少女と少年とネコ ヨツホ編
宿場町の混乱と密やかに集まる者たち
ヨツホという町は、人口が二万人ほど。中規模の町である。
桃や
そして、その大都市というのが――第三教区の教区都、
「あちらになります」
美名とクミ、ハマダリンとユ・ヤヨイ。そして、タイバ
間口の広い入り口扉、内部の広さを予想させる漆喰塗りの
だが、急行の目的地がもう目の前だというのに、安堵や感慨の表情を浮かべる者は、一行のなかには誰ひとりとていなかった。
「先客の御方は、もういらっしゃいます」
守衛手は
フクシロからの召集を
ヨツホの町は、美名の目からは異様に見えた。
囲い壁の見回りや門の警戒に立つ者の数は多く、どれも緊張走らせた面持ち。そういった者らは、槍や刀剣、金属盾といった装備を慣れない様子で手にしている。
町のなかに入っても、人通りが少なく、活気がない。表戸を閉めるだけでなく、窓や裏戸にまで板を打ちつけた家も散見された。案内の守衛手が語ってくれたところによると、町を出て、南に逃げていった住民も多いという。
無理もない。
第三教区においてもっとも大きく、もっとも強固な守りであるはずの小豊囲の町が、たったの数刻で陥落、占領されたのだ。その小豊囲とは、目と鼻の先ほどの近場に位置するヨツホの町。いまのところは戦禍が及んでくる気配はないが、いつ急襲を受けるともしれないなか、住民の恐慌と警戒は当然のことだった――。
「ヤヨイ。お前は、中に入るな」
「本来であれば、お前が
「……はい」
「リン様……」
「やれやれ。相変わらず、厳しい女傑じゃの」
しゅんと
内部はすぐ講話室であった。平時であれば、百人弱ほどが座して説諭を受けられるであろう広さ。しかし、緊急時の今、不要であろう椅子や卓は脇に
その卓の短辺。もっとも奥。入り口に向けて正対するように座り、傍らに立つ者となにやら話していた様子の先客は、美名たちが入室してきたことに気が付くと、その
「あぁ!」
魔名教会教主フクシロである。
少女教主は、やおら席を立つと、自ら一行に駆け寄ってきた。その姿は、教主としての正装である「
「美名さん、クミ様」
一行の前に立ったフクシロは、まず、美名の手を掴み上げると、半年前からはだいぶ伸びた金髪を揺らし、頭を下げた。
「この度は、私が頼んだことのせいで美名さんとクミ様を散々に危険な目に遭わせてしまって……、誠に申し訳ありません」
「フクシロ様のせいだなんてこと、ひとつもありません」
「そうですよ。むしろ、美名がいたおかげでセレノアスールが大惨事を免れたってのは、リン大師も認めるところなんですから」
顔を上げてハマダリンを見遣ったフクシロは、瞳を潤ませていた。彼女の
「ハマダリン大師……。息災でなによりです……」
「……これまでどおり、『
言うなり、ハマダリンは本当に頭を下げた。
「不服従の罰は、いくらでも受けましょう」
「いえ、大師に罪や罰などといったことは……」
「いや、必ず受ける。そうでなければならない」
他奮大師の平伏するような姿に、美名の肩のうえのクミは、「この姿をヨイちゃんに見せたくなかったのかな」と邪推した。
しかし、頭を上げ、「だが」と教主を見下ろすハマダリンの顔。そこには、恐縮した様子も卑屈さもなく、
「すべては、あの許されざる男を処断してのち。それからにしてもらいたく」
「仰るとおりです……」
大師の威圧に頷くフクシロは、そのまま、背後を見遣った。
少女教主が目を向けた先。どうやら、もうひとりの「先客」、忍びでヨツホまでやってきた教主フクシロに付き従っていたのは、ロ・ニクラ――
久しぶりの顔も多いというのに、ニクラは顔色ひとつ変えないまま、「もうすぐです」と答える。
「つい先ほど、この町に入りました。この堂に向かっているようです」
その言で、彼女は「音」を聞いているのだ、と美名は悟った。この場に集う予定の、残りの仲間。
まもなく、全員に見守られるようにして扉が開かれた。堂に立ち入ってきた者は、コ・グンカ、ロ・ニクリ、オ・バリ、そして、
「
「挨拶はあとでにしよう。迅速が求められる」
相手の言葉を遮り、無礼にも思える少年の
「では、はじめます。
フクシロが
美名と明良のふたりは、久方ぶりに見るお互いの姿、健勝な様子に心を震わせながら、それでも目線をひとつ交わし合っただけで、他の者らと同様、席についた。
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