鮮血の報せと占術解禁 5

「思ったよりあっさり受け入れてくれるんだね。僕も、一度殴り倒すくらいのことは覚悟していたんだけど……。いや……」


 バリは、少女の身体が小刻みに震えていることに気付く。

 あれは、武芸者の抜刀を恐れて震えているのとは違う。もちろん、怒りや敵意といった気配でもない。こらえているのだ。安否不明の仲間を、どうしようもなく心配する心。それを抑えているがため、少女は震えているのだ。


「『あっさり』と言ったのは、失礼だったかな」

「……力づくや頭ごなしで阻まれるなら、私はきっと、無理をしてでもバリ様を突破しようとしてました。でも、その骨……」


 美名の紅い目が、バリの掌中しょうちゅうに注がれる。


「『占い』に使われるものなのかどうか判りません。けど、その骨、今さっき調達してきたように見えます。ついさっきまで生きてたはずの動物の骨……。私と明良あきらがこの部屋に来てから、バリ様は外にひとりで出ていって、その骨を手に入れてきたんですよね?」

「……使い慣れた占術道具は、あいにく、手放してしまっていてね」

「外はまだ寒かったはずです。身体の芯まで凍えそうなくらい。雪も積もってて動きにくいし、歩きにくい。その動物だって、人里近くではそう簡単に見つかるはずもありません。でもバリ様は、そうまでして『占いの道具』を用意した……。それはきっと、あのとき、部屋を出ていく私の様子を気に病んでくださったから。クミたちが心配でならない私をなんとか励ませればと、そういう思いやりを起こしてくださったから……」

「……」

「私は、その心配りを嬉しく思います。無下むげにしちゃいけない。大事にしなきゃいけない。私の心は、バリ様の思いやりを裏切るようなことはしたくない。だから、バリ様とバリ様の『占い』に従います」


 それから少し、両者に視線を交わす間があり、ふと、男の口元が緩む。それでバリの臨戦気配は綺麗さっぱり消えてしまった。


「いやはや、君をただの年少者と侮るべきではないな。こちらがハッとするようなことをさらりと言う。自らのいやしさ、狭量さをあらためて思い知らされる。そうじゃないかい、明良くん?」

「……黙れ」

「図星かな、あっはっは。いずれにしろ、同じ顔をしたローファくんとはまた違った『不可解さ』だ」


 「ローファ?」と小首を傾げる少女に、またひとつ、バリはあけすけな笑いをくれた。


「別に悪い意味じゃないさ。とても好ましい『不可解さ』だよ」


 それからすぐ、三人は、これ以上グンカの安静を騒がしてはいけないとヤヨイに託し、居室へと場所を移した。

 四角卓の対面に美名と明良が座り、別の一辺、場を取り仕切るような形でバリが立つ。


「本来は三個から五個放るのが望ましいんだけど、美名くんの明察どおり、この状況に難儀して、見つけられたのはキツネが一頭。ぼくに使うには厚い弔いもしてやらなくてはいけなくて、結局はひとつだけになってしまった」

「……ひとつでもクミたちの無事を占えるんですか?」

「出来るよ。細かいところまではあいにくだけどね」


 特段のしつらえがあるわけではないが、バリが握り手を掲げ上げると、場にはどこか神秘的な気配が流れる。

 事前にバリから言われた「占い」の概論とは、「占術とは神々や魔名とは関係なく、この世界そのものを見るすべ」であり、「世界においては地を離れていようと、時を違えようと、すべてが関連している。小さな事象は大きな世界に繋がり、大きな世界はいくつもの小さな事象を示す」のだという。

 少年少女らには理解しきれるものではなかったが、場に流れる神秘的な気配は、バリの言う「世界そのもの」が今、まさに現れようとしているからなのではとも思えた。


「先に断りを入れておくが、信じたくない結果が出ても、僕を殴ったり、斬ったりしないよう、お願いするよ」

「……はい」

「素直で助かるね。トバズドリにいた頃は、有無を言わさず斬りかかってきたヒトもいたから」

「……余計なことは言わなくていい。早くしろ」


 明良に急かされたというわけでもないだろうが、バリの緩い表情がキッと引き締まるものに変わる。それから頭骨が卓上に落とされるまで、美名には時間が長く感じられた。

 コトン、コロコロと転がった骨は、頭蓋の天頂を上にして止まる。


「……生きているね。三人ともだ」


 占術の結果が告げられると、骨を見据えたままの少女の瞳から、ひと粒の涙が零れ落ちた。


「どこかに向かって動いている。三人が三人とも、同じ場所のようだ」

「……その向かっている場所とは、どこだ?」

「判らないね。卜に示されているのは、そこまでになる」

「現在の居場所は?」

「それも判らない」


 少年は満足でない様子で「ふぅ」とため息を吐くが、少女にとっては最良の結果であったらしい。流れた涙をグッと拭うと、わざわざ立ち上がってまで占術者に頭を下げた。


「ありがとうございました、バリ様。本当に、本当に……、よかった……」

「まぁ、まだ安心しきれるものではないけれどね」

「私、ヤヨイさんにも教えてきます!」


 元気を取り戻したらしい美名は、そう告げるや否や、居室を出ていった。


「あとはひとまず……、グンカ師の快復を待つだけか……」

「そういうことになるね」

「家を貸してくれている村長むらおさ家族は今、どこにいるんだ?」

「縁者のところのはずだよ。出て左に行って、みっつめだったかな。なにするつもりだい?」

「今のうちに挨拶しておく……。満足な礼もできないのに全面的に協力してくれたんだからな。貴様の対応では信用ならんのもある」

「なるほど……」


 戸に手をかけたところで少年は振り返り、バリに目をる。


「バリ。お前、まさか……」


 「嘘をいたのではないか」と言おうとして、明良は思いとどまった。


「……なんだい?」

「いや……。助かった。ありがとう」

「へえ……。君が僕に礼を言うとは、珍しいこともあるね」

「……」


 バリは、美名を安心させるため、嘘を吐いたのではないか。

 道具も不足し、結果の確認もままならないこの現状。「三人が生存している」という結果は、? まずは内輪揉めを収めるため、「占い」を利用し、虚言をろうしたのではないか。

 だがそれは、美名の安堵を、バリの「思いやり」を、すべてを台無しにしてしまう邪推である。口にした途端、仲間同士の関係を崩壊させてしまいかねない。


(無謀を抑えることができないばかりか、嫉妬じみた疑いをかけるとは、自らの狭量さが嫌になる……)


 明良は、ただ黙り、外へと出ていった。


 *


 「あとはグンカの快復を待ち、揃って本総ほんそうへ引き返す」。

 「占い」のあと、各々、介助に休息に連絡にと時間を充てていた一行。期せずして、緩やかな時間を過ごしていた。

 だが、一刻ほど経った頃、事態急転の出来事が起きてしまう。

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