治療薬と叛徒の目論見 1

 冬の落日らくじつは早く、すでに辺りは暗くなっている。

 明良あきらとの稽古けいこのあと、美名は、腹に負った傷の治療のため、メルララに付き添ってもらい、ヤマヒト村内のヤ行術者を訪ねていった。

 治療も終わり、今は、とりとめのない話をしながらの帰り道である。夕暮れには雪が止んだのも幸い。もうまもなく、村の中心から外れたところ、アサカの居住に戻れる頃合いだった。


「えっ?! メルララ様……。それってホントですか?」


 美名は、驚きのあまり、照らしあかりの持ち手を落としそうになった。


「……はい」

「はぁ……。あ、いや、決して! 決して、ゲイルさんが悪いってそんなふうに言ってるわけじゃなくてですね。あの、その……。意外と言うか、なんというか……」

「ふふ……。判っております。自分でも不思議なのですが、何度断ってもめげない姿にほだされた……とでも言いましょうか……」

「はぁ……」

「ですけど、そうなってみると、それも不思議なもので、よい面も多く見えてくるのです。情に厚く、仲間想い。ああして、普段は調子のよいヒトですが、芯では旅路を有意義にしたいと、本当にひたむきで……」

「……あの、ですね。たとえば、クメン様とかは……、どうだったんですか?」

「どう……、とは?」

「それは、その……、よき仲になるならクメン様はどうかなと……。クミも、クメン様のことはしきりに『たいぷ』やら『かっこよすぎる』やら『ごはん三杯はいける』やら、絶賛してますし。あ、あ、ああ! ゲイルさんが悪いって言ってるんじゃないですよ?」

「ふふ。クメン様は……。そうですね。名づけ師として尊敬はしておりますが、どこか超然としていて、そういう対象として考えたことは……」

「……ない?」

「……」

「おありになるんですね?」

「……美名様も、なかなかに意地悪ですね。ほら、もうすぐそこなので、この話は内密にお願いします」


 住居のほうには明かりがないので、男連中は虫蔵むしぐらに揃っているのだろう。美名らは、そちらへ向かっていった。

 入った蔵のなかでは、空気がどこかおかしい。床に正座で座らされ、憮然ぶぜんとしている明良と、それを見下ろすゲイル。そして、卓につき、ふたりを微笑ましく眺めているクメンの姿である。

 まずは、ゲイルが顔を向けてきて、「おかえり」とねぎらった。


「どうだった? 傷は綺麗に塞がったかい?」

「はい。それは大丈夫ですけど、これは……なにを……?」


 目を向ければ、明良のバツの悪そうな顔が見返してくる。

 ゲイルは、ふんと鼻を鳴らし、「叱ってやった」とうそぶいた。


「稽古とはいえ、よきヒトに剣を向けるなんて行き過ぎだってな。コイツを叱り散らしてたところだよ」

「あぁ~……。なるほど……」

「万が一があったらどうするんだ、まったく……」

「それなら……」


 美名は、雪を払ってから、ゲイルに寄って行き、頭を下げる。


「美名ちゃん……?」

「万が一のことは……、ありえなかったと思います。今になってみると、私たちは、心のどこかで判ってた気がします。絶対に、お互いに深手を負わすことはない。いえ、『できない』……かな……。明良は必ず、避けるか流すか、応じてくれる。私だってそう。相手に刃が届くことは、絶対にない」


 ゲイルの開いた口が塞がらない。

 美名は、「それに」と続けると、ゲイルに正面を向けたまま、背後のメルララへ、目配せする仕草を見せた。


「そういう感じ方ができるって、ゲイルさんなら判ってもらえると思います。ね?」


 などと言い、二色にしき髪の少女が、どこか妖艶にも見える微笑を浮かべる。

 唖然あぜんとするゲイルは、メルララと美名とを何度か見やってから、大きなため息をついた。


「……はぁ。判ったよ、判った。ほら、明良。もう立ってくれ」


 立ち上がる明良に、ゲイルは耳打ちに行く。


「あのは、案外、食えないな。気を付けろよ、お前」

「……『食えない』ってなんですか。ゲイルさん」


 少女のとがめにビクリとするゲイルは、助けを請うようにメルララのほうを見る。

 それがいっそうおかしくて、美名はまたひとつ笑みを零した。メルララとクメンも同様に、明良だけがひとりできょとんとしている。

 そんな和やかな場で、奥にある戸が開くと、アサカが入ってきた。


「何を騒いでいる。できたぞ」


 場の者は、一斉にアサカの周りに集まっていった。

 彼の手には薬包やくほうがあり、みっつの練り粒が乗っている。


「これが『冷水ひやみず』の治療薬か?!」

「それ以外に何がある。こっちには投薬の仕方とその後の介助について書いておいた」


 明良は、薬と紙片とを奪いとるようにすると、美名へと向き直る。


「美名。早速、グンカ師のところへ戻るぞ!」

「うん!」


 帰り支度にかかろうとするふたりに、「待て」と声がかかる。制止をかけたアサカは、手近な椅子に腰を下ろしていった。


「まだ、話がある」

「話? 何の話だ? そうグズグズとしてられんのだぞ!」

「……貴様はまず、そのはやりがちの性根から直す必要があるな。動力どうりき大師の『むしき』が文献のとおりであるなら、あと二、三日の猶予ゆうよはあろう」

「もし、文献のとおりでなければ一大事だろうが!」

「文献のとおりでなければ、そもそも、その薬に効果はない」

「ぐっ……。話とやらが屁理屈なら、聞いている暇などないぞ!」

「『遡逆そぎゃく』の話だ」


 荷袋を背負いかけた明良の動きが、ピタリと止まる。


「『遡逆』……?」

「供された『代価だいか』は、まったくの奇譚きたんだった。俺に、稼業や研究内容の転換を考えさせるほどの……」


 アサカは、チラリと美名を見る。

 少女が話した「神世かみよの話」。好奇心を行動原理とする偏屈者アサカは、その話によっておおいに刺激を受けたものらしい。


「『代価』に見合うものとして、俺は、『蟲憑き』の治癒法と『遡逆』に関する見解を提供すると約束した。それを不足にしてしまっては、俺自身の道理にもとる」

「……これと同じく、書きつけてくれれば後で読む」

「話したほうが早い。それに、記録に残してしまえば、真似をする馬鹿が他に現れんとも限らん」


 有無を言わせぬ言いざまに、不服そうではあるが、明良は荷物を降ろした。

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