提供と代価
炊事場と一体となった居室は、広さがなく、家具調度品も最低限といったところ。よく言えば整頓されており、悪く言えば閑散とした印象である。
立ったままや竹編みの
仲間うちで「
アサカならば、その詳細と治癒法、そして、「
あるのなら、協力してくれないか――。
だが少年は、用向きを話してすぐ、脈絡のないことを語りだしていた。
「
どれもかいつまんだ説明だったが、美名は、なぜ明良がこんな話をしているのか、なぜアサカは協力の是非も答えず黙って聞き入っているのか、見当もつかなかった。
クミが予想してきた遡逆術の効果についても語り終えると、少年は、アサカの顔色をのぞき見るようにした。どうやら、彼の「脈絡のない話」は終わったようである。
だが、沈黙が少しあってのち――。
「足りんな」
卓についてから初めて発せられたアサカの言葉は、色よいものではなかった。
「貴様が今した話は、彼らが聞かせてくれたのと重なるものが多い。俺の興味がすでに費やされたものだ」
「彼ら」のところで目を向けられたのはクメンやメルララだったが、名づけ師ふたりは、バツが悪そうに肩をすくめてしまう。
どうやら、緊急を要するこの協力要請の場にて、何が行われているのかまだよく判っていないのは自分だけだと悟ると、美名はたまらず、「どういうこと」と少年に訊いていた。
「明良。コレは今、何をしてるの?」
「……『
「好奇心を……動かす?」
「ああ。かつて、俺がこの家に置いてもらったときは、『同居の代価』として『記憶を奪われた俺そのもの』がヤツの興味の対象となった。おかしな薬や問答、さまざまなことに付き合わされもしたが、そのぶん、記憶がなく、
「珍しく
「俺が悪いんだ」と
「せっかく戻ってきたのに、村を飛び出してったことやケガのことで、親父とまたケンカしちまって……。ウチに泊まるわけにいかなかったんだ。ヤマヒトのほかの家もウチとの付き合いがあるから、俺を
「すまん」と頭を下げるゲイルだが、こればかりは間が悪かったとしか言いようがない。責めることなど当然できず、美名はパチパチと目をしばたたくばかりだった。
またも沈黙が落ちたなか、アサカが、ため息とともに「以上か?」と訊ねてくる。
「俺が提供できるのは、『
相手の言を受けた明良は、血相を変えて立ち上がると、ほとんど胸倉をつかむような勢いでアサカに迫る。
「知っているのか、『蟲憑き』の治癒法を?! 時間がないんだ! 知っているなら話せ!」
「足りないと言っている。貴様、しばらく見ないあいだに野盗にでも落ちぶれたか? 『何かを得たければ力でなく頭を使え』。これも言ったはずだ」
「足りない分が埋められるのなら金も払う! 頼むから話してくれ!」
「……下劣め」
アサカは、
「この
「クソッ、あいも変わらずの
悪態をついた明良は、苛立ちを隠そうとせず、大きな音を立てて座り込んだ。
そうしてまた、場には沈黙の空気が漂う。
グンカの「蟲憑き」を治癒できる方法を知っているのなら、美名も当然、なんとしてでも手に入れたい。手に入れねばならない。
だが、どうすればよいのか。
強く懇願すれば、アサカは応じてくれるのか。
窮状を訴えれば、この男は首を縦に振ってくれるのか。
しかし、これまでのやりとりから察するに、それらが効果あるようには思えない。
明良といっしょに暮らしていたというこのアサカ。
彼を動かすためには、心情に訴えるでもなく、損得でもなく、彼自身が厳然と宣言したとおり、知的好奇心を誘わなければならない――。
「ワ行劫奪の……、実演はどうでしょう?」
美名は、ぽつりと提案してみた。
「『
少女に顔を向けてきたアサカだが、おもむろに首を振って返す。
「足りないな。名づけ師から話を聞き、おおむねの推測は立てられた。重みを失くすのは、
ほとんど言い負かされるような形になり、少女は
(何か……、何かないの?)
なんでもいい。
この難物、アサカが納得するようなもの――。
顔を上げ、なにかしらのきっかけがないものかと見渡していた美名は、ふと、炊事場に目がとまった。
置かれた食器のひとつ。小ぶりの
これまで旅してきた地ではあまり見られない形のもの。だが、その椀に似たものを、美名は、あたたかな感情とともに記憶に残している。
別世界で出会った母と娘。
ふたりといっしょに囲んだ朝食。
湯気立つ白米――。
「……
少女は、ぽつりと呟いてから、アサカに顔を向ける。
「神世の話はどうでしょう」
「神世……。神々の住む地か?」
「はい。神世には、馬も動力も使わずに速く走る、
少女の言葉が重ねられるたび、アサカの目の色が変わっていく。
「代価」として足りる手応え。
美名だけでなく、見守る者たちも、それを確信した。
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