青天会談と大師が遺したもの 1
青天の下、主塔の屋上へ昇った美名と
「見かける度に顔色が悪くなっていくようだが……、どこか不調を来しているわけではないのか?」
明良の問いに少しの間があったあと、フクシロは「大丈夫です」と力無く返す。
「……フクシロ様。しっかり寝られてますか?」
「心配要りませんよ、クミ様。昨夜も少し、デジクゥさんと話し込んでいただけですから……」
笑顔を繕うその表情には、どこかしら危うさが漂う。
教会運営の持ち直しや地方統制への指示を自らも担い、
「休みましょう」と美名が握った手は、少し
「このままじゃ……、本当に体を壊してしまいます」
「ですが……、今、気を張らなければ、のちのちのために……」
「でも」と声を荒げる美名の肩に、背後からそっと手を添える明良。そうしてから、少女教主に目を配った。
「美名の言うとおりだ。『今』をさし置いて大事な時機など、そうなかなかにあるものではない。倒れてしまえば、すべてを無為にしてしまう」
「……」
「二、三日でもいいから、休養しましょ? ここ数日、ずっと働きづめですよね?」
「真名
つまり、本日、彼らがこの主塔屋上に集合した理由は――。
「
声がした頭上、皆は一様に顔を上げる。
青空を背景に、黒い
美名と明良にとっては見間違えようもない仇敵、ゼダンの姿が空にあった。
「王族のみが身に着けることを許されるものだ。本来は
誰訊かずの講釈を垂らしながら、ゼダンはおもむろに降りてくる。
今日という日は、宣布の折にフクシロが誘いをかけ、ゼダンが封書にて応じてきた会合の、まさにその日なのである。
魔名教会側はフクシロ、美名、明良、そしてクミの四名が出る。一方、ゼダン側は彼ただひとり。以上の五名による、異様な会合――。
ゼダンが主塔屋上に足を着けた瞬間、辺りには髪油の匂いが香りたつ。
美名以下、一同はゼダンを険しい顔で出迎えたが、先んじてフクシロが「おつきください」と、来客に着席を促した。
屋上に用意されていたのは、日除けのための
「
「……笹茶で構わん」
「私も」と手伝いを買って出た美名は、横目にてチラリとフクシロを見遣る。
いつのまにやら、彼女の表情は引き締まっており、目に力が戻っていた。少女教主にさきほどまでの
だが、それで安心しきれるものでもない。それだけ彼女が気を張っているということでもある。それが途切れたとき、どうなるか。これより、心労重ねること確かの邂逅を控えている。自らもこの場の一員となっていることをまず置いて、教主フクシロの快方になにか良策がないものかと美名は心を遣いつつ、茶碗を卓上に配していった。
「さて、列席の理由を訊いておこう」
茶が供され、全員が卓についた瞬間、まずはゼダンが口を開く。
「美名さんたちがこの場に並んでいる理由ですか?」
「そのとおりだ。フクシロのみを相手にすると事前に通達していたはずだ。この
言いながら、ゼダンは対面の顔ぶれを眺め渡していく。
しかし、一番端のクミのところでは流すようにさっと見ただけで、すぐにフクシロに目を戻した。
「……まさか、護衛のつもりではあるまい? 先日の件で、身を
嘲るような言葉に、クミは反感を露わにして睨みつける。だが、その逆側。教主は泰然さを保ち、「違います」と答えた。
「あなたを最もよく知るからです」
「……私を知る?」
「はい。美名さんと明良さんは、あなたより
ふたたび、相手方をひととおり
「『私を理解する』だと? たかだか十数年の旅路で、遠大な千年を理解できるか? 喋る程度のアヤカムに、
「その『綺麗ごと』に打ちのめされ、『カ行の丘』で敗走したのは貴様だろう?」
言葉を
「小僧、意気がるなよ。私の大望は柔軟だ。世情を知らないのであろうが、
睨みを戦わせる少年と男との間に、「ダイト・ン・ガルボラ・コ・ゼダン」と割って入ったのはフクシロ。
たった一度、美名と明良に披露しただけの魔名のすべて。現代には失われた形式の名。淀みなく発せられた自らの名に、ゼダンも教主へと顔を向け直す。
「あなたは『真名』をどう考えますか。これまでの一連の悪逆に対する罰を受け、正道に返り、大都の人々に善政で尽くすこと、誓うことができますか」
「私に罪過などない」と即座に返すと、もう一度鼻を鳴らし、ゼダンは相手を見据える。
「大都に善政を尽くすなど、当然のことだ。もとより、我が一族の大望は、大都の民が
茶碗をゆっくりと口に運び、ひとくち
「この私、大都帝ゼダンとその人民は、『真名』が我々の幸福を妨げるものでないならば、拒絶しない」
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