大師の昏倒と慮外の潜入 3

(クソ餓鬼がきどもが……。世話を焼かせる)


 少女が警護隊待機室に無事に入った様子なのをと、ゼダンは窓から離れ、ため息をつきつつ執務椅子に腰を下ろした。

 だが、山積する公務、軍備設置策をすぐに再開できるわけではない。があるためだった。

 外廊下に姿を現したその来客に対し、ゼダンは無視を決め込んでいたが、離れる気配もなく、目障りで仕方ない。億劫おっくう極まりないが、応対するよりほかになかった。


「入れ」


 しょうじの言葉を受け、大都王の執務室に入ってきたのは、緑髪の少年――ユ・ヤヨイである。


「……どうした? 帰化の願いをしにでも戻ってきたか? それだとて、貴様なぞはあの餓鬼ども以上に不要なのだがな」


 ゼダンの皮肉に、少年の口の端は異様なほどに吊り上がった。


「言われっぱなしではしゃくに障るのでね。こちらも少しばかり、忠告をしたいと思いまして」

「……『操狗そうく』も施せたということは、は、よほど軟弱な性根だったと見えるな」


 「タ行・操狗」とは、タ行使役しえきの高位魔名術である。

 術がけした対象を従僕として完全な支配下に置くことができる魔名術であり、まるで我が身のごとく、見聞きすることを感知したり、体躯を動かすことが可能となる。

 だがそれは、動物を対象とした術であり、ヒトに対して行使できるものではない。 

 ヤヨイ――の身体を使役している(らしき)者は、「可哀想ですよ」と鼻で笑った。

 

「プリム嬢や美名ちゃん、大師連中と比べてしまったら、大抵のヒトは軟弱になってしまいますよ。懸想けそうの果て、身の丈に合わない場にやってきて、人知れず……相手にさえ気づかれず、見事に玉砕した勇気ある青年なんですから、大目にみてやってください」


 おかしくてたまらないとでもいった様子、笑い交じりに言う相手へ、ゼダンは平手をかざし向ける。


「そんなくだらないことを言うため、わざわざ戻ってきたのか?」


 は、ハンと鼻で笑う。

 その拍子に、光の加減か、口元の銀装飾が妖し気に光った。


「言ったはずだ。早く大都だいとから立ち去れ、と。どこを機と見たのか、野望の達成に乗り出すのは勝手だが、あまりに浅薄せんぱくだ。ほかでやれ」

「ヒトの世をグチャグチャにしてやりたい……。俺の野望は、一千年前に大戦争を引き起こしたあなたの父君のものとそう大して変わらないはずだがね」

「……言葉を選べよ、ケダモノが。父王ぶおうの理想と、貴様の破壊願望とを一緒にするんじゃない。私に盾つけば、貴様もシアラもタダでは済まさんと忠告したつもりだったのが、汲み取れもしなかったか?」


 ゼダンに魔名術発動の気配が走る。

 だが、のほうが先んじて平手を向けた。それは、魔名術を放つというよりは、「待ってくれ」と言わんばかり、制止するような仕草である。


「いいのかな? この子を、この場で消し炭にして」

「……」

「大事な仲間が殺されたとなったら、美名ちゃんたちは血相を変え、すぐにでもあなたを討伐に来ますよ?」


 は、不敵に唇を歪ませる。


「まあそれでも、まず間違いなくあなたが勝つんでしょう。だが、そのあと、魔名教会やほかの大師連中もゴソっとやってくるでしょうな。そこに……、仮にですよ? もしも仮に、三大妖さんたいようも大挙してやってきて、大事な大事な大都の町が襲撃されたとすれば……。果たしてあなたは、この小さな国を守りきれるものでしょうかね? あなたに忠実な大都の民は、誰も死なずに済むものですかね?」

「……それが貴様の動きだした理由か?」

「ヒトなんて生き物は、弱みになるのが明らかなのに守るものを作りたがる。真名まな宣布せんぷ程度で心が折れてしまったのを見て、所詮はあなたもヒトなのだと気づかされたんですが、考えたとおり……、アンタは、大都を弱みにしてしまったな」

「……シアラはともかく、貴様は早急に始末しておくべきだったか」


 戦意が籠められた言葉とは裏腹に、ゼダンの手のひらから光が消えていくのを見て取ると、の表情は愉悦の色を満面にたたえる。


「あぁ……、気持ちがいい。けた外れの魔名術をいいことに、幅を利かせていた上役うわやくに唾を吐く……。スカッとするね。ついでに『転生てんせい術』の詳細も教えてくれやしないかな? アンタだけに許された特性というわけではないのだろう? 永遠の旅路を手に入れる手順、教えてくださいよ」


 恍惚こうこつとし、欲をかいた要求までしだす相手に、ゼダンは鋭い語気で「立ち去れ」と一蹴した。


「貴様が言う『仮に』が実現したとして、大都は確かに衰えるかもしれん。だが、その先の貴様の旅路は、悲惨なものになろう。私は、貴様を殺さん。頭だけを残し、絵画のようにそこの壁にはりつけにするだけだ。貴様は、復興し、より隆盛していく大都の展望を、物も言えず、何も食べられず、痛みと麻痺とを繰り返しながら、この部屋で眺め下ろすのみの余生を送ることになる。肝に銘じておくがいい」

「おぉ……。こわ……」


 肩をすくめてみせたは、退散の気配を見せたが、戸口に手をかけたところで、ふと思い出したように振り返った。


「ああ、そうそう。肝心の忠告を忘れてました」

「……」

「ああは言いましたがね、俺は、アンタを敵に回すつもりはない。今のところ、好き勝手するのも、大都以外の場所になっているんですよ。どこを襲うか、何をするか、シアラに乗っかってるだけなんでね。だから、アンタも俺たちの邪魔はしないでもらいたい。忠告のひとつはそれです」

「……他は?」

「あとはひとつだけです。これから……、いや、ですね。ひと騒ぎ起こしてきてるんで、それを見逃してもらいたい。変にちょっかい出さずに、見送ってやってほしいんですよ」


 眉をひそめたゼダンは、瞬き程度のあいだ、瞑目めいもくをすると、「グンカか」とつぶやいた。

 波導術を用い、何が起きているのかを察知したようだった。

 は、肯定の意だろう、ニヤリと笑った。


です。それも、ゆっくり。少しずつ……。数日をかけ、じわじわと死んでゆくんです。無力感に苛まれ、絶望に歪んでいく美名ちゃんやクソ小僧の顔を思うと、くふ、ふふ……」

「……趣味の悪いケダモノめ」


 ゼダンからの侮蔑ぶべつに「お互いにね」と返したは、ニヤニヤ顔のまま、執務室を出て行った。

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