霧中会見と刀傷の治癒 3

「迅速に伝令ができて助かった。ありがとう」

「いえ」


 少年の謝礼に対し、上役うわやくと同様、飾り気のない答えを返した相手は、明良あきらとグンカの会見のあいだ、物陰に控えていたラ行波導はどうの術者、第二教区所属の守衛手である。

 明良は、彼を通じ、イリサワに待機させていた手下てかへ指示を出していた。先行して生存者らを隣村に届け、彼らの治療、養生の手筈を整えたあと、大都だいとに帰って通常の職務に復帰するよう――いや、、伝えたのだ。


「では、これで失礼いたします。グンカ様」

「ああ。ともに行けずすまないが、すぐにサンイツの地での駐屯を解いてくれ」

「はい」

「教区内各地の警戒増強も、先刻せんこくのとおりに特務部長へ伝えるよう」

「承知しました」


 慇懃いんぎんな守衛手は、上役の指令に頷くと、おそらくは波導術であろう、足音ひとつ立てず、森のなかへ消えていった。

 彼を見送った明良は、グンカに向き直る。


「イリサワの件、教主フクシロへの連絡は、グンカ師がしてくれたんだったな?」

「はい。先遣が着いたときにはすでにゼダンがいて近づけなかったため、子細のない、速報程度になりますが」

「詳細の報告は、イリサワに戻り、余裕があるようであれば、俺からあらためてしよう」

「大都の軍備の件も含めて、ですか?」

「……当然、伝える」


 「第二教区勢による領境駐屯の解消」をとりつけた明良は、「ともにゼダンを見張る」というあらたな約定やくじょうを結んだ相手、コ・グンカに、自身の状況をすべて明らかにし、協力を仰いだ。ゼダンが軍備に動きはじめている。それを撤回させるため、自分は、ゼダンとみっつの約束を結んだ。残りのふたつを成し遂げるのに手助けをもらいたい、と。

 動力どうりき熟達のグンカは、ためらいなく快諾してくれた。それがため、手下を先に帰し、自らはこの場に残ってくれたのだ。


「それでは我々は、ため、イリサワに……」

「その前にひとつ、グンカ師には頼まれてもらいたい」


 少しばかり怪訝けげんな顔を寄越したグンカに、明良は、今、初めて紹介するかのよう、少女の方に顔を向けた。


「彼女を……、ローファを、近くの村まで送ってやってほしい」

「わ~ッ?!」


 頓狂とんきょうな声を上げたのは、当然、話題に出されたローファである。


「なにそれ? 今さら、私を遠ざけようっていうの?!」

「そうだ」

「なんで、なんで?! また、さっきみたいに面白いものが観れるって心待ちにしてたのに!」

「これより先……、次の相手は危険だ。これ以上は巻き込めん」

「だって! あの村を襲った犯人のこと、明良くんは知りたいんじゃないの? まだ私、なんにも聞かれてないよ?!」

「それももういい。ローファの身に危険が及ぶかもしれないのに、いつまでも連れ回すことはできない」

「なんで~ッ!」


 幼児おさなごのように地団駄じだんだを踏み出したローファを横目に、グンカが顔を近づけ、「ずっと気にはなっていたのですが」と声を潜めてくる。


「彼女は、お嬢様のご親類の方でしょうか?」

「いや、俺もよくは知らんが……」


 明良とグンカのふたりは、駄々だだをこねる少女に揃って目を向ける。


「やはり、師の目にも似ているように見えるか?」

「似ているどころか、肌の色と二色にしき髪、立ち居振る舞いを除けば、鏡に映った像を見ているかのようです……。感じる威圧が違ったため、すぐにお嬢様ではないと判りはしましたが……」

「鏡……。まるで、ニクラとニクリ大師か……。しかし、グンカ師の目からすれば、アイツとローファとでは、双生そうせいのふたりほどには才覚も拮抗きっこうしていないということか……」


 少年に「いや」と返しそうになった言葉を、グンカはとどめた。


(むしろ……、「雰霧ふんむ」のなか、ふと目が合ったように感じたとき、ほんのつかの間だけのものだったが、この少女から感じる気迫が……美名お嬢様よりも、はるかに……)


 つかみどころのない、悪寒めいたものをグンカは覚えかけたが、ちょうどそのとき、少女は憤慨するように鼻を鳴らし、地べたに座り込んだ。


「私が誰かに似てるだとか、似てないとか、全部聞こえてるんだからね!」

「あぁ、そんなところに座って……。雪で尻が濡れるぞ……」

「そんなのどうだっていい! まだ一緒にいるから! いいって言うまで、動かないからね!」


(節度は……、美名お嬢様のほうが、だいぶ備わっているようだ……)


 あまりに緊張感のないやりとりに、グンカが覚えかけた悪寒もどこかへ消え去っていた。


「……この方を『浮揚ふよう』でお連れすればいいのですね?」

「頼む」

「いやだって言ってるでしょう! 明良くんのバカ!」


 悪態を惜しげもなく叫ぶローファだったが、つと、何かを思いついたような顔になった。


「私が足手まといじゃないって判れば、まだ一緒にいていいでしょう?」


 少年を見据えて、少女はニヤリと笑う。

 この笑い方は美名には見られないものだな、と少年は場違いな感想を抱いた。


「明良くんの左手、怪我してるね?」

「あ、ああ……。これか……?」


 明良は、左の手を掲げた。

 その手には人差し指と中指がない。二日前、オ・バリとの決闘時、斬撃で切断されたままである。


「そのヒトと話してるとき、私をその手でかばうようにしてくれて、それで気が付いたの。とれた指、持ってる?」

「持っては……いるが……」

「出して」


 「寄越せ」とばかりに、ローファは手を伸ばしてくる。


「どうして俺の指の話になど……」

「いいから出して!」


 少女の勢いに気圧されたのか、明良は懐中かいちゅうより、おずおずと包み紙を取り出した。拡げられた彩色紙のなかでは、指が二本、干からびたようにある。


「……酷なことを言うようですが」


 少年の手元を背後からのぞきこんでいたグンカが、恐縮した様子で割り込んできた。


「これはもう、ヤ行他奮たふんでも戻らないかと思われます。『受け』となる平手のほうも、血が止まり、塞がりはじめているようですから……」


 「やはりか」と、少年にはさして嘆く様子もない。


「慌ただしいのが続き、まともに治癒力強化も受けないまま、とりあえずはととっておいただけだ。あまり、治す気もなかった。俺のちからが不足であった証。それでもなお、生き長らえることができた代償のようにも思えたから、な……」


 「これのせいで美名とクミとに余計な心配をかけた」との言葉が喉元まで出かかったが、それを言っても自身の不甲斐なさを露呈するだけなので、明良は飲み込んだ。そういう意味では、このは、少年にとって、少し恥ずかしいものでもある――。


よ」

「……なんだと?」

「私なら戻せる」


 断言する少女は、当惑顔の少年にさらに手を伸ばし、「こっち来て」とえくぼを浮かべるのだった。

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