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Nora
01話.[見えないらしい]
「抜くか」
夏休み前ということで本格的に学校敷地内を掃除することになった。
任せられた場所は校舎裏のそんな寂しい場所。
ぼうぼうに生えているからやり甲斐というのは結構あるかもしれない。
意外と掃除をするのは嫌いじゃねえんだよなあと抜きながら思ってた。
「藤村君」
「お? おお、委員長か」
サボっているとかではないから特に気にならなかった。
いちいち待っている必要もないから抜きつつなにかを言われるのを待つ。
「意外と真面目にやるんだね」
「まあな、こういう単調な作業は好きなんだ」
部屋とかも一度やりだすと止まらなくなるぐらいだった。
……テスト勉強をしなければならないときに捗ってしまうのは難しいところではあるが。
「つか、委員長はここじゃないだろ?」
「うん、ちょっと道具を取りに来たんだ」
「揶揄されないようにちゃんとしておいた方がいいぞ」
「む、藤村君に言われるとなんかショックだな……」
って、普段からやる気がないというわけではないんだが……。
静かにしているし、提出物とかだって忘れないし、テストの点は結構高いし。
普通以上のレベルでいられていると思う、が、他者からしたら違うのかもしれないな。
とりあえず任されている場所はしっかりやった。
「これぐらいでいいだろ」
もうこの後はすぐに下校できるからさっさと帰って寝転びたい。
草を抜いているだけで汗が凄く出てきたからな、風呂に入ってからがいいかもな。
それで夜になったら夜風に当たりつつアイスでも食べるんだ。
それが最近の俺の楽しみのひとつだった。
「藤村君、ちょっと待ちなさい」
「今日は話しかけてくるなあ」
俺と委員長は別に仲がいいというわけじゃない。
高校二年生になって一緒のクラスになれた、ぐらいの感じだ。
向こうも友達意識とかそういうのはないと思う。
「ちょっと待ってて」
「まあいいけど」
外は灼熱地獄だからもう少しぐらい時間をつぶしてから帰るのも悪くはない。
委員長、八木
それから約二時間、教室でぼけっとアホみたいに待つことになった。
「ごめん、長く待たせちゃって」
「いいよ、帰ろうぜ」
「うん」
ん? つか俺はどうして残るように言われたんだろうか?
委員長が出ていったのはなにかやらなければならないことがあったからだろうが、こうして一緒に帰ってもやることなんてなにもないぞ。
「珍しく頑張っていたからアイスでも買ってあげようと思って」
「それはありがたいけど普段から真面目にやっていると思うんですが?」
「え、全然真面目じゃないよ」
やはり他者からしたら真面目に見えないらしい。
俺的には静かに授業を受けていたらそれだけで十分だと思うけどな。
騒がしくして授業を止めるような奴に比べたら全然いいだろうに。
「はい、ボリボリ君」
「ありがとよ」
いやでもタダで食べられるのならありがたいな。
タダほど怖いことはないとも言うが……。
「藤村君は夏休みにどこかに行ったりする?」
「ないな、旅行とかそういうの全くしないんだよ」
「私は沖縄に行くことになってるんだ」
「そりゃすごいな、金持ちだな」
沖縄とか北海道なんかは候補に挙がりやすいよなと。
まあ、俺の家には一切関係がないわけだが。
「今年も家でだらだら過ごすだろうな」
「夏祭りとか行かないの?」
「行く相手がいないんだよ、友達もいないからな」
小中時代からそうだけどできても長続きしないんだ。
どうすれば続けられるのかが全く分かっていない。
なるべく合わせて行動しているはずなんだけどなあ。
「それなら私が一緒に行ってあげるよ」
「まあ待て、無理するなよ」
委員長だからってなんでもすればいいというわけじゃない。
それにひとりで行っても中々に楽しめるから悪くはない。
いまの言い方だと行かないように聞こえたかもしれないがな。
「これありがとな、それじゃあな」
「うん、じゃあね」
家に着いたらシャワーを浴びた。
ただ、そのときになって臭くなかったかと気になり始めたがもう遅い。
まあもうそうなったら仕方がないと片付けてリビングに戻る。
人工的な冷風は嫌いだから窓を開けて寝転んでいた。
「生温くてもやっぱこれだよなあ」
暑いわけでも涼しいわけでもないそんな場所。
だというのにどうしてこんなに落ち着くのだろうか?
