山深くの村と思わぬ再会 2

「クメン様! お久しぶりです!」

「お久しぶりです。あぁ、明良あきらさんもですね」

「クメン師……。なぜ、貴方あなたがこの家に……」


 当惑の少年少女に目を配せると、オ・クメンは、寝起きてすぐの様子にもかかわらず、美しく微笑んでみせた。


「名づけの旅で巡るなか、私たちはゲイルさんの里帰りのため、このヤマヒトに寄ったのですが、諸事情により、アサカさんにご厄介になっていたところなのです」

「『私たち』……。それじゃあ、メルララ様もここに……?」


 微笑のままにうなずいて返したあと、クメンは表情を少し固くする。


「それより、おふたりこそ、どうしてこの村におられるのです? 明良さんの里帰りでもないのでしょう? たしか、昼間の『叛徒はんと布告』では、此度こたびの大師反逆に際し、残る十行じっぎょう大師が総力を挙げ、対処にあたると……」


 「その件だ」と割り込んだ明良は、開かれた戸のすき間から内部なかをのぞき見る。

 かつて明良が使っていた寝室からは、妙齢の女性の顔――名づけ師メルララが、居室からはゲイルが、それぞれ「何事か」といった様子でうかがってきていたが、少年と目が合うと、ふたりともが顔色を晴れさせている。

 だが、目あての人物が見当たらない――。


「悪いが、事情を詳しく説明している暇がない。クメン師。アサカを起こすか、中に入れてもらえるか?」

「アサカさんなら、あちらの虫蔵むしぐらにおられますよ」


 目線でクメンが示したのは、隣接する建物。石組み造りで窓もなく、生活感がまったく感じられない。冬山の夜に沈むかのよう、ひっそりした建造物である。


「何度も遠慮させていただいたのですが、三人も寝泊まりするようでは騒がしくてこちらにはいられない、蔵のなかで寝起きするとかたくなに仰られて……」

「ヤツの言いそうなことだ」


 あかりの乏しい小径こみちを慣れた様子で歩いていくと、明良は、虫蔵の入り口戸をドンと無遠慮に叩く。


「おい、アサカ! 起きろ! 起きてくれ!」


 二、三度、そうやって戸板を殴りつけるも、返事がない。虫蔵は、ひっそりしたままである。

 舌打ちを鳴らした明良は、ふたたび剣を抜いた。


幾旅いくたびざんッ!」


 すっぱりと断ち斬られた戸板が、激しい音を立て、崩れ落ちる。明良は、そのまま内部なかへと入り込んでいった。

 躊躇ちゅうちょのないその様子に顔を見合わせたあと、美名とクメンも少年のあとを追い、虫蔵のなかへ立ち入っていく。


 先に入った明良が明かりをともしたのだろう、後続の美名たちが入ったときには室内を見渡すことができたのだが、この「虫蔵」には、ある種の異様さがあった――。


(なに、ここ? 暖かい……)


 見る限りは民家の造りとはほど遠く、石組みの壁も露わな広めの部屋なのだが、異様さのひとつはまず、室内を満たす空気である。

 暖石だんせきをいくつも使ってでもいるのか、ムッとした暖気だんきが、夜気で冷やされた少女の肌にまとわりつく。

 防寒にしては、異様に暑く感じられた。

 次の異様さは、蔵のなかの諸々もろもろ――。


(わ……。なんだかよく判らないモノや本がいっぱい……)


 中央の作業机、そのうえにはよく判らない器具や走り書きの紙。宙に浮かべるかのよう、ところどころで用途も知れない樹木皮のかたまりが吊るされている。奥には書棚がいくつもあり、まるで書店かと見紛うばかりの蔵書量である。

 いったいどんな部屋なのだと首をかしげたくもなるが、ひときわ目につくのは、壁沿いの据え置き棚に並ぶ硝子がらす箱の数々である。

 少女には、それもまた、何に使われるものなのか見当がつかない。ただ、いちばん手前にある箱で、カサコソと動くような音と小さな影が動いたような気がした――のだが、もっとも異様な光景が目の前にあったため、それについては気に留める暇もなかった。

 もっとも異様な光景――それは、入ってすぐの地べたに広げられた布団のなか、平然と寝入ったままでいるヒトの姿である。


(こ、このヒトがアサカ様……?)


「アサカ! おい、起きろ! 起きてくれ!」


 明良は、布団の傍らにひざまずくと、乱暴に揺らす。

 すでに、蔵の戸板が斬り倒され、三人も乱入してきた騒々しさ。さらに揺り動かしも加わったというのに、その者は依然として布団から出る気配を見せない。


(まさか、こんななかでまだ眠っていらっしゃるの……?)


「おい、アサカ!」


 ほとんど殴るような勢いで少年に揺らされると、それがさすがに決め手となったのか、相手はムクリと身体を起こしてきた。


「貴様か」


 腫れぼったい目をしたまま、相手は低く言う。

 このアサカ、年は初老と思われる頃合い。

 額が広く、しわの刻みは深く、はっきりした顔立ちである。白髪まじりの丸刈り頭にこざっぱりした印象を受けるが、眉根を寄せ、口元を曲げて歪める表情には、どこか神経質そうな気配が漂っていた。


「忘れたか? 俺ときょをともにするならば、守らなければいけないことのひとつ」

「……『睡眠を邪魔しない』、だろう?」


 アサカは、少年をじっと見据える。

 長くともに暮らした相手がふいに現れたというのに、喜んだり驚いたりする様子もなく、ただ見ている。その表情には、寝込みを起こされた不快さや、ましてや眠気の残りなどはいっさい感じられない。まるで無心のままに見ているのだ。

 前もって聞かされてはいたが、美名はあらためて、「気難しそうなヒト」だと思った。


「眠りを妨げるのは、殺害に次ぐ大罪だ。ヒトの頭脳は、眠りを得てこそ正常に機能する。老若男女、魔名行などの違いを問わず、すべてのヒトにとってな。貴様は今、俺が唯一誇るべき知識や記憶、それらを傷つけたに等しい。判ってやったものなら尚更ひどいぞ」

御託ごたくはいい。訊きたいコトがあるんだ。今すぐに」


 アサカは、明良を見、少女を見、クメンを見――それからひとつ、大きなため息を吐く。


「訊きたいコトとやらに見合う『代価だいか』は、あるんだろうな?」

「チッ……。やはり、ソレか! 時間が惜しいと言うのに」


(『代価』……?)


 虫蔵に立ち入ってからこちら、数々の不可思議がありはしたものの、ここではじめて、美名は首を傾げた。

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