十行会議と大都からの報せ 7

「『言上ごんじょう。この通達より三日後、正午しょうごに主塔へ参上さんじょうする。余人よじんを交えずの場、仕度したく調ととのえられたし。大都だいとの王』……」


 美名と明良あきらとが知り得た「ゼダンの目論見」の簡単な説明があったあと、堂内には、朗々ろうろうと読み上げる教主の声が響いた。

 「真名まな宣布せんぷ」の折、フクシロからゼダンに対し、和議の申し出があったことは皆が承知である。この文書は、まさにその返事。

 読み終えられ、「シツギ園」は灯明とうみょうが揺らぐだけとなる――。


「……して、『大都帝国』とやらの真偽は? そのふみには書かれておらんようじゃが」


 長い静けさを破り、声音を落として発せられたタイバ大師の問いに、フクシロは「別経路です」と答えた。


「大都の魔名教会からの情報です。昨晩遅く、守衛手やら執務部……、大都に置かれていた教会組織、魔名教に関係が深かった人々……、すべてがまるごと、大都の町から追いやられた、と」


 その言葉を聞き、美名の顔に蒼白が走る。


「まさか……、私たちがアイツを逃がしてしまったせいで、誰かが……」


 美名へと向き直って、フクシロは「いえ」とかぶりを振った。


「負傷者はありましたが、死人はなかったようです。『烽火ほうか』の一連にはおそらく、ゼダンにとっての邪魔者の、『町からの排除』の仕掛けがあったのでしょう。夜遅くだったようですが、寝ていた者、机に向かっていた者……。気が付くと、町の外にその身があったようです」

「……去来きょらい術じゃな」


 背後にちらと目を流し、フクシロは頷く。


「大都に立ち戻ろうとしても、すでに厳戒警備が敷かれていたそうです。負傷はこの際、無理押しした者があって、近衛このえから負わされたようです」

「……命のやり取りは……、ひとまずは、なかったのですね」

「ふむ……」


 書面が折り畳まれていくカサカサとした音が、際立って響く。


「混乱にまみれた明け方、私たちと同じ……、『てれび放送』の手段にて、ゼダン当人からの『大都帝国立国』、『教会から独立』の宣告があったらしいのです。聞き終えた人々は、ひとまずは付近の人里に避難し、ラ行波導はどうでの速報を福城ふくしろに届けてくださいました」

「司教……、いや、司教、ゼダンの叛逆はんぎゃくが極まってきたかな?」


 肩をすくめて、レイドログが嘆息する。


「……協議とは、大都征討せいとうの段取りになるのでしょうか、フクシロ様?」


 問うた自奮じふん大師に対し、教主フクシロはかぶりを振る。

 それを認めると、眉根を寄せて憤りも露わだったプリムの顔が、愕然がくぜんさまへと変貌していった。


「まさか、フクシロ様……。魔名教をさげすむ愚行を……、『大都は魔名教会の従属都市』、何百年と続いてきたこの鉄則が破られることを、『真名まな』は……」

「はい。受け容れ得ます」


 ふくらかな頬が落ちんばかり、プリム自奮大師は呆気にとられる。


「……ですが、当然、ゼダンの執政統治が居坂に害為すものでなく、『大都帝国』が暴虐の体現とならないことが前提です。三日後の会談は、それを見定めたく思うのです」

「で、では、私たちの『協議』とはいったい、何を……?」


 狼狽える自奮の大師にしかと目を据え、フクシロは瞬きひとつしない。


「魔名教会の態度を統一しておきたいのです」

「態度……?」


 「はい」とフクシロは頷き返す。


「『真名』の理念では、今後はむしろ、地方のそれぞれの地勢、特色、風土を活かした自治を促進していきたいと考えております。今現在でも、たとえば、希畔きはんは『智集ちしゅう館』を核として住民が広くしょに親しんでいる町と聞きますし、セレノアスールでは演劇演舞が有名だそうですね。私は、魔名教会という組織を、各地の自立を助成するものへと変えていきたい。今、挙げたような、その町、その地方ならではの特色をより深め、居坂を多様に広げ、深めていきたい。そう考えております」

