少女の別れと再会の予感 2

 飛んで行った者たちを見送ってまもなく、背中を向けて歩き出した少女。村長むらおさは、その背に慌てて声をかけた。


「ちょっと、お嬢ちゃん。そっちにあるのは空き家だけで、あとは……」

「帰るから、私のことは気にしなくていいよ」

「帰るって言ったって……。もう、イリサワは……」


 羽虫の鳴くような声の村長に顧みることもせず、ローファは、山のなかへ入っていった。


 *


「やっと帰る気になったか。外界観光はどうだった?」


 山中ではローファがひとり歩くだけだというのに、明らかに彼女のものでない声が、訊ねるように発せられた。


「面白かったよ」

「『面白い』、ねぇ……」

「センセイの言葉を信じて、『我らの地』を出てみてよかった」

「その言いっぷりだと、『耳無みみなし』を根絶やしにするって意気込んでいたのは引っこんじまったのか?」

「う~ん……。ちょっと考えてみるよ。長老たちにも、耳無のこと、みんなが怯えるほど怖いモンじゃないって話さないといけないなぁ。黙って出てきたし、『守り鳥』も勝手に持ち出してきちゃったし、怒られるんだろうなぁ……」

「あれだけ暴れることができるロフが、魔名さえ持たない老害たちを怖れているとは、いまだによく判らんね」


 姿の見えない相手に、「野蛮だね」とローファは笑った。


「ロフは、ちょっと気を付けたほうがいいな」

「なにを?」

「お前、少しも隠す気がなかっただろう? 言動はあからさまに怪しいわ、他奮たふんと偽って遡逆そぎゃくを使うわ、死出しでの覚悟のふたりに識者しきしゃで横やり入れるわ、滅茶苦茶だ。これで、さらについていこうとしていたら、さすがに止めにかかってたところだぞ」

「そんな気がしたから踏みとどまったんじゃない」

「もっと早く、だ。バリ大師と動力どうりきの弟子は、なにやら勘づいているふうだった」


 「そうだったの?」とローファは、意外そうな顔を右手に向ける。だがやはり、視線を向けた先では冬木の山景色が続くのみ。ヒトの姿どころか、獣の一匹とていない。


「どうせ、隠す気なんてなかったもの。『イリサワをやったのは誰だ?』って訊かれたら、『私だよ』って驚かせて、それから殺してあげるつもりだったんだから、いいんだよ」

「……」

「でも、その直前で変な邪魔が入ってくるんだもの。それで、『守り鳥』を奪ってったヤツが犯人だって勘違いしちゃうしさ。せっかく、明良あきらくんが訊いてくれるの、楽しみにしてたのに」

「殺すならさっさと殺せばよかったはずだ。もったいぶらずに」


 饒舌じょうぜつだった少女の口が、ピタリと止まった。


「明良くんに、懸想けそうでもしたか?」


 少女の足もピタリと止まる。

 あからさまな動揺に、相手は、「ふっ」と鼻で笑ったようだった。


「簡単だなぁ、ロフは。殺す気などなくなっちまったってわけか?」

「うん、まぁ。でも、『訊かれたら』、やろうとはしてたよ?」

「訊かれたら訊かれたで、何かと理由をつけ、どんどん先延ばしにしたんだろうな」


 ジトリと目線を流したローファ。

 一点を見つめるその様子からすると、山景色のどこに相手がいるものか、少女には判別ができているようだった。


「ホラ、あれじゃない? 私、『継承者』だから、妖怪退治のときもみんなの先に立つしさ。だから知らなかったし、自分でも驚いたけど、『守られる』ってのがダメだったみたいね。明良くんが、グンカくんからかばうようにしてくれたとき、こう、なんか、ホロリとしちゃって……」

「彼には、もうすでにがいたはずだ」

「先約って、恋ビト?」


 は、少し間をあけ、「ああ」と答える。


「それがなに? まさか、恋ビトはひとりだけなんて決まり、耳無にはあるの?」

「……そういえば、お前たちにはその奔放ほんぽうさがあったな。だから、太古の神の、『混沌』などと毛嫌いされたのかも――」

「それ、やめて」


 ローファは、紅い瞳に浮かべた恨みがましい色をに投げつけると、正面に向き直り、ふたたび山道を歩き出す。

 

「好きになるのも、好きになってもらうのも、幸せなこと。たくさん幸せになって、なにが悪いの? そうやって私たちの先祖をバカにして、いじめて、追いつめて。しまいには、勝手に『混沌』だなんてふざけた呼び名までつけてくれちゃって……。耳無は、やっぱり汚いよ」

「……どちらにしろ、ヒトが住まう村里を嬉々として滅ぼすロフに、彼が、なびくことはない」


 今度は、少女が「ふん」と鼻で笑う番だった。


「よく知ってるんだね、あのヒトたちのこと。前から知ってるふうだし。まさか、明良くんたちがここに来てることも、それで私と会うことも、知ってたの?」


 男の声は、答えない。


「『始祖しそつるぎ』のカケラも、本当はどこにあるか、もう知ってるんじゃないの?」

「……知らないな」

「本当? センセイって、コソコソしてて怪しいよ。耳無にも私たちにも、どっちつかずでさ。目的が見えない」


 問い詰めるような調子に少しばかりの沈黙があったが、ローファはすぐに、「まぁいいけどね」と声を明るくする。


「耳無の実状を教えてくれて、センセイには感謝してる。せめて、バリくんくらいに若かったら、好きになってたかもね」

「……俺の目的は、ロフが好き勝手して、驕慢きょうまんに満ちた居坂いさかを席巻してくれることだ。明良くんとロフとの幸せとやらも、成就を祈るさ」


 話しながらもだいぶ歩いてきたものだから、すでに海が近いのだろう。ローファの鋭敏な嗅覚は、潮の香りを嗅ぎ取った。


「ウソばっかりだね」


 呆れたようにえくぼを作った少女は、ふいに、空へと浮かび上がる。


「帰ったら剣の使い方、教えてよ。私も弓だけじゃなくて、『始祖の剣』、明良くんたちみたいに……、あんなふうに使ってみたい」

「それじゃあ、ますます見分けがつきにくくなっちまうわな」

「なにが?」

「……明良くんとは、そのうちまた会えるだろうから、楽しみにしておけよ」

「ほら。そうやってごまかす」


 「ふふ」と可笑しそうにすると、少女の浮遊姿が忽然と消え、勿越なえつの海の景色は、冬風にさざ波が立つばかりとなった。

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