一応外にいるときは気を張っているということなのだろうか?
「あぁ~……」
それにしてももう二年の七月か。
特に変わらない毎日だった、それなのにこの早さだ。
きっと来年のいま頃になったら「もう三年の七月か」と呟いているはず。
ただ、それぐらいには就職活動が始まるわけだからこんな感じではいらないよな。
大学を志望する人間はとにかく勉強に力を入れるという感じか。
委員長だったらまず間違いなく大学に行こうとするだろうな。
「ふぁぁ~……」
無駄なことを考えていないで寝てしまおう。
時間だけはたっぷりあるからゆっくりすればよかった。
「終わったな」
今日から課題はあっても休みばかりになる。
部活組は部活があるからとすぐに教室から消えた。
ちなみに夏休みもほとんどそれで終わるみたいだ。
「藤村君」
「よう、今日はどうするんだ?」
「残っても仕方がないから帰るよ」
「そうか、じゃあな」
こっちはなんか残っていたかったから席に張り付いていることにした。
「残るの?」
「ああ、急いで帰っても仕方がないからな」
「んー、じゃあ私も残ろうかな」
「そうか? ま、悪くないと思うぞ」
何気にこういう時間が好きなのかもしれない。
ひとりでいることが特別好きとかそういうわけではないと思うが。
「委員長は七月中に課題を終わらせそうだよな」
「うん、後で慌てたくないからね」
「いいな、委員長とやれたらやる気が出るかもな」
一度始めたらそこそこできる自信はある。
だが、その始めるまでが時間がかかるから難しいところだった。
「じゃあ一緒にやる?」
「委員長がいいなら、ぼうっとしているぐらいならここで少しだけでもやっていく方が絶対にいいからな」
とはいえ、俺が欲しいのは集中力ややる気だ。
分からないところは実を言うとほとんどない。
誰かが楽しそうにしていると気になるから一緒にやってくれるとありがたいな。
「驚いた、真面目にやるんだね」
「そりゃそうだ、適当にやったらもったいないだろ」
やるときはやるさ、休むときは休むけど。
いつまでも集中力が続くわけでもないし、いつでもやる気がないというわけじゃない。
「あ、この後って時間ある?」
「そりゃあるだろ、こうして残っているわけだからな」
「それなら一緒にご飯を食べに行かない? 自分で作るのも面倒くさいからさ」
「へえ、そうやって金を使ったりするんだな、無駄遣いするなって言うタイプかと」
「私だってたまにはそうしたいときもあるよ、それでどう?」
拒む必要もないから行くことにした。
俺だって自分で作るのは面倒くさいからそれでいい。
だけどその前にしっかりやっていこうということで二時間ぐらいは集中した。
「敢えて和食というのがいいんだよねー」
「ハンバーグとかの方がいいだろ」
「いやいや、なかなか家ではここまで完璧な感じなのは食べられないからさ」
そんなこと言ったらハンバーグやステーキだってほとんど食べられないからたまにはこういう感じのものをがっつり摂取してもいいと思うけどな、女子はこういうのを敬遠しがちだけど。
「だからここはいいよね、どっちかに偏っているわけではないからさ」
「そうだな、女子的にも入りやすいだろうからな」
「あ、そこはちょっと違うかな、藤村君がいてくれたから入れたんだよ」
別に女子がハンバーグとかを好んで食べていてもいいと思う。
そこで馬鹿にしてくるやつなんて放っておけばいい。
好きなものだから金を払ってでも食べたい、それでいいじゃねえか。
「ちょっと鮭をあげるからお肉ちょうだい」
「取っていいぞ」
「ありがとう」
って、どうして俺らは当たり前のように一緒にいるのだろうか?