「ですが、それと、今回の大都の簒奪さんだつとは……」

「始まりは穏やかではありませんが、せんに公言したとおり、彼の政治手腕は確かなものです。ゼダンが『ならば、かの国の善政平穏は約束されます。魔名教会としては、平和的な施政が貫かれる限り、『大都帝国』を受け容れる。今回の協議では、その姿勢を皆様に承知していただきたいのです」

「そんな……」


 零れんばかりに目を見開いて呆然とするプリム大師の横で、「いいと思いますよ」と先んじたのはレイドログ使役しえき大師であった。

 フクシロは、彼と彼の肩上のズッペルへ、おもむろに目線を流す。


「レイドログ大師は賛成いただけるということですね?」

「変化がないと、流れには淀みができてしまう。居坂にもそういう時流が訪れたということでしょう」


 背後でも「賛成だのん!」と快活な声。


「リィとラァも賛成だのん!」

「ちょっと、ニクリ。私は関係ないでしょ……」

「儂も、異議をはさみはしませんぞ。新たな金策の臭いが漂ってくるわい」


 振りむき、口々に賛同する者らに微笑を流していき、フクシロは「ワ行の席」のふたりにも目を向ける。

 

「美名さんとクミさんは……」


 問われきる前、揃って頷く、少女とネコ。

 年若い教主は、年相応のあどけない笑みで応じ返した。

 しかし、それも一瞬のこと。

 ふたたび、「真名の提唱者」の厳格さを努めて纏うかのよう、面持ちを固めたフクシロはそのまま身を回し、「サ行の席」へと正対した。


「プリム大師はいかがでしょう」

「……異論ありません」


 目線を少し外して答えたサ行自奮の大師。

 言葉とは裏腹、彼女には隠された意見があることをフクシロは感じ取ったが、のちに個別で話したほうがよいと考え、これにも頷いて返すのみとした。


「では、ゼダンの真意をただすことを三日後の会談、魔名教会の総意とし、備えることといたします」


 *


 教主と識者しきしゃ大師、波導はどうの姉妹、劫奪こうだつの少女とネコとが仲睦まじげに連れ立って出ていった「シツギ園」の堂内。残ったのは、レイドログとプリム。大師職に就いてからどちらも十年を超える、の両大師。


「組んでみないかい? プリム嬢」


 鏡張りの堂内で「飛雨ひゅうせき」のアヤカムを飛び遊ばせながら、レイドログはわらう。


「許せないんだろう? 邪念に開眼してしまった教主を。彼女に引きられ、堕ちていく魔名教を」


 会議と変わらないままだった姿勢、プリムの腕がわなわなと震える。


「フクシロ様はああ仰ってる。俺も、なかなかに稀有けうな才覚と立場に恵まれてる現状だ。せっかくだから、ここでひとつ、大望でも抱えてみようかと考えている」

「使役の大師も……、魔名教の正統から、離反する気だというのですか?」


 飛び回る相棒を眺め上げながら、レイドログは笑みを深めた。

 その様子からプリムが察する答えは、「そのとおり」――。


「君と俺の教区は隣り合っている。迎えるに厚く、撃つに連れ立ちやすい。よき隣人になれると思うのだが、どうだろう?」


 続く言葉にも、不穏な空気が漂う。


「……私は、離反などと不敬な真似は……」

「離反ではないな。君が旗を掲げるなら、それこそだ」


 ハッとして相手に顔を向けたプリムは、やがて、おもむろに頷いて返す。

 レイドログ大師は冷笑を深めて応じた。

 ふたりの頭上では、密約の会話を隠すかのよう、ズッペルが「キィキィ」と騒いで飛び続けている――。

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