少女と少年とネコ ヨツホ編

宿場町の混乱と密やかに集まる者たち

 ヨツホという町は、人口が二万人ほど。中規模の町である。

 桃や千柑せんかんといったり果実や、近くの山に石灰の大鉱脈があることから、良質な漆喰しっくい材の産生を特色とする。本総ほんそう大陸の東側で南北に延びる街道沿いにあるため、宿場の地としても長らく機能しており、福城ふくしろから旅程をすすめてくれば、まで『徒歩で四日で辿りつく町』というのが町の名の由来の定説である。

 そして、その大都市というのが――第三教区の教区都、小豊囲こといだった。


「あちらになります」


 美名とクミ、ハマダリンとユ・ヤヨイ。そして、タイバ識者しきしゃ大師。一行を先導していたヨツホの守衛手が、行く先を指し示す。

 間口の広い入り口扉、内部の広さを予想させる漆喰塗りの煉瓦れんが造り、正面に掲げられた聖十角形の紋章――この町にいくつかあるのだろう、教会堂のひとつ。

 だが、急行の目的地がもう目の前だというのに、安堵や感慨の表情を浮かべる者は、一行のなかには誰ひとりとていなかった。


は、もういらっしゃいます」


 守衛手はうやうやしく礼をすると、もと来た道を帰っていった。


 フクシロからの召集をけ、空飛ぶ絨毯じゅうたんでヨツホにやってきた美名たち。前もって伝えられていた符丁ふちょうを門衛に告げると、彼女らはここまで案内されてきた。

 ヨツホの町は、美名の目からは異様に見えた。

 囲い壁の見回りや門の警戒に立つ者の数は多く、どれも緊張走らせた面持ち。そういった者らは、槍や刀剣、金属盾といった装備を慣れない様子で手にしている。

 町のなかに入っても、人通りが少なく、活気がない。表戸を閉めるだけでなく、窓や裏戸にまで板を打ちつけた家も散見された。案内の守衛手が語ってくれたところによると、町を出て、南に逃げていった住民も多いという。

 無理もない。

 第三教区においてもっとも大きく、もっとも強固な守りであるはずの小豊囲の町が、たったの数刻で陥落、占領されたのだ。その小豊囲とは、目と鼻の先ほどの近場に位置するヨツホの町。いまのところは戦禍が及んでくる気配はないが、いつ急襲を受けるともしれないなか、住民の恐慌と警戒は当然のことだった――。


「ヤヨイ。お前は、中に入るな」


 他奮たふんの大師が、剣呑けんのんとした声で弟子に命じる。


「本来であれば、お前がいてきたこと自体がおかしい。このうえ、との謁見えっけんとなれば、明らかにお前には不相応な場だ。ここで控えていろ。お前の我儘わがままに、美名とタイバ師とが厚意をくれたこと、自省していろ」

「……はい」

「リン様……」

「やれやれ。相変わらず、厳しい女傑じゃの」


 しゅんとしおれたヤヨイ少年をおいて、美名とハマダリンは、教会堂の扉を押し開く。

 内部はすぐ講話室であった。平時であれば、百人弱ほどが座して説諭を受けられるであろう広さ。しかし、緊急時の今、不要であろう椅子や卓は脇にけられ、作られた空間には長卓がふたつが合わせて据えられている。

 その卓の短辺。もっとも奥。入り口に向けて正対するように座り、傍らに立つ者となにやら話していた様子のは、美名たちが入室してきたことに気が付くと、その麗顔れいがんを晴れさせた。


「あぁ!」


 魔名教会教主フクシロである。

 少女教主は、やおら席を立つと、自ら一行に駆け寄ってきた。その姿は、教主としての正装である「純白衣すみはくい」ではなく、使い込まれたようにくたびれた羽織物と長穿き、襟巻えりまきといった格好。福城からこのヨツホまで、忍んでやってきたことが推し量れる質素な服装である。


「美名さん、クミ様」


 一行の前に立ったフクシロは、まず、美名の手を掴み上げると、半年前からはだいぶ伸びた金髪を揺らし、頭を下げた。


「この度は、私が頼んだことのせいで美名さんとクミ様を散々に危険な目に遭わせてしまって……、誠に申し訳ありません」

「フクシロ様のせいだなんてこと、ひとつもありません」

「そうですよ。むしろ、美名がいたおかげでセレノアスールが大惨事を免れたってのは、リン大師も認めるところなんですから」


 顔を上げてハマダリンを見遣ったフクシロは、瞳を潤ませていた。彼女のまなじりにある黒子ほくろが、先駆けて零れた涙のようでもある。


「ハマダリン大師……。息災でなによりです……」

「……これまでどおり、『小母おば』と呼んでくれて構わない。私こそ、頭を下げたいものだ。病に侵されたことを知られないがため、強情を張ってしまい、その結果が恥の上塗り。ともがらと教主の御心みこころを悩ませただけ……」


 言うなり、ハマダリンは本当に頭を下げた。


「不服従の罰は、いくらでも受けましょう」

「いえ、大師に罪や罰などといったことは……」

「いや、必ず受ける。そうでなければならない」


 他奮大師の平伏するような姿に、美名の肩のうえのクミは、「この姿をヨイちゃんに見せたくなかったのかな」と邪推した。

 しかし、頭を上げ、「だが」と教主を見下ろすハマダリンの顔。そこには、恐縮した様子も卑屈さもなく、憤懣ふんまんの溢れる様子が見て取れた。


「すべては、あの許されざる男を処断してのち。それからにしてもらいたく」

「仰るとおりです……」

 

 大師の威圧に頷くフクシロは、そのまま、背後を見遣った。

 少女教主が目を向けた先。どうやら、もうひとりの「先客」、忍びでヨツホまでやってきた教主フクシロに付き従っていたのは、ロ・ニクラ――贖罪しょくざいを為し終え、福城の守衛手司に復帰していたラ行波導はどうの実力者だった。

 久しぶりの顔も多いというのに、ニクラは顔色ひとつ変えないまま、「もうすぐです」と答える。


「つい先ほど、この町に。この堂に向かっているようです」


 その言で、彼女は「音」を聞いているのだ、と美名は悟った。この場に集う予定の、残りの仲間。

 まもなく、全員に見守られるようにして扉が開かれた。堂に立ち入ってきた者は、コ・グンカ、ロ・ニクリ、オ・バリ、そして、明良あきら――。


みな様、御足労おかけしました。明良さんも、日頃の勤仕と任、被害があったという大都領の検分、誠に……」

「挨拶はあとでにしよう。迅速が求められる」


 相手の言葉を遮り、無礼にも思える少年の諫言かんげんだが、教主フクシロは黙って頷く。


「では、はじめます。此度このたび使役しえき大師謀反むほんの件と、その対策。急きょの十行じっぎょう会議かいぎ……」


 フクシロがきびすを返していき、各々も静かに卓につきだす。

 美名と明良のふたりは、久方ぶりに見るお互いの姿、健勝な様子に心を震わせながら、それでも目線をひとつ交わし合っただけで、他の者らと同様、席についた。

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