今日まで時間があったんだからすぐに終わらせそうだけどな。


「なんか集中できなくて」

「暑いからか? エアコンとか点いてないと家の中でも汗が出るぐらいだしな」

「それもあるけど、それだけじゃないよ」


 俺には多分分からないことだから余計なことを言うのはやめよう。

 丁度いい段差があったからそこに座らせてもらう。

 照明などが設置されていないから向こうと違ってそこそこ暗かった。

 賑やかな声も少しだけ遠くに感じるようなそんな場所だ。


「貢君はどんな風に過ごしてた?」

「俺はとにかくゆっくりしていたぞ」

「……ずるい」

「え? あ、そう言われてもな……」


 キラキラで眩しい毎日を過ごせていたというわけではないからなにがずるいのか分からない。

 が、不機嫌になるまではいかないが不満があるといった顔でこちらを見てくる彼女。

 しかもその上でなにも言わないという変な時間が続いた。

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