不穏な招聘状と彼らの決断 3

 冬の陽光下、辻堂つじどう村長むらおさ宅前。

 美名らの一行は、三人とふたりといった形、お互いに向かい合っていた。


明良あきら様、ヤヨイ様。御支度はよろしいでしょうか」


 横に並ぶグンカに訊ねられ、少年ふたりはうなずいて返す。いずれも旅装。防寒のために着込んだ三人である。

 続けてグンカは、見送る格好のふたりへと目を移した。


「美名大師。感謝も尽くさぬままに離れる非礼、ご容赦ください」

「また……。グンカ様、もうそれは止めてくださいと何度も言ってるじゃないですか……」

「ですが……」

「グンカ様に向かって偉そうに言うみたいですけど、これからです。これから、もっと気を引き締めなきゃならない正念場です。遠く離れてしまいますけど、私の心は、グンカ様や、明良、ヤヨイさん、クミやフクシロ様……。みんなと一緒です。お互い、魔名を響かせましょう。悪党に目にもの見せてやりましょう」


 燦々さんさんと照らされる少女に目を細め、グンカは「はい」とうなずく。


 「『かん季節きせつ』の日、希畔きはんに大規模な襲撃がある」。

 届けられた書状の裏をそう読んだ美名たちは、この件について教会本部と連絡をとり、方針を定めた。叛徒はんとが大きく動くであろう「環季節」の日、一連の騒動の完全終結を目指し、対策を練ると決めたのだ。

 だが、連絡を交わすうち、一概に希畔だけに戦力を注ぐことはできないとの見解も出てきた。魔名教典内の逸話、「盛壌還賜せいじょうかんし」に関して、「主神にゆかりある(とみなされている)地」は他にいくつもあり、襲撃されるのが希畔だと断定するには材料が乏しい。また、レイドログの書状そのものも決して捨て置けるものではない。結局のところ、魔名教会側の戦力は分散せざるを得ないのだ。

 しかしそれでも、明良の読みを教主フクシロは重く考えたようで、今のところ、希畔防衛の比重を高くする見込みである。

 さて、それでは美名ら一行も揃って希畔に向かうかというと、そうもできない理由があった。前述のとおり、レイドログから送られてきた挑戦状の存在である。

 「環季節」の日、よいが深まる頃、しん白鳥しらとり古城こじょう跡に来い。従わねば巷間こうかんに「むし」をばら撒く――。

 今の段階では、これが陽動のための虚言とも、真実の呼び出しとも判断はつきかねる。だが、見過すことをして、もしも「蟲憑き」が蔓延まんえんする事態にでもなれば、史上稀に見る大惨事になることは必至。対応せざるを得なかった。

 では、誰が、どうやって――。


『私が残ります』


 名乗りを上げたのは、美名だった。


『みんなは本総ほんそう大陸に戻ってください。私がひとりで残って、レイドログを討伐します』


 静まり返る一同のなか、まっさきに声を上げたのは明良だった。


『馬鹿を言うな! ひとりで残り、万が一でもあれば――』

『信じて、明良』

『なっ……』

『私、確信があるの。レイドログが来るとしたら、必ず、ひとりで来る。アイツには友だちや仲間なんて、ひとりもいない。どうしてだか、私にこだわってる……。。脅しを実行させないためには、私だけでも呼び出しの時間、呼び出された場所にいないとダメだと思う……」

『ならば、俺も――』

『明良には、託したいことがあるの』

『託す……?』

『クミのことよ。クミやリィちゃん、タイバ様のこと』

『……』

『バリ様が占ってくださったけど、まだちゃんと無事だって判ったわけじゃない。でも、それを明良が確かめてくれるなら、私も安心できる。明良に任せたんだって思えたなら、怯えることもない。そんなふうに思えるの。だからお願い。私の代わりにクミを助けてあげて。希畔の町を守って。私は、ここに残って私がするべきことをするわ』


 少年は、わだかまりを少し残した様子ながら、結局は首を縦に振っていた。

 戦力の配分でいえば、美名の提案は妥当でもある。しかし、この提案もそのままそのとおりになったわけではない。附名ふめい大師バリも少女に同行すると決められたのである。バリ自ら強く言いきかせたのと、教会本部がそれに賛同したため、頑固な美名も承服せざるを得なかったのだ。

 こうして、「環季節襲撃」は、大きくはふた組で対策する方針となった。

 まずは、美名とバリのレイドログ対策組。

 当然、ふたりだけということはない。大都だいと大陸各地の魔名教会が全面的に援護を担い、そのなかには万一のために「蟲憑き」対策――特効薬の大量生産着手が含まれる。

 そして、魔名教会本部を柱とした、随行ずいぎょう阻止組。十行じっぎょう大師たいしや各地の守衛手を可能なかぎり動員し、目的と思われるそれぞれの場所の防備を固める。

 いずれにしても秘密ひみつに動かねばならない。教会側の動きを悟られれば、叛徒は計画を取りやめ、ふたたび行方をくらます懸念がある。可能なかぎりの直前までは一般教徒にも隠し、一挙解決の好機を作る必要があるのだ。

 狙うは、「二大陸同刻決戦」。そして、「勝利」――。


「美名さん……。無理だけはしないでくださいね」


 ヤヨイに心配げに言われた少女は、えくぼを浮かべて返す。


「ダイジョブです。バリ様もいらっしゃるから、少しも負ける気なんてしません。ヤヨイさんも薬のこと、お願いしますね。アサカ様は気難しいヒトですけど、とっても素敵で立派なお方でしたから」

「……はい。精一杯、お助けしてきます」


 それから美名は、黒髪の少年に顔を向けた。

 他の者らが激励を交わすあいだもずっと、明良は、もの言いたげな顔で少女を直視するばかりであったのだ。


「明良……。クミたちのこと、お願いね。ちゃんと持ってる?」


 少女は、手に持った黒ネコの根付ねつけを揺らす。

 少年も、ゴソゴソと取り出した白ネコの根付を同じように揺らした。


「ナコちゃんを私だと思って。私も、ヒコくんを大事にする。きっと、この二匹のネコも、たった十数日もすればなんでもなかったみたいに……、すぐに再会できるわ」

「……ああ。負けるなよ、美名」

「明良もね」

「バリ、頼んだぞ」

「いいのかい? 抱擁ほうようのひとつもしていかなくて」

「……うるさい」


 加護の言葉に送り出され、グンカとヤヨイ、明良の一行は、ひとつめの目的地、ヤマヒトに向け、東の空へと飛んでいく。

 少女は、三人の姿が見えなくなってからバリに向き直った。


三帥さんすいにはすぐに発ちますか?」

「そうしよう。もうすぐ夕闇が来る。これから数日、各地の守衛手との段どりのために移動するときは、姿が発見されづらい夜が基本になっていくよ」

「では、その数日……。合間で体力が残っているときで構いません。お時間をいただけますか?」

「……なにをする気だい?」

「刀を指南していただきたいのです」

「……貪欲だね。ヒトに教えたことはないけど、それでいいなら」

「はい! ありがとうございます!」


 二色にしき髪の少女は、別れたばかりの明良らだけでなく、クミやニクリやタイバ、そして、顔や魔名さえ知らない、この件に関わっていくすべての者――全員の無事を心のなかでまたひとつ願うと、出発仕度を整えるため、村長宅へと入っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る