不穏な招聘状と彼らの決断 1

「どうだ、グンカ師は?」


 入るなり、明良あきらが訊ねる。

 部屋の内部うちには寝台のグンカとそのそばに腰かける美名の姿があるのみだった。


「ヤヨイは? 姿が見えないが……」

「隣。少し休んでもらってる。出てく前、他奮たふん術を目一杯かけてくれたから、もうすぐ目を覚ますだろうって……」

「そうか……。覆いは?」

「たぶん、つけなくてもダイジョブ。私ももうしてないし、ヤヨイさんもうなずいてくれたわ。グンカ様が起きたとき、覆いをつけた私たちに取り囲まれてたら、びっくりするでしょ」


 少年が歩み入ってきたので、美名は立ちあがり、横へとけた。椅子をすすめる意図だったのだが、相手はそこには座ろうとせず、立ったまま、動力どうりき大師の様子をうかがっている。

 椅子を挟んでの無言の時間が、思ったよりも長い。微動だにしない少年は、思い詰めたような顔を続けていた。


(どうかしたのかな、明良……)


 居心地の悪ささえ感じ始めた美名は、なにか話したほうがいいかな、と話題を探しはじめる。

 クミやニクリ、タイバのことを話そうか。彼らが今、どうしているか。「向かっている場所」とはどこなのか、その移動の目的とは。明良ならなにかしらの憶測をつけているかもしれない。だが、あまり話し込むような内容だとグンカの介助にも障りが出る。なにかとりとめもない、他愛ない話題で別のものを――と考えたところで、美名はふと、あることを思い出した。

 つい先ほどバリの口から聞いたばかり、「ローファ」である。数日前、明良とも話した覚えのある名前だ。どうやら、ふたりに共通する知り合いであるらしい。以前の明良とのやりとりでは、自ら「話を聞かせて」と言った覚えもあった。

 グンカが目覚めるまでのこのつか、「ローファ」について聞いてみてもいいかもしれない。「ファ」という珍しい響きをもった魔名。明良もバリも、口を揃えて自分に似ていると評する(おそらくは)女の子――。

 美名は、その「ローファ」なる人物に興味が湧いた。


(うん、聞いてみよう)


 だが、美名が口を開きかけた矢先、部屋の戸がコンと鳴らされた。


「三人とも、いるかい?」


 外にいるのは、バリのようだった。


「広間に来てほしい。すぐにだ」


 口早に言ってから、廊下を渡る足音が響く。おそらく、呼び出しだけをかけ、すぐに引き返していったのだろう。

 美名と明良は、思わず顔を見合わせた。

 バリの性急な声音、戸板さえ開かずに急いだ様子。なにかしら、嫌な予感をふたりともが感じ取っていた。


「私、ヤヨイさんを……」

「いや……、せっかく休んでいるところを邪魔するまでもないかもしれん。ひとまず、俺たちだけで戻ろう」

「うん。あ、じゃあ……、一応、グンカ様が起きたとき、誰もいないと混乱するだろうから、書き置きだけするわ」

「判った。先に行っている」


 *


 和・美名様

 雑魚瑣末


 艱難辛苦の砌、苦心苦慮を御察し奉る。

 此度、栄華ワ行劫奪大師に慶福の路への御同道を賜りたく、上申の次第にて。ついては会合の機を設けし委細、御報せ奉る。


 翌々従い日 環季節 亥の刻

 新白鳥古城跡


 寒中に蟲蔓延るも、努々この逢合わせの機、失する莫れ。


 タ行使役末席 ト・レイドログ親書


 *


 居室に揃った者――バリ、明良、美名、そして、この辻堂つじどうの門衛を務める若者――がすべて卓についてから、バリは無言で紙きれを広げた。その内容は、以上に記されたとおり。

 明良は一見して怒りも露わな顔色に様変わりしたが、美名は二、三度と目を通しても、なお判然としない様子である。


「すみません、ちょっと……。難しい漢字や言葉が多くて……」

「でも、だいたいは意味が判るだろう?」


 バリに言われて、美名はふたたび、紙きれを眺め下ろす。


「レイドログが、次の次のしたがかん季節きせつの日ですね。十二……、いえ、十一日後でしょうか。この、『新白鳥しんしらとり古城こじょうあと』に来いって言って……る……?」

「そう。それも慇懃いんぎん無礼ぶれいに、も込めてね」


 手を伸ばしたバリが、文面上、「寒中に蟲」の部分を指差す。

 「蟲」――美名は、ハッとしてバリを見返した。

 ギリギリと歯噛みする明良が、「これは挑戦状だ」と吐き出すように言った。


「……挑戦状?」

「形式は、なまじ招聘しょうへいの形をとってはいるが、指定した日、場所にあらわれなければ、師に仕掛けたのと同様、『むしき』をそこらじゅうにばら撒き、蔓延はびこらせるぞ、と……。レイドログの驕慢きょうまんに満ちた、最低最悪の挑戦状だ」


 美名は、明良の怒り心頭の様子から目を戻す。

 卓上にポツンと一枚、置かれた紙。今やそれも、禍々しい瘴気を発する異物のよう、錯覚できるのだった。

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