委員長もよく「藤村君」と来てくれるが、頻度が高くなると勘違いもしやすくなるぞ。
もうこれ好きなんじゃね? と考える自分と、女子はこういう生き物だと分かっている自分がないまぜになっていてなんとも言えない気持ちになった。
「あーん」
「は?」
「あーんっ」
「え?」
「はぁ……」
いや、食べられるわけがないだろ……。
距離感を見誤っているのは向こうもそうなのかもしれない。
「ごちそうさまでしたっ」
「お、落ち着けよ」
「藤村君のせいなんですけどねっ」
とりあえず会計を済ませて外へ。
最高に微妙な感じの気温で迎えてくれた。
「委員長はどうしてよく話しかけてくれるんだ?」
「なんでかな、藤村君が気になるからだよ」
「一応、真面目にやっているつもりなんだけどな」
「うん、それは分かっているよ、ただなんとなく気になっちゃってさ」
なんとなくか、まあたまにはそういうことが自分にもあるからしょうがないな。
別に嫌じゃない、それどころか嬉しい……かもしれない。
これまでひとりぼっちではなかったが、関係を長期化できればいいと考えている。
「だから夏祭り、一緒に行こうよ」
「いいのか?」
「うん、どうせなら仲良くなりたいなって」
「じゃあ……そういうこと――」
「だから連絡先を交換しよっ」
……それでもわざわざ遮る必要はなかったと思うが。
ま、男なら細かいことを気にせずにいた方がいいか。
「よし、今日は満足できたよ」
「そ、そうか」
したいことはし終えたみたいだから家に帰ろうと思う。
ただ、直前まで誰かといたからなのかなんとも言えない寂しさがあった。
「あ、よろしくと送っておくか」
が、そこから意外とやり取りが続いていつの間にか寂しさは消えていたのだった。
暑い日が続く。
委員長――八木はもう沖縄に行っている。
早えよな、まだ始まったばかりだというのにな。
やることない俺は課題と向かい合うことぐらいでしか時間をつぶせない。
そしてそこまで集中力というのがないから庭に生えた草でも抜いておくことにした。
あんまり嫌いではないのはこういうところからきている。
「あれ、なんか連絡がきてんな」
休憩のために戻ったら八木から電話がかかってきていた。
邪魔しても悪いからとかけ直すのはやめようと思ったが、一応かけてみることに。
「藤村君っ」
「お、落ち着け、どうしたんだ?」
「迷子になっちゃったっ」
えぇ、とついついスマホを見つめてしまった。
商品を見ていたらはぐれてしまったらしい。
普段しっかりしているくせになにをやっているのか……。
「私、かけ放題に入っているから私の方からかけ直すね」
「お、おう」
どうやらそのかわりに通話したままにしておいてもらいたいらしい。
まあ、話しながらの方が草むしりをやっている際になにをやっているんだろうかという気持ちにもならないからいいのではないだろうか?
「つか、連絡すればいいんじゃないのか?」
「うん、もう呼んだからそれまで相手をしてほしいなって」
「別にいいぞ、俺なんか暇人すぎるからな」
礼を言ってもらいたいわけじゃないが草むしりもしっかり続きをしておく。
こういうのはちまちまやるんじゃなくて、やると決めたら最後までやるべきだ。
しっかりと水分も摂っておけば特にトラブルも起きない。
「どうなんだ?」
「あ、ちょっと見て回るだけでも楽しい場所だよ」
「そりゃよかったな」
俺の目の前にはなんでこんな成長してんだってぐらいの草と、横にはなんでこんなに取っているのにまだあるんだって文句を言いたくなるぐらいの草の山だ。
それに比べればそりゃ楽しいだろう、見えるもの全てとは言えなくても新鮮なんだから。
「藤村君もいてくれればもっと楽しかったかな」
「いや無理だろ」
「分かってるけどさ、最近は毎日一緒にいたから寂しい感じがするんだ」
「帰ってきたらいつでも呼んでくれればいい、どうせ暇人だからな」
よし、草むしりはこれで終わりだ。
あとは適当に転んでのんびりすればいい。
「まだ来ないのか?」
「……怒らない?」
「は? そりゃ怒らないだろ」
そもそもなんでいきなりそうなるのかが分からなかった。
いまの流れで怒りたくなることなんてあるか? ないよな……?
