嵩ね刀と幾旅金 3

 弧を描いて追撃が迫る――。


「くっ、ワ行ッ!!」


 少女は咄嗟とっさに「奪地だっち」を使い、後ろに跳んだ。

 だが、それもかみ一重ひとえの回避。ふゆ羽織ばおりはスッパリ斬られてしまい、露わになった白肌に一筋、鮮血が走る。

 しかし、闘志たぎる少女は、些細なキズなど意に介さず、体勢を立て直しもせず、跳んだ先で片足をつくと、そのままの反動で逆行し、明良あきらに跳び向かっていく。


「まだぁッ!」

「上々だ!」


 ふたたび、少女と少年の真っ向からの激突。

 今度は一合いちごうでは済まず、二度、三度――四度、五度――剣合けんごうが次々と重ねられていく。

 真剣同士での数多い打ち合いなど、幼い頃の美名と先生のように、どちらか一方の別格で弱小者に合わせてやっているのでなければ、本来、あることではない。

 だが、今、この場において、優劣の差などかけらもなかった。まったくの互角なのである。

 この短いあいだにお互いを高め合ったふたりは、何者をも寄せ付けない均衡きんこうの境地に至ったのだ。


「らぁあぁっ!!」

「うぉおぉッ!!」


 刃のぶつかる音が、雪よりかさんで降り注ぐ。

 間合いを詰める様子でもないのに、なにかの不可思議な力に引かれるかのよう、ふたりの距離が徐々にせばまっていく。

 美名と明良は、ただただ刀を振り続けた。


 それから、悠に四半刻近くは経った頃だろうか。

 無限に続くかに見えた仕合しあいにも、終わりの兆しがやってきた。

 体力の限界である。


(これが!)

(最後か!)


 終局を自覚したふたりは、まったく同時に大きな振りかぶりを見せた――。


裁断さいだぁんッ!」

たぁァッ!」


カァン


 最後の一撃もやはり互角。かさがたな幾旅金いくたびのかねは十字に交差し、甲高い音が木霊こだまして響く。

 一瞬だけ、その交わりをかたどり、十字形に空間がひずんだようになったが、力を出しきったばかりのふたりが気付くことはなく、そのまま、並ぶようにして倒れ込んだ。


「――ッ」


 受け身も取れずに倒れ込んだ先は、柔らかい雪のうえ。幸いにも、どこかしらをぶつける憂き目には遭わずに済んだ。

 上下逆さま、向き合う格好となったふたり。

 息遣いが白煙となって昇り、少女は「ふふ」と力なく笑う。


「すぐには……立てそうもないや……」

「……俺もだ」


 相手の上気した顔が、限りなく近い。

 お互いに気恥ずかしくはあっても、疲れのために背けることもできず、見つめ合うしかない。


「……俺は……」

「ン?」

「こんなこと言うのは……、不謹慎なのは承知しているが……楽しかった」

「……ふふ。なら、稽古けいこは大成功ね」


 美名も明良も、組み稽古に際して目的にしたこと――「決闘に備え、覚悟を決める」――この達成はもとより、それ以上のものを得られた実感がある。

 その実感と、降り積もる雪と、血潮ちしおの鼓動。

 そして、目の前の「よきヒト」。

 少年少女にとり、静かな余韻よいんは心地がよかった――。


「雪……」

「雪?」

「うん。雪」


 相手が何を言いたいのか測りかねる明良は、瞬きをする。


「ホントは……、こういう雪を、明良とクミと……、ふたりといっしょに……見たかったんだけど」


 ようやく明良は、美名との連絡に使っていた相双紙そうぞうしに、いつか書かれていたことを思い出し、目を閉じた。そうすれば、アナガの幻燈げんとう術――「まぶたうつし」の効果で、はっきりと記憶した文面が蘇る。

 「年の初めに明良とクミとで、ふわふわと降ってくる雪を眺められたら」――。


「……願いが叶ったうちに入らないのか? 今は」

「うん。今は……、違うね」

「そうか……。年明けはまだだし……、クミもいないな」

「そうじゃなくて……、今、私は……。私の目には……」


 言いかけた美名だったが、ふいにハッとすると、途端に険しい表情になる。 


「……どうした?」

「なにか近づいてきてる……」

「なに?」

「たぶん、馬……」


 おくれて明良も、地面のがわの耳で聴き取った。

 カツカツとゆっくり、規則的な音が響いてくる――。


「……よもやとは思うが、悪逆どもじゃないだろうな」

「そんな……。今はまともに動けそうもないのに……」


 なんとか立ち上がろうとするも、ほんの少し上体が動いた程度。こんな状態で襲撃に遭えば、ひとたまりもない。

 だが、ふたりの心配は杞憂きゆうに終わった。


「お前ら、なにしてんだ?」


 たしなめるような声は、美名も明良もおおいに聞き知ったゲイルのもの。どうやら、薬の材料集めからメルララといっしょに戻ってきたところらしい。


「いったい、なにがあったんですか?!」


 ゲイルに先駆けて馬を降り、駆け寄ってきたメルララが、美名を抱き起す。


「あはは……。ちょっと、やりすぎちゃって……」

「……とにかく、こんなところで寝ていては体調を崩してしまいます。ゲイルさんは、明良さんをお願いしますね」


 そう頼んだメルララは、美名に肩を貸して援けてやりながら、アサカの居宅へと向かっていった。

 一方、明良は、旧友からの介抱を得られず、探るような目つきで見下ろされている。


「いい度胸してるな」

「……どういうことだ、ゲイル?」

「お前……。こんな雪降りのなか、美名ちゃんと仲良く寝転んで……。言ったよな? 稽古に励むのはいいが、おかしなコトはするなよって!」

「……とりあえず、俺も運んでもらえると助かるんだが」


 鼻息を荒くするゲイルは、乱暴に腕だけをつかむと、明良の身体を引きずり、雪のうえを滑らせていくのだった。

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