少女の再会と智の町への潜入 1

 当惑する少女の前に姿を現し、まずはと「わか選別」にかけた明良あきらとニクラ。「神代じんだい遺物いぶつ・分つ環」は、必要あれば敵方の内通者や被使役者でないことを確認するため、フクシロから預かって持ってきたものである。

 この選別のかん、交わす言葉は最小限だった。雰囲気もどことなく気まずい。板張りの床に車座くるまざになって落ち着いてからも、妙な重苦しさは解消されなかった。

 その空気を破ったのは、ニクラの「で?」のひと言である。不機嫌を露わにした顔のまま、語気強く発せられた言葉だった。


「……『で』? 『で』とは――」

「こちらの方はどういった顔見知りなんですかね、明良くん?」

「なにをいらついているんだ、お前は……」

「何も苛ついてやしないよ。ただ、選別にかける前に、私のいいつけを破ってまで姿を見せるからには、よほどの『仲良しさん』なんだと思ってご紹介願ってるのよ!」

「やはり苛ついてるじゃないか……」


 眉根をひそめつつ、明良は、「リ・ミンミだ」と旧知の少女を紹介した。

 だが、その紹介された人物もなにやら様子がおかしい。いつも見ていた白外套がいとう衣でなく、薄桃の小袖こそでに羊毛の袖なし羽織といった珍しい姿。そこに違和感もあるが、どこか恨めしそうに見据えてくるのである。


「ミンミも……、なんだ、その顔……?」

「あんまりだね。ホント、あんまりだよね」

「あんまり……?」

「こっちは約束守って、この家、それなりに綺麗に保ってたのにさ。そこにお礼のひとつもしないで、久しぶりの再会に喜びを分かち合うカンジもなくて、いきなり『よきヒト』を見せつけてくるなんて……。いつのまにこんなに混沌としちゃったのかな、この少年は!」


 ミンミのこの言葉に、ピクンと大きな反応を見せるのは、明良よりもむしろニクラのほうだった。


「ちょっと……それは聞き捨てならないね」

「……何よ」

「誰がこんないろけ男の『よきヒト』だって? 君、他奮たふんしゅに行って『目をよくしてください』って頼んだほうがいいんじゃない?!」

「『よきヒト』じゃなかったら、なんなのかな?! あ~ッ、判った。行きずりだ。ヒトがせっせと綺麗にしてたこの家、逢引あいびき茶屋代わりに使おうとしてたんだ!」

「な……、なんて馬鹿なことを言う、この下品女!」

「下品はそっちでしょ、チビ女!」


 耳もふさぎたくなるような罵詈ばり雑言ぞうごんの応酬。ついには立ち上がってまで罵り合う少女らに明良も呆気にとられるばかりだったが、彼女らの平手に光り出す気配を見てとると、さすがの少年も「やめろ」と一喝して入っていった。

 明良は、ミンミの両肩をがっしと掴み、その顔を食い入るようにのぞきこむ。


「すまなかった、ミンミ。俺たちが本当に用があるのは希畔きはんなんだ」

「ちょ……近い……」

「逢引茶屋というものがなんだか知らんが、この小屋にはひとまず寄ってみただけだ。ギアガンやこの家のこと、長いあいだ世話をかけてすまなかった。ありがとう」

「うん……。もういい、もういいって……」

「希畔は今、大騒ぎと聞いていたが、ミンミに大事なく、元気そうで嬉しかったぞ」

「判ったから……、少し、離してくれないかな」


 どうやら落ち着いたらしいミンミに続いて、明良は、背後のニクラへと向き直る――のだが、だいだいがみの少女は、まとめ髪を少年にわざとぶつけるようにして、ぷいとそっぽを向いてしまった。


「ニクラ……。お前ともあろう者が、何をしている?」

「……」

「こっちを向け、ニクラ」

「ッ?」


 少年は、相手の両頬をつまむようにすると、自分のほうにグイと向けさせる。正対した大きな瞳には、当惑のような、敵意のような、懇願のような、まさしく混沌とした気色けしきが浮かんでいた。


「俺たちはこんな騒ぎを起こしている場合じゃない。そうだろう? どうしたんだ、いったい……」

「う……」

「ミンミは争うような相手ではない。『分つ環選別』で問題なかったのは、お前も認めていただろう?」

「判ったから、これ。このはさむの、やめてよ……」


 どうにかこうにか場を鎮めた明良は、ふたりを座らせると、今度はミンミに対し、ニクラの紹介をした。すると、ニクラをなだめにかかってからどこかそわそわしていたミンミが、「あの」と口をはさんでくる。


「もしかすると、ニクラって……、福城ふくしろ守衛しゅえい手司しゅしって……。あの『ロ・ニクラ様』……なのですか?」

「……どの『ロ・ニクラ様』のことを言っているのか知らないけど、ひとまず私はロ・ニクラで間違いないよ」

「ひぇ……、す、すみませんでした!」


 ミンミは、板張りの床に額をこすりつけんばかり、平身低頭の格好になってしまった。


「ど、どうしたんだ、ミンミ……? お前、急に……」

「いやいやいや、『ロ・ニクラ様』といったらラ行波導はどうの魔名でも指折りのヒトだよね?! 当代波導大師の実姉じっしにして、才能ズバ抜け! 教主様からの信頼もとくに厚いってウワサの、おそれ多いお方じゃない!」


 嫌な予感がして、明良はニクラの様子をうかがう。

 案の定、少女の顔つきは、またひと波乱起こしそうな様子に変わっていく。


「あぁあ、私、なんて失礼なコトを……。どうかお許しください! ひらに~、ひらに~……」

「いらん! ロ・ニクラ様は寛大なお方だ! むしろミンミのその態度がニクラ様の不興ふきょうを買う! 頭を上げろ、頼むから!」


 どうにかしてミンミの陳謝をやめさせても、場の雰囲気はむしろ当初よりも混然とし、気まずいものとなって流れる。

 明良は、何ひとつ進んでいないのにどっと疲れを感じるのだった。

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