大師の昏倒と慮外の潜入 3
(クソ
少女が警護隊待機室に無事に入った様子なのを聴き取ると、ゼダンは窓から離れ、ため息をつきつつ執務椅子に腰を下ろした。
だが、山積する公務、軍備設置策をすぐに再開できるわけではない。来客があるためだった。
外廊下に姿を現したその来客に対し、ゼダンは無視を決め込んでいたが、離れる気配もなく、目障りで仕方ない。
「入れ」
「……どうした? 帰化の願いをしにでも戻ってきたか? それだとて、貴様なぞはあの餓鬼ども以上に不要なのだがな」
ゼダンの皮肉に、少年の口の端は異様なほどに吊り上がった。
「言われっぱなしでは
「……『
「タ行・操狗」とは、タ行
術がけした対象を従僕として完全な支配下に置くことができる魔名術であり、まるで我が身のごとく、見聞きすることを感知したり、体躯を動かすことが可能となる。
だがそれは、通常であれば動物を対象とした術であり、ヒトに対して行使できるものではない。
ヤヨイ――の身体を使役している(らしき)者は、「可哀想ですよ」と鼻で笑った。
「プリム嬢や美名ちゃん、大師連中と比べてしまったら、大抵のヒトは軟弱になってしまいますよ。
おかしくてたまらないとでもいった様子、笑い交じりに言う相手へ、ゼダンは平手をかざし向ける。
「そんなくだらないことを言うため、わざわざ戻ってきたのか?」
ヤヨイは、ハンと鼻で笑う。
その拍子に、光の加減か、口元の銀装飾が妖し気に光った。
「言ったはずだ。早く
「ヒトの世をグチャグチャにしてやりたい……。俺の野望は、一千年前に大戦争を引き起こしたあなたの父君のものとそう大して変わらないはずだがね」
「……言葉を選べよ、ケダモノが。
ゼダンに魔名術発動の気配が走る。
だが、ヤヨイのほうが先んじて平手を向けた。それは、魔名術を放つというよりは、「待ってくれ」と言わんばかり、制止するような仕草である。
「いいのかな? この子を、この場で消し炭にして」
「……」
「大事な仲間が殺されたとなったら、美名ちゃんたちは血相を変え、すぐにでもあなたを討伐に来ますよ?」
ヤヨイは、不敵に唇を歪ませる。
「まあそれでも、まず間違いなくあなたが勝つんでしょう。だが、そのあと、魔名教会やほかの大師連中もゴソっとやってくるでしょうな。そこに……、仮にですよ? もしも仮に、
「……それが貴様の動きだした理由か?」
「ヒトなんて生き物は、弱みになるのが明らかなのに守るものを作りたがる。
「……シアラはともかく、貴様は早急に始末しておくべきだったか」
戦意が籠められた言葉とは裏腹に、ゼダンの手のひらから光が消えていくのを見て取ると、ヤヨイの表情は愉悦の色を満面に
「あぁ……、気持ちがいい。
「貴様が言う『仮に』が実現したとして、大都は確かに衰えるかもしれん。だが、その先の貴様の旅路は、悲惨なものになろう。私は、貴様を殺さん。頭だけを残し、絵画のようにそこの壁に
「おぉ……。こわ……」
肩をすくめてみせたヤヨイは、退散の気配を見せたが、戸口に手をかけたところで、ふと思い出したように振り返った。
「ああ、そうそう。肝心の忠告を忘れてました」
「……」
「ああは言いましたがね、俺は、アンタを敵に回すつもりはない。今のところ、好き勝手するのも、大都以外の場所になっているんですよ。どこを襲うか、何をするか、シアラに乗っかってるだけなんでね。だから、アンタも俺たちの邪魔はしないでもらいたい。忠告のひとつはそれです」
「……他は?」
「あとはひとつだけです。これから……、いや、もうですね。ひと騒ぎ起こしてきてるんで、それを見逃してもらいたい。変にちょっかい出さずに、見送ってやってほしいんですよ」
眉をひそめたゼダンは、瞬き程度のあいだ、
波導術を用い、何が起きているのかを察知したようだった。
ヤヨイは、肯定の意だろう、ニヤリと笑った。
「カ行の若大師の最期です。それも、ゆっくり。少しずつ……。数日をかけ、じわじわと死んでゆくんです。無力感に苛まれ、絶望に歪んでいく美名ちゃんやクソ小僧の顔を思うと、くふ、ふふ……」
「……趣味の悪いケダモノめ」
ゼダンからの
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