第2話 ハロウィンパーティ
サークルの友人たちと、よく飲みに出かけた。時には渋谷や恵比寿の小さなクラブにDJとしてサークルのメンバーが参加することもあり、そんなときは夜通しで飲んでいた。かける曲はDJによって違って、ハウス、エレクトロニカ、時にはネタとしてマツケンサンバのアレンジをかけたりもしていた。硬派気取りの妙なこだわりから、EDMをかけることは無かった。クラブというとダーティなイメージがあるかもしれないが、僕らは純粋に酒と音楽に溺れていた。
そんなことをしばらく続けていると、それなりに友達の輪が出来ていった。クラブにくる人たちは、大学で出会う人とは全く違った。自称モデル、アパレル労働者、怪しい投資ビジネスをしてる人、イベントと聞くだけで現れてFacebookの友達を増やすことに精を出している人。彼らはとにかくパーティが好きだった。小さなクラブでイベントを行うときには、Facebookで告知をすれば、かなりの人数が集まるようになった。酒を飲み、音楽に溺れる時には一緒にいるし、話もするが、それ以外のときはほとんど通話もチャットも無かった。彼らは友人なのだろうか。不思議なつながりだった。
ある日、Facebookを見ていたら、六本木のレストランを貸し切ってハロウィンパーティをやるという告知があった。僕のサークルのメンバーもかなりの人数が参加を表明していた。いつものノリで、僕も参加ボタンをクリックした。数十人の顔写真が、参加者として並んでいた。知らない人がたくさんいる。しかし、何も不安は無かった。どうせ酒を飲んで、当たり障りのない会話をしていれば、あっという間に夜は終わる。ドレスコードは仮装となっていたので、ドン・キホーテで大きなカボチャの服を買った。目立つのは苦手なので、その程度でお茶を濁そうと思った。
ハロウィンパーティ当日、レストランは賑わっていた。沢山の人とはじめましてと挨拶した。僕が大学院生だということには誰も大して興味を持たなかった。そんな、興味を持たれないグループが自然とでき、僕らはそれなりに楽しんでいた。
レストランで一番人気だったのは、ハリー・ポッターのホグワーツ魔法魔術学校の制服を着た、トランスジェンダー女性だった。その美貌は元男性のものとは思い難く、皆が整形したのか、どうやったらそんなに美しくなれるのかを聞いていた。彼女はそんな質問たちに、手慣れた感じで答えていた。おそらく、カムアウトする度に同じようなことを聞かれるのだろう。一夜限りの出会いでは、その程度の会話がぐるぐる回って終わりになってしまう。彼女がどんな人間なのか、知るよしもなく、深い話を聞ける関係性を誰も築けないまま、美人のトランスジェンダー女性とFacebookで友達同士になれたということだけで、皆が満足しているように見えた。僕には大きな違和感があったが、周りから見れば僕も似たようなものだったろう。
座っていたテーブルのメンバーにハリー・ポッターのキャラクターで誰が一番好きか聞いてみた。
「私はスネイプかな。ずっと愛する人のために悪役を演じるのってすごいと思う」
そう答えたのは、Kと名乗る女性だった。ディズニーのアリエルの格好をしていた。
「スネイプは悪役を演じてたのかな。映画では美談っぽくなってたけど、原作だとハリーの両親へのコンプレックスが結構強かったような気がするんだけど」
水をさすようなコメントを僕がした。酒も入っていたし、気をつかう必要もなかった。どうせ、ここで知り合う人たちはFacebookの友達欄に入るのが関の山なのだ。
「コンプレックスは誰でも持ってるじゃない。君だってそうでしょ?」
「確かにそうだね」
と僕は言った。
「僕は大学に入ってから彼女が出来たことが一度もない。それは大きなコンプレックスだ」
Kは訝しげに僕を見た。
「ふうん…。『大学に入ってから』ってことはその前は付き合ってた人がいたってこと?」
女性はこういうところの勘がいつだっていい、と僕は思った。
「強がりはすぐにバレるね。今まで、彼女がいたことはないよ」
と僕は素直に言った。
「だと思った。大学で彼女がいないなんて、それだけでコンプレックスになんてならないでしょ。すぐにわかるよ」
テーブル席がどっと笑った。暗に僕が童貞だとバレた訳だ。まあ、酒の肴になるならどうでもいいか、と僕は考えていた。
朝5時になった。机に突っ伏してる人が何人かいる。始発が動き出すまで、少しでも自宅近くの駅まで散歩しようかと、僕はレストランの奥でカボチャの服を脱いだ。
「ねえ」
Kが話しかけてきた。
「今日は散々君をいじっちゃってごめんね。コンプレックスについてだけどさ、私にもあるんだよね」
僕は気にしないでいいよ、と言いながら彼女の話の続きを待った。
「私もしたことないの」
「えっ」と声が漏れた。自分で来ておいてなんだが、こういう集まりの人間は、性にも奔放なんだろうと勝手に思っていた。
「そうなんだ。でも、別に悪いことじゃないよ。お互いにいい縁が来るのを待とう」
「待つのはイヤ」
彼女が腕に抱きついてきた。
「こういうのは男がリードするものじゃない?」
僕の辞書にそういう常識はあったが、僕の検索エンジンをいくら回しても、正しい検索結果は出てこなかった。
「ちょ、ちょっと待って」
僕は外部の検索エンジンに頼ることにした。六本木にいいホテルがあるのかは分からなかった。どうやら渋谷に結構いいホテルがあるらしい。恥も外聞もなく、僕は彼女の目の前でスマートフォンで堂々と検索し、告げた。
「タクシーで渋谷に行こうか」
(次号へ続く)
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