第3話 渋谷

道玄坂のコンビニの前でタクシーは止まった。タクシーの中では特に会話は無かった。Kはまだアリエルの格好をしていて、窓の外の景色を疲れた顔で眺めていた。僕は高揚感と不安が入り混じった気持ちだった。コンビニで必要なものを購入した。もちろん、コンドームも購入した。ラブホテルのシャンプーはいたずらで精液が入れられていて汚いというクチコミを見ていたので、シャンプーとコンディショナーのセットも買った。店員はコスプレ姿のKを見ても、特に気にしている様子はなかった。ここは渋谷。いつだって週末はパーティみたいなものだし、ましてハロウィンシーズンの今は、こういう輩が沢山いるんだろう。


ネットで検索したホテルの前についた。

「ご縁が今くることになったけど、本当に大丈夫?」

僕のペニスはすでにものすごく勃起していたが、必死に脳を使って紳士的に振る舞ってみた。

彼女は無言でぐいっと腕を引っ張って、ホテルの中に入るように促した。

「リードは男がしてって言ったじゃない」

意を決してホテルへ入り、僕は不慣れな感じでフロントのスタッフとやりとりをした。安い部屋だといけない気がして、中間の価格の部屋をとった。今からだと最長12時間のフリータイム扱いになると説明を受けた。カラオケみたいだな、と思いながら、ルームキーを受け取った。


部屋に入ると、思っていた以上に綺麗で驚いた。学会や旅行に行くときは、いつも格安の宿にばかり泊まっていたので、かなり奮発したのだが、それがまさか今までで一番近い場所のホテルになるとは。

「シャワーを浴びてくる。衣装が大分汚れちゃった。多分、もう着ないかな」

と言いながらKはシャワーへ向かった。

僕は彼女がシャワーへ入っている間に、コンビニで買ったものを机に広げ、ベッド横にさりげなくコンドームを置いた。スマホでセックスのハウツーを読んでいたが、気ばかり焦って頭に全く入ってこなかった。これからセックスするんだ、という期待感がどんどん高まっていった。


バスローブを身にまとってKがシャワーから出てきた。僕もシャワーを浴びることにしたが、せっかく買ったシャンプーとコンディショナーをKに渡し忘れていたことに気づいた。

「いいわよ、もう。別にブランド名も書いてあったし、悪くなかったわよ」

と言われた。

なんだか自分だけが使うのは悪い気がして、僕も何も持たずにシャワーに入った。

バスローブが見つけられなかったので、バスタオルを腰に巻いて出てきた。


全く緊張の色を見せないで、Kはベッドでスマホをいじっていた。本当に初めてなのか、僕は疑念を持ったが、そんなことはもうどうでも良かった。

二人でベッドの布団の中に入って、少しだけ会話した。こういうパーティにはよく来るのかとか、好きな音楽はなにかとか、ほとんどレストランでの会話の繰り返しだった。それは単なる通過儀礼のようなものだ。


僕は彼女のバスローブをほどいた。じっと見るのはいかにも童貞臭いと思い、僕は静かに片方の乳房に口づけをし、片方を揉んだ。そして、静かに反応をしている彼女の口にそっとキスをした。危うく置いておいたコンドームの存在を忘れそうになるくらい、僕は興奮していた。彼女にそれをさとられないように振る舞ったが、女性器を目にした途端、あらゆるものが吹っ飛んでしまった。愛撫もそこそこに、僕は挿入の欲望を抑えられず、不慣れにコンドームをつけると、目一杯挿入した。

「痛い!」

彼女の悲痛な声が聞こえた。僕はごめんといいながら、ペニスをゆっくり膣口まで引いた。そして、彼女の反応を見ながら、ゆっくりと再び奥へと入っていった。腰を動かしたり、膝を立てたり、うまく動ける体勢を探した。快感はどんどん高まっていった。彼女の歪んだ顔は、気持ちよさからなのか、痛みからなのか、分からなかった。

「まだ痛む?」

と僕は聞いた。

「大、丈、夫。もっと、激、しく、して」

と彼女は言った。

僕は必死に腰を動かした。快感が絶頂に変わった。どれだけの時間が経ったか分からなかった。

「気持ちよかったよ」

と僕は言った。

「そう。私も。途中少し痛かったけどね」

と彼女は言った。

全てが順調に進んだ気がして、僕は快感以上に達成感のようなものを味わっていた。おそらく、彼女は初めてでは無かったのだろう。しかし、そんなことはどうでも良かった。


僕はこのあとの僕らのことが気になった。僕らは彼氏彼女になるのだろうか。それともいつもどおり、Facebookでだけつながる奇妙な関係になるのだろうか。

答えはそのどちらでも無かった。僕らは特に再会の約束もせずにホテルを後にし、Facebookを見たら、彼女は友達リストから消えていた。僕は悲しいような、しかし、大人の体験をしたような、複雑な気持ちになった。深追いはしなかった。


否応なしに、僕は日常へと戻った。大学院での研究と並行して、そろそろ就活が始まる時期だった。M教授は就活に寛大な方だったが、業績が無い僕のことを案じていた。

「ちょっと新しい研究をしてみましょう」

とM教授は言った。それはつまり、これまでのグループが長年続けていた研究を引き継ぐのではなく、今から約1年間で修士論文に必要な実験結果が求められることを意味していた。


(次号へ続く)


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