幾旅金と人世哀 5

「放っておけ。『居合いあい』が使えずとも、貴様らには手に負えん相手だ」


 ようやくに我を取り戻し、逃亡者を追いかけようとの動きをみせだした近衞らに、高台のうえからゼダンが制する。

 オ・バリがあれほどの手負いの状態であれば、無為に死体を増やすより、

 ゼダンが「カ行・浮揚ふよう」で飛び上がろうとしたその時、足元から「ゼダン」との呼び掛けがあった。


「何だ? 恥知らずの餓鬼がきめが」

「どういう意味だ? ヤツの、最後の言葉は……」

「……」

「シアラと俺が同門とは……、どういうことだ?!」

「……貴様にかかずらっている暇はない」


 明良あきらは足元を蹴ると、一足で高台へと跳び上がってきた。

 ゼダンに面と向かうと、彼を阻むように「幾旅金いくたびのかね」の刃先を突きつける。


「当人の預かり知らぬところでは意味がないかもしらんが、三大妖さんたいようから命を救われた報恩だ。今、このときだけは、ヤツを追ってとどめをさすこと、俺が許さん」

「約束をたがえ、邪魔をし、とにかく死にたいようだな。貴様は」

「知っているなら答えろ。ヤツの妄言もうげんの真意を」


 嫌悪露わな目で少年を見ると、ゼダンはふんと鼻を鳴らす。


「貴様、知らなかったのか?」

「……何のことだ?」

去来きょらいの大師、ホ・シアラは剣も使う。剣の熟達であるバリは、貴様の剣にシアラの影でも見たのではないか?」

「シアラが……、剣術だと……?」


 思わぬ事実に、少年の刀の剣先は自然に下がる。


「大師着任時の披露目以降、練達がなければ、今の貴様よりはだいぶ劣るがな」


(……俺の剣術は独学だ。あの逆賊と同じだなどと……。いや!)


 当惑する明良は気付き、目をみはる。


(まさか「幾旅いくたびたち」か? 俺が、美名の「裁断さいだん」をかたどって得た技……)


 思いふける明良の眼前、ゼダンはおもむろに平手をかざし向けてきた。邪魔者の少年を葬ろうとする、敵意の魔手。

 それに気付いて、明良は身構えようとするものの、困惑に囚われていたため、遅れてしまった――。


殿上てんじょうッ! 急報ッ!」


 大都王の平手が光る間際、声をがならせ、高台の段を登って来る者があった。

 ひどく慌てた様子なのは聞こえるとおり。登りきり、ふたりに姿を見せた乱入者は、息を切らせてもいた。

 ゼダンは苛立った様子で伝達者に顔を向けると、「何の報せだ?」と訊いた。


「この場での誤報や些事さじであれば、貴様、ただで済むと思うなよ」

「そ、それが……!」


 ふぅとため息を漏らしたあと、ゼダンは伝達者に目を向けた。「聞かせろ」という合図であろう、報告者の男はゼダンに耳打ちをかける。

 ふたたびに平手が向けられても応戦できるよう、構えを正しながらの明良はその様子を見守る格好になる。一瞬、ゼダンの顔にかげりが差したように見えた。


「……続報を集めろ。詳細にだ」

「は、はいッ!」


 聞き終えた王の命に敬礼で応じると、伝達者は来たときと同様、慌てた様子で段を下りていった。


評定ひょうじょうは中止だ。貴様もバリも、命を繋げたな」


 忌々いまいましそうに、ゼダンは呟く。


「何だと?」

些末さまつな貴様らよりも憂慮すべき事態、優先ができた」


 振り返ったゼダンの冷徹な瞳に、明良は少しだけ安堵する。先ほどまで向けられていた明確な殺意の色。それが、ひとまずは潜まったようだと感じたのだ。


「大都の領地の最南東、イリサワがとの報せだ」


 今現在、コ・ゼダンが統治する「大都帝国」の影響領域は、「大都」を中心としたいくつかの村落にも及んでいる。ヒトの流れ、農産物の流通、稼業、経済取引の観点から、どうしても大規模都市である「大都」との関係を切り離すことができず、魔名教会も黙認せざるをえない。

 イリサワという村も、ゼダンが「大都圏領地」と称する人里のひとつで、そこには主神を崇敬する大都独自のあらたな「魔名教」の学校、「王立神学館しんがくかん」が建設されている最中であると明良は知り及んでいる。


「壊滅……? アヤカムか?」


 村がひとつ「壊滅」するほどの事態。それには、自然災害や、特定の種のアヤカムの大量発生が絡む場合が多い。しかし、どちらも前兆を知ることができる。そのような予見があれば、大都王の耳に予め入っていないはずがない。

 つい口をついて、「アヤカムの仕業か」と訊いた明良だったが、自ら、その着想は間違いであると悟る。イリサワの「壊滅」は、――。

 少年の心中を覗いたとでもいうよう、ゼダンは「ヒトだ」と答えた。


「ヒトがやった。不明の軍勢だという」

「軍勢だと……? どういうことだ?!」

「黙れ。それを知るための、なのだ」


 少年を置いてきぼりに、ゼダンは高台の際に立つと、「閉会せよ!」と号令した。

 どよめく会場を無視して身をひるがえすと、ゼダンは高台から降段していく。たじろぎながらも、少年も降りて行く。


「今すぐ当地に赴かねばならん。これが、魔名教会や領境りょうざかいたむろしている、目障りなグンカの仕業であれば、報復もやむなしだな」


 最前まで自身に向けられていたものとは別種の、ゼダンの不穏な面差し。

 明良の乱れて惑う心中は、轟々ごうごうと荒れ狂う、この風雪の景色に溶けこむかのようであった。

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