「実はもう一緒にいるんだよね」
「そうか、じゃあ切った方がいい――」
「いやいやいやっ、大丈夫だからっ」
いやいや、家族旅行を楽しんでいるところを邪魔したいわけじゃないぞ。
草むしりも捗ったからもう終わりでいい、と言っても駄目だった。
「あとでいくらでも相手をしてやるからさ、とりあえずホテルとかそういうところに入るまでは両親と楽しめよ」
「……分かった、じゃあまた後でね」
「おう、またな」
アイスを買いに行ったり昼寝をしたりをして時間をつぶした。
そして二十一時頃に八木から電話がかかってきた。
別に無理しなくていいのにとは思いつつも応答ボタンを押す。
「ご、ごめん、遅くなっちゃって」
「気にすんなよ」
こっちはベランダからなんとも言えない景色を見つつ話していた。
いやでもなんか落ち着くんだ、過度にキラキラしていないのがいいのかもしれない。
違うか、目新しいことなんていらないんだ。
同じことの繰り返しでいい。
繰り返しとはいっても少しずつその日によって違うんだからな。
「写真撮ったから送るね」
「おう、ありがとな」
通話中でも確認できるからと見てみたら、
「……ほとんど八木じゃねえか」
某SNSの人間達みたいになってしまっている。
それ商品や料理の紹介より自分を見せたいだけだろとツッコミたくなる感じの写真で。
「あ、当たり前だよっ、私が映ってなかったら意味ないでしょっ」
「俺は綺麗な景色が見られると思ったんだけど?」
「う、後ろを見てよっ、ちゃんとあるでしょ」
その手前の八木の顔がドアップすぎて気になるんだ。
なんかこれでジロジロ見ていたら気持ちが悪い奴の誕生になってしまうから。
保存する気にはなれなかったからこれはトークルームで生存してもらうことにした。
「風呂には入ったのか?」
「うんっ、大きかったよっ」
「ほう」
沖縄は海が綺麗だということしか分かっていない。
全体的にどんな感じなんだろうな、ご飯とか口に合うんだろうか?
「あ、もしかして私の体に興味があるん――」
「天気はいいのか?」
「あ、うん、星が綺麗に見えてるよ」
こっちもぽつぽつと見えていた。
面白い話だ。
ここから沖縄まで、いや、それ以上の距離まで続いているんだから。
「明日とかも晴れるといいな――というか、いつ帰ってくるんだ?」
「八月の一日かな」
「凄え泊まるんだな、金持ちかよ」
「違うよ、これぐらい普通だよ」
もしそれが普通なら俺の家は貧乏ということになってしまう。
まあ、旅行に行けることが全てではないからこれでいいんだが。
それに俺はすぐに家に帰りたくなると思うから。
一日ぐらいが丁度いいんだ、何日も居続けられれば楽しいというわけじゃない。
「藤村君」
「なんだ?」
……なんか異性の声がここまで近くで聞こえるというのも不思議な感じだ。
耳が敏感とかそういうのはないが、なんかむず痒い感じがする。
「私、藤村君の声が好きだよ」
「声が? そんなこと言われたの初めてだぞ?」
「うーん、なんか落ち着くんだよね」
へえ、ということはそれを理由に多く話しかけてきていたのか?
まあ、どんな理由であれ誰かといられるのはいいことだからよかったと考えておこう。
「あー」
「え?」
「いや、声が好きなら聞かせてやろうと思ってな」
「違うよ、会話している中で聞けるからいいの」
「ほう、なんかこだわりがあるんだな」
かなり痛い奴になってしまったから返事をすることだけに留めておいた。
結構長く通話してしまったものの、中々に楽しい時間を過ごせたのだった